2018年8月15日 (水)

鳥取の海幸

地元のバイヤーから届く海の幸。鳥取を満喫する夏の贈り物! お心遣いに感謝して、残暑を乗り切るぞ!

2018年8月14日 (火)

『Tigran Petrosian his life and games』(1974)

Vik. L. Vasiliev『Tigran Petrosian his life and games』1969年ロシア語版の英訳、R.H.M. Batsford 、1974年

Tigran Petrosian(world champion 1963-69)というグルジア出身のチェスの元世界チャンピョンの伝記というか殆どchessのスコア(棋譜)の解説を読んでいるというか並べている(多分探せばchessのアプリがあってスマホでできるのだろうけど、盤に駒を使っている。)。書かれたのは1969年にSpasskeyに敗れる前までで、そのあとは訳者であるMichael Basmanが「Losing the World Championship」を自ら書き(彼はInternational Masterとchessの強豪である。)、最後にTigran Petrosianの文章「The candidate's matches as I saw them」を載せている。Spasskeyに敗れてからの世界予選の対戦相手のことを書いている。復帰する気満々なのだ。僕のchessに関する知識は、Petrosian→Spasskey→Fischerまでなので、とうに時代遅れになっているけど、何故が処分する気になれない本達なのである。






彼の半生を棋譜をして語る。読者登録のカードが挟んであった。こんな小さな郵便物があったとは。

2018年8月13日 (月)

『細川忠利 ポスト戦国時代の国づくり』(2018)

稲葉継陽『細川忠利 ポスト戦国時代の国づくり』吉川弘文館、2018年

日本近世社会における統治のあり方を史料に基づき丁寧に論じた書である。織田信長のもとで初陣した細川忠興の嫡男の細川忠利がポスト戦国時代に小倉藩から熊本藩で実践した統治の枠組を追うことで、領主が百姓とどう向き合ったのかを明らかにする。

元和7年(1621年)に36歳で家督相続したあと、惣奉行衆による藩政改革を行う。郡奉行と村庄屋の間に手永(てなが)という地域単位を置き管理責任者である惣庄屋を置いた。この統治の枠組が実施される過程を史料から読み取るのは臨場感があって面白かった。しかも、藩内には父忠興(三斎)の隠居領が治外法権のように点在する。三斎との対立を家臣の起請文などで裏付けているのだ。

読み進めるうちに、細川忠利が藤原惺窩による儒学の修養と高麗八条流馬術の奥義を得た文武両道の達人であるだけでなく、「私なき」統治者として、「公私の区別を明らかにし、百姓を私的・恣意的な支配にさらしてはならない」(P175)とする実践者であることが分かる。

著者の問題意識は江戸時代の「天下泰平」がいかに長期維持されたかにある。戦国の一揆の世に逆戻りさせないために、島原・天草一揆のあと、「百姓と武士が武器行使を長期にわたって自己規制した事実の背景に、日本近世社会における平和的価値の一貫した尊重と発展をこそ読み取るべきであろう」(P206)とする指摘は心に留めて置きたい。

三斎が存命中に忠利が急死し、跡を継いだ三尚が8年間の治世で急死する。「忠利のもとで確立したはずの「御国家」の危機に、家老衆,奉行衆の合議体制は、そして郡内各手永をユニットとして展開していた地域行政は、いかにして対応したのだろうか。十八世紀中葉の藩政改革まで、ちょうど100年。時代を画するこの大きな節目まで、ポスト戦国世代を起点とする「統治の歴史」は、いくつもの波乱を含みながら、まだまだ続くのである」(P233)。こんな風に終えられてしまうと、気になってしょうがない。

2018年8月12日 (日)

四都手帖2018年09月【編集中】

2018年9月の私的な愉しみと記憶

長月の思ひではなんでしょう。秋めいた感じの古都を味わうのは夕方の風が涼しくなって、花街が賑わいへと変化する時間でしょうか。名残りと先取りを味わうとすれば鱧松をいただくに限ります。馴染みの割烹はそのためにあるのですから。

【古都】
まだ、夏の旅が終わらない。
京の夏の旅 文化財特別公開
2018年7月7日(土)〜9月30日(日)
輪違屋(2018年7月8日(日)10時〜12時は見学休止)
角屋 2018年7月19日(木)〜9月14日(金)
旧邸御室 (2018年8月14日(火)〜16日(木)は見学休止)

平安博物館回顧展 古代学協会と角田文衞の仕事 京都府京都文化博物館 2018年7月10日(火)〜9月9日(日)

【湖都】
滋賀県立近代美術館
2017年4月1日より改修・増築工事のため休館中。2019年3月31まで展示予定はありません。


【旧都】
阿字観瞑想 大安寺 毎月第2日曜日(午前中)

奈良フードフェスティバル2018 -シェフェスタin 奈良- 奈良公園登大路園地 2018年9月15日(土)〜24日(月)

【水都】
プーシキン美術館展 国立国際美術館 2018年7月21日(土)〜10月14日(日)

いっとかなあかん店、ありませんかね。

2018年8月11日 (土)

東都手帖2018年09月【編集中】

2018年9月東都散歩のための私的な愉しみと記憶

長月を考える想像力が真夏の太陽のもと萎えてしまう。しかし、「世界を変えた書物」展は激混みが予想されるが見に行きたい。

特別展 金剛宗家の能面と能装束 三井記念美術館 2018年6月30日(土)〜9月2日(日)

特別展「縄文ー1万年の美の鼓動」国立博物館、2018年7月3日(日)〜9月2日(日)

没後50年 河井寛次郎展 汐留ミュージアム 2018年7日7日(土)〜9月16(日)

琉球 美の宝庫 サントリー美術館 2018年7月18日〜9月2日(日)

禅僧の交流 根津美術館 2018年9月1日(土)〜10月8日(月)

「世界を変えた書物」展 上野の森美術館 2018年9月8日(土)〜24日(月)

2018年8月10日 (金)

酒場 井倉木材

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の青山七恵氏の4回目は「酒場 井倉木材」でした。なるほど昼は材木店だが、夕方には立ち呑み酒場へ変身する。

プラス1は「京都木材会館」でした。4階建ての木造建築です。

2018年8月 9日 (木)

『人と企業はどこで間違えるのか』(2014)

ジョン・ブルックス、須賀綾子訳『人と企業はどこで間違えるのか 成功と失敗の本質を探る10の物語』ダイヤモンド社、2014年

「本書は1959年から69年にかけて執筆されたエッセイのアンソロジーである。2014年の夏になってビル・ゲイツが「最高のビジネス書」として紹介し、しかもウォーレン・バフェット氏から20年以上前に借りて、それ以来何度も読み返している本であるというエピソードがついたことで大きな注目を集めた作品だ」(P360 訳者あとがき)。

折にふれ読み返している。起業の本を読んでみて、ここに書いてあることも新しい事業を起こすことであり、その点で変わりはない。経営資源の差はあるにしても、成功もあれば失敗もある。

12の物語を翻訳するに当たって、アメリカ連邦税制、金本位制をテーマとした2章は割愛したというのを読むと、この本の時代性を感じざるを得ない。

2018年8月 8日 (水)

平安博物館回顧展

京都府立京都文化博物館へ行く。目的は「平安博物館回顧展 - 古代学協会と角田文衞の仕事 -」(2018年7月10日(火)〜9月9日(日))だ。京都府立京都文化博物館の前身の一つが古代学協会が設立した平安博物館(1968〜1988)である。角田文衞が館長となり、職員を学芸員とするのでなく大学と同じ職階を与えていたユニークな研究機関だった。場所的には別館が拠点となっていた。

我らが朧谷寿先生も当時、平安博物館文献学研究室助教授(昭和50年から60年)であったことが、資料から分かった。

2018年8月 7日 (火)

「トランクの中の日本」展

北野天満宮は北野七夕祭であった。長五郎餅の出店が出ていたし、三光門の前の庭に御手洗川があったけど、下鴨神社と違い水の行場が見えない。御手洗川足つけ燈明神事はちらっと覗いてみて人も少ないので橋を渡ってやめにした。御朱印が出ていたので七夕限定のをもらう。

「菅公御歌 彦星の行あひをまつ かささぎの 渡せる橋を われにかさなむ」

今出川通を渡り一本うどんのたわらやのある通を行くと右手に京都佛立ミュージアムがあった。2015年7月7日から2016年1月31日にかけて開催した「トランクの中の日本 戦争.平和.佛教」展を2018年6月8日から10月8日まで再度開催中だった。故ジョー・オダネルがトランクに封印した写真のネガから引き伸ばした佐世保や長崎の写真が印象的だった。ポスターは焼き場に立つ少年だった。死んだ2歳の弟を背負って直立不動の姿勢の少年がファインダーの先にいたのをジョー・オダネルはどんな気持ちでシャッターを切ったのだろうか。悲惨なものは目を背けたくなるが、忘れてはいけないことがある。




2018年8月 6日 (月)

真夏の京都

今年の夏は暑い。京都の夏の暑さ知る身としては身軽な服装で来たいところだ。しかし、39度の予想のなかジャケットを着ている人は私の他には見かけない。

ナイトキャップ用の本をふたば書房京都八条口店で手に入れて、どこか涼むところを探そうと思って、海外からの団体さんで混み合う新幹線のコンコースを後にした。

しばらく行かないうちにふたば書房京都駅八条口店のレイアウトが変わっていて少し戸惑った。入口左手の京都本コーナーや左側の壁にあった人文が文房具売り場になっていたのだ。右手中程に移動していた人文の品揃えは私好みなので、いくつか手に取ってみて、稲葉継陽『細川忠利』(吉川弘文館、2018年)を買う。『近世日本社会成立史』(校倉書房、2009年)を書いた稲葉継陽氏の本を読みたいと思っていたので、天河大辨財天の柿坂神酒之祐宮司と鎌田東二先生の『天河大辨財天社の宇宙 神道の未来へ』(春秋社、2018年)はまたにした。なんせ鞄に入らない(お菓子のせいとは言わない。)のだから仕方がない。夏はどうしても着替えが必要なので、大きめのバックにすればよいのに普段の仕事用の手提げで着てしまうのは、京都が非日常ではなく生活に繋がっているところと考えているせいであろう。タクシー乗り場側に出るドアがレイアウトの変更の影響か使えないことに気がついた。これはタクシーに乗るなということかと合点して元に戻る。

駅の喫茶店は海外からの観光客で溢れかえっていたので、二条までJRに乗ることにした。電車は空いていて、読書には都合がよいのだが、残念ながら二駅目で降りる。旅は目的のないのが一番であることは言うまでもない。目的が無ければわざわざ真夏の京都に来なくてもよくて、そうなればこの駄文を書き連ねることもない。ただし、これからは週末のお誘いの断り方を工夫する必要があると思ったことは確かだった。2件の用事を抱えるとインターネットで注文できるのに、わざわざ出向くことに何らかの精神的なメリットがなければならない。

乗ったタクシーの乗務員さんに39度になると言われた。北野天満宮の一の鳥居前につけてもらう。京の七夕の笹が飾られていた。クマゼミの鳴き声がうるさい参道を歩いて、外灯の下からミストが出ているのに気がつく。熱中症対策なのだろうか、気休めなのだろうか。楼門前の梅苑の入口のあったところに文道会館が出来上がっていた。三光門を潜ると、右手の授与所が工事していて、西回廊に授与所が移っていた。並ばずにお参りできるのも真夏のせいであろう。

東門から上七軒へ行き、打水している人を左手に見送り老松へ入る。夏柑糖は既に終わっていたので、晩柑糖を届けてもらうことにした。要件が済めば少し休みたくなるのは人情で先程見かけた人のいる喫茶店のドアを開ける。客は誰もいない。カウンター側の奥に座る。花街出身と思われる店の人に普段は飲まないアイスコーヒーを頼むと、トーストを付けますかと聞いてきた。モーニングの時間帯であった。格子窓から外が見える作りは京都ならではで、店の準備に忙しいく働いている街の人々が見える。出来上がったトーストは6分割で一口サイズに切ってあり、いかにも花街のトーストだ。美味しい。上七軒の芸舞妓さんの団扇が掛かっているを見ていると、去年の寿会のパンフレットを持ってきてくれて、フィナーレのページの写真を開けて、この芸舞妓さん達のだという。梅はる姐さんの顔を見つけて口許が緩む。涼んでいると、二人組みの老人が入って来たが、いかにも慣れていない。大阪から用事で来たことが会話で分かる。聞いていても仕方がないので、喫茶店を後にする。振り返ると喫茶梅という看板が上がっていた。



久々の京都モーニング事情(番外編)

2018年8月 5日 (日)

『〜現地録音による決定版〜 正調 郡上おどり』(2002)

郡上おどり保存会『〜現地録音による決定版〜 正調 郡上おどり』キングレコード、2002年、廃盤67分58秒

京都市役所前の広場で郡上おどりが2008年より岐阜県人会により開催されていたが、2017年6月よりゼスト御池地下街御幸町広場で行われるようになった。ゼスト御池での開催はまだ見たことがない。京都市役所前の広場では何回かみたことがある。相方と一緒に見てから随分経ったのだと思う。このCDはゼスト御池でプロモーションしているときに買い求めたもので、御多分に洩れず封を切っていなかった。郡上八幡には訪れたことがあるが、この長い盆踊には参加したことはない。

10曲のうち、春駒とヤッチクは覚えていて、しかも、夏の暑さのなかで繰り返される「七両三分の春駒 春駒」とか「アラ ヤッチク サッサイ」の掛け声を聴くと気が遠くなってくる。夜道を歩く下駄の音、浮かび上がる提灯の明かり、子供の頃の曖昧な記憶の中に、自分が盆踊を好きだったことを知る。



2018年8月 4日 (土)

『凱旋門』を観る

『凱旋門』
ーエリッヒ・マリア・レマルクによるー
『Gato Bonito !!』
ーガート・ボニート、美しい猫のような男ー

宝塚の雪組公演である。『凱旋門』は専科から轟悠が降臨した。2002年に雪組で初演しているため、再演となる。

1938年第二次世界対戦前夜のパリで、
ラヴィックがジョアンを助けるところから始まる一年間のメロドラマである。
1939年ナチスドイツがチェコに侵攻し、チェコを併合(1939年3月15日)、国外追放されたラヴィックが戻ってきて、復讐を果たし、ジョアンが三角関係の末に撃たれて死んでしまう。

イギリスに続きフランスがドイツへ宣戦布告(1939年9月4日)し、灯火管制の敷かれたパリでラヴィック達が強制収容所へ向かうところで終わる。

時代背景もあり、舞台は暗い夜の場面が多い。昼にパスタの大盛りを食べた知人は眠くなるかもしれないと言っていたが、上海焼きそばで済ませた私もいつとはなくこっくりしてしまう。スターにスターを重ねたのでは、皆んなの出番がなくなる。

後半の『Gato Bonito!!』は、スター望海風斗の歌と踊りが楽しめて、少し盛り返した。

猫の種類が豊富であることを気づかせてくれた。犬には興味があったが、猫にはそこまでの知識はない。

第二次世界大戦への過程がミュージカルでは少し正確に語られていないというのが、知人の感想だった。私もオランダへの侵攻、いわゆる電撃戦は1940年5月であり、ミュージカルのなかで、ナチスドイツのオランダへの侵攻を伝えるニュースはおかしいと思っていた。

第二次世界対戦の歴史を通史として読みたくなった。読んだり映画等で見たりした個々のキャンペーンをつなげてみたくなった。戦史としての雑誌は既に処分されてしまったので、チャーチルのThe Second World War のペーババックしか残っていないのだが、何処にあるのやら。

2018年8月 3日 (金)

京都府立植物園

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の青山七恵氏の3回目は「京都府立植物園」でした。ここは広いし、観覧温室は日本最大級です。青山七恵氏は植物園がお好きなようですね。

プラス1は「京都府立京都学・歴彩館」でした。京都府立総合資料館がリニューアルしました。新しくなったから行っていません。

注)京都府立植物園は北山門から入って正門に出ていたので、北大路通に出てから不便でした。逆のルートで北大路駅から賀茂川を渡り正面から北山門に抜ければ、すぐ北山駅なので、次へのアクセスが楽になります。北山通でお茶するのが楽しみです。

植物園の中にある半木(なからぎ)神社は知る人ぞ知るところです。

2018年8月 2日 (木)

燃え尽きたか?

花火が終わって、燃え尽きたような自分がいる。一番いけないのは、片付けが終わらなかったことで自分を責めることだろう。この辺りの精神的ケアについては仕組みを理解したつもりだった。

本来の自分ならこのくらいはできるはずという無意識的基準で作った計画に対し、まてまて、今までのペースで考えてみろ、その時間を確保できるのか? ということで現実的な計画に補正をしたつもりだった。反省する点があるとすれば、予定外にお誘いが多く、予備日も使い果たしてしまったということである。

勉強会というのはカレンダーに入れるのは容易だが、その後の飲み会はそもそも予定していない。作業時間がなくなるわけである。予備日を設定するのは計画作成では必要である。しかし、現実は作業予定日がお誘いで消え、本の選別にも時間がかかったし(ある程度処分したなかから振り分けるのが難しくなっていた。「読んだ本を捨てるのは研究者じゃない」vs 「要らんもんは要らん」 )、パンフレット、チケットや記念品などの紙屑の箱を若者に処分するように言われたが、整理しながらでないと難しいのだ(気持ちの整理が)。おまけにCDをBGMとして聴くだけにすればよいのに、ブログにメモしている始末である。これでは、時間がいくらあっても足りなくなる。

このブログが原因の一つとして、片付けが終わらなかったという認識が正しいとすれば、目的優先ならばブログをやめればよい。または、作業可能な時間の見積もりを現実に合わせて減らせばよい。その時間でできる片付けをすればよいのだから。1日1時間として300時間は稼げるはずである。まあ、どうせなら本を読んでしまうけど。転換可能な資源として早い段階なら利用可能かもしれない。流石に、押し迫ったら、30時間では何もできないが。

バックの中の読みかけの本以外は段ボール箱の中に隠れてしまった。CDは聴いている郡上おどり以外の入っていた箱はあいにく、奥の下の方になった。ということで、しばらくは片付けを忘れて広くなった部屋を味わうことにして、腕や脚腰の疲れを癒そう。

2018年8月 1日 (水)

『ピーター・ティール』(2018)

トーマス・ラッポルト、赤坂桃子訳『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』飛鳥新社、2018年第4刷

イーベイ、パランティアを起業したPeter Thielをドイツ生まれの起業家、投資家、ジャーナリストのThomas Rappoldが描き出した本だ。

逆張り思考と言っても、Warren Buffettとは異なる。

スタンフォード大学でRené Girardに学んだという。模倣(memesis)は競争を生み、競争はさらなる模倣を生む。Peter Thielは競争を嫌い、独占を目指す。

起業についてもう一度考えるために本を読んでいる。本書は私の立場で学びたいこととは違うようだが、Peter Thielという投資家の考え方は面白い。

2018年7月31日 (火)

2018年07月購入図書

2018年07月購入図書
7月はもはや盛夏である。そして8月は晩夏である。

(購入後記)
存在意義を知るために、始まりに遡る。森本公誠長老が東大寺の現代的意義を考える。我々はそこから何を学ぶのか。

起業についてもう一度考えてみたい。

翻訳による日本語論のため、カテゴリは【知】にした。

武士と侍は違うというところから、武士は(弓馬の)芸人であることを学ぶ。

若松英輔氏の推薦する詩集を買う。

米市場(こめいちば)が分からねば江戸時代は語れない。

【歴史】

高橋昌明『武士の日本史』岩波新書、2018年

森本公誠『東大寺のなりたち』岩波新書、2018年

【知】

牧野成一『日本語を翻訳するということ 失われるもの、残るもの』中公新書、2018年

【経済】

高槻泰郎『大坂堂島米市場』講談社現代新書、2018年

【経営】

進藤晶弘『起業で本当に成功するために大切なこと』日本経済新聞出版社、2015年

【文学】

原子朗編『大手拓次詩集』岩波文庫、1991年、2018年第4刷

2018年7月30日 (月)

2018年07月購入古書

2018年07月購入古書

花火があるので本はご法度。しかし、課題図書はokなのだが、歌仙はバレたら怒られるだけ。

日本思想大系も荻生徂徠とかは、なかなか安いのを手に入れられない。

和辻哲郎の『続日本精神史研究』は課題図書で購入した。しかし、新仮名遣いだとなんか味気ない。kindle版は『日本精神史研究』しかないが、電車の中で読む。全集版は重いので電車の中で立ったまま読むのは辛い。続編は研究所で読む。

石川淳選集を見ていたら、歌仙が読みたっなってポチした。酒に俳諧で決まり。

そういう意味では、占領期の話は必要不可欠。

何度も買ってしまう本は生き方の本だった。

【思想】
吉川幸次郎、丸山真男、西田太一郎『日本思想大系36 荻生徂徠』岩波書店、1973年

和辻哲郎『和辻哲郎全集第4巻 日本精神史研究・続日本精神史研究』岩波書店、1962年

【歴史】
袖井林二郎編『世界史の中の日本占領』日本評論社、1985年

【知】
板坂元『考える技術・書く技術』講談社現代新書、1973年、1992年第47刷

【文学】
石川淳、丸谷才一、杉本秀太郎、大岡信『浅酌歌仙』集英社、1988年第2刷

2018年7月29日 (日)

2018年07月書籍往来

2018年07月書籍往来

梅雨が早く明けたので、外に出るのが少なくなった。本はその意味で屋内に適したものだ。

明治維新から150年の今年は、近代日本を考える節目の年といえる。すでに数年前から近代日本の問題を考えてきた。大学生の時の本を引っ張り出してきて、未消化だった当時はすでに自分の中にもない。また、新たな気持ちで読むことになる。明治維新による断絶と継続の問題については、やはり具体的に江戸思想史から入って失われたもの(可能性)を見ていかないと、抽象的な、あるいは借り物の見方になりかねない。維新前後を渋沢栄一の行動と思想からみる山本七平はユニークだった。もう少し範囲を広げてみたいと思っている。

藤田省三『維新の精神』みすず書房、1967年第1版第1刷、1975年第3版第1刷

藤田省三は維新の原理を「横議」・「横行」・「横結」が発展し維新は発生したと見る。

藤田省三『天皇制国家の支配原理』未來社、1966年第1版第1刷、1977年第2版第8刷

丸山眞男の弟子だった藤田省三に習うことはなかったが、当時は影響力があって、本を手にしたのだった。

2018年7月28日 (土)

現代音楽の夕べ

東京文化会館小ホールでのヴォクス マーナ第40回定期演奏会へ行く。指揮者の西川竜太氏が作曲家に初演について話を伺うことから始まる。会場にいる作曲家が演奏ごとに最初と最後に登場する仕組みだ。流石に巻いていたけど時間がかかる。ヴォクス マーナは男女6名づつの声楽アンサンブルである。

Vague Objects
まるで美しい制約を課しているかのように、池田拓実氏は声帯にこだわって曲を作ってくれた。ほっぺを叩いても音になる。

elastic exercise
瓶を吹く音や百均の発泡スチロールの擦った音を福井とも子氏は要求した(安い!)。テキストも使ったし、声帯以外の身体を使った音、つまり足を踏みならすこともしていた。

“改造コメディ”への追加の1ページ&/月のマドリガル op.64 25分
南聡氏はテキストが聞き取れなくても良いという。しかし、何も声楽家にお面被せてコメディをさせる理由が分からない(笑)。ピアノの篠田昌伸氏にもお面被せてワンシーン。リハーサルとか大変だっただろう。ティッシュの箱も楽器なり。

休憩20分で、私たちはいつものようにシャンパン1,400円、白ワイン700円×2を頼む。スーツの人は私くらいであったことが分かる。

後半は、舞台側で待機して呼び出しに応えて巻きに協力的な作曲家もいたが、たいがい作曲家は後ろの席にいた。

In The Distance
平石博一氏の古典文学から発音を拾って行く試みは、リズムの心地よさがあった。

Constellation 2
松平頼暁氏の不協和音を聴くと、現代音楽であることの特色が一番出ていたと思う。

アンコールは、プログラムに書いてないので、Webで確認した。伊佐治直氏の二つの日記(アンコールピース第16作目)7分だった。母親の日記に曲を付けた「プール」と「花火」を聴くと、5人兄弟の末っ子の様子が微笑ましく感じられた。1951年の日記であった。

21時半終了と宝塚並の時刻には恐れ入る。ラストオーダーに間に合うように、車で東日本橋へ移動し、cillic(チリック)でTボーンステーキと、その脂身でガーリックライスをいただく。泡と白を飲みながら、ムラ談義に花が咲く。次は雪組公演だ。



2018年7月27日 (金)

下鴨神社

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の青山七恵氏の2回目は「下鴨神社」でした。ここに来ると暑さも少し和らぐのでしょうか。みたらし祭は御手洗池に向かって輪橋の下へ降りて行きます。膝下まで冷たい水がきます。そして、ロウソクを献灯し、池から上がってご神水を鴨のくぼてで飲みます。ああ、夏という感じです。

プラス1は「旬菜ダイニング葵匠」でした。老舗「田辺宗」の直営の和食店でした。

注)
今年のみたらし祭の足しつけ神事は2018年7月20日(金)〜29日(日)。

御手洗の足しつけ歩む土用の日

2018年7月26日 (木)

『大和秦曲抄Ⅱ 五体風姿』(2010)

総合制作 大倉源次郎『大和秦曲抄Ⅱ 五体風姿』檜書店、2010年、DVD103分

装束と面を付けない「舞囃子」と「一調」からなる。『大和秦曲抄』の続編である。囃子方中心の映像となっている。

観世流観世清和、喜多流粟谷明生、宝生流近藤乾之助、金剛流金剛永謹他のシテ方に対し、一噌流一噌仙幸、大倉流大倉源次郎、葛野流亀井忠雄、金春流金春國和他の囃子方の組合せが壮観で嬉しくなる。

金剛永謹の謡と山本孝の大鼓の一調で演じる「天鼓」など普通は見ることができない。稽古は一対一。観世清和の大鼓の師匠は亀井忠雄。一調は「女郎花」なり。

高砂
八島
羽衣
天鼓
乱(みだれ)
恋之音取
夜討蘇我
女郎花(おみなえし)
葛城(かずらき)

今回も稲畑廣太郎の俳句がついている。
葛城では、「言霊を招き山開となりぬ」と祝歌を詠む。

注)煩雑に映るため敬称は省略した。




2018年7月25日 (水)

106「書かぬが一番」千宗室

ひととき 2018年8月号の千宗室さんの京都(みやこ)の路地(こみち)まわり道は「書かぬが一番」というタイトルであった。路地ともまわり道とも何ら関係のない話をするのは珍しい。(新幹線の中で)『ひととき』を読んだ知人や初対面の人から名刺の肩書に「随筆家」とか「エッセイスト」と入れないのかという質問に答える形で、自分は趣味として書いている。一文で未来を切り開く気概はないので肩書など恥ずかしいと書いている。

家元とは流儀の中のことである。表は名前のみ、裏側に連絡先が書かれた名刺を使っているという。

ここで終わっていればタイトルとはならなかった。

以前に、書くことに関して、老師の下問に答えた折、お前は「書かぬが一番」と言われたという。己の慢心が覗いたのだろうと書いて、要らぬことを書いたと照れている。

私も何故こんな要らぬことをしているのか、始めたきっかけを思い出そうとしたけれども、Twitterを遡るのは限界がある。『ひととき』2018年8月号の表紙は常照皇寺の山門であった。雲ヶ畑のまたその先の山国である。

注)賀詞交換会でもらう大臣の名刺も名前だけだが、連絡先がない。

「衣笠山の裾野の池の畔に佇むD院」とはどこのことだろう。禅寺の老師が隠棲する場所である。本来、私の興味は家元のいうMだとかSだとかのぼかしを探ることにあった。

金閣寺に鏡湖池があり、Dのつく院は大書院である。
龍安寺に鏡容池があるが、Dのつく院はない。

2018年7月24日 (火)

『大和秦曲抄』(2009)

総合制作 大倉源次郎『大和秦曲抄』檜書店、2009年、DVD91分

謡と囃子の世界がここにある。

第一部 大和の神々
「翁」は地頭が梅若玄祥、笛が藤田六郎兵衛、小鼓(頭取)が大倉源次郎、大鼓が亀井広忠と聴きごたえがある。14分13秒

「三番叟」11分52秒
「神舞」 3分53秒
「三輪」 14分01秒
「羯鼓」 5分43秒
「野守」 7分42秒
「獅子」 6分42秒

第二部 謡と鼓の世界
一調である。「一調とは、鼓や太鼓などの打楽器との二人で演奏する能の略式演奏の一つ」(解説)。
「歌占」 4分02秒
「松虫」 4分14秒
「勧進帳」7分05秒
「三井寺」7分46秒

曲の解説に稲畑廣太郎の俳句が配されていて、「松虫」では「虫時雨闇を深めてをりにけり」とある。

注)煩雑に映るため敬称は省略した。



2018年7月23日 (月)

『考える技術・書く技術』(1973)その3

板坂元『考える技術・書く技術』講談社現代新書、1973年、1992年第47刷

6.仕上げ
本における漢字の比率に言及したなかで、当用漢字を評価している箇所が懐かしい。

「60年代後半の日本文学に難解な文章があらわれたこともたしかだが、その一方では読みやすい名文もこの時期にあらわれている。清岡卓行・辻邦生・吉井由吉など、かぞえあげてゆくと、60年代後半は当用漢字で書く名文が成立した時期でもあるのだ。こういう作家たちは、当用漢字しか使えない不自由さなど感じていないはずである。そして、昔の本が漢字の割合が多いために、開いたときにページ全体が、灰色に見えたのに対し、60年代の本のページが白っぽく明るくなってきた」(P194)。

著者も意識的に漢字を平がなにしている。漢字の含有率35%が標準となっていた時代である。かといって平がなを増やせばいいという問題でもない。著者は林芙美子の文章は疲れるという。

「どういうわけか林の文は、前にもどって読みかえさなければならない個所が多すぎる。平がなの部分が前後の語とくっついて、文意が通じにくくなるのだ。文は全体としてやさしい方なのだが、読み通す時間は普通の小説より長くなりがちになる。林は、読む人のことをあまり考えないで書いた人ではなかろうか」(P195)。

文学談義が出たところで、まとめとなる。本の最初に書かれた頭のはたらきというものに差がないとしたら、最後は、誠実さと情熱とが勝負を分ける。この本は生き方の技術の本でもあった。どうりで読み継がれるはずである。

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2018年7月22日 (日)

『考える技術・書く技術』(1973)その2


板坂元『考える技術・書く技術』講談社現代新書、1973年、1992年第47刷

3.実践し易さ
著者が国文学の先生であることをすっかり忘れていた。記憶は嘘をつく。しかし、もっと驚いたのは著者が夥しい一般書を書いたにも関わらず、この後の本を私は読んでいないことだった。渡部昇一の『知的生活の方法』シリーズは読んできたが、板坂元の技術は続編が出ても手を出していないのは、この本の容易性にあった。分かった気になると、これ以上教えてもらう必要はなくなるというものだ。かなかな実践できない本は、しつこく買い続けることになる。

4.本書の読み方
私の構成も酷いもので、今頃こんなことを書いている。まあ、ブログとはいい加減なものだ。

この本は順番に読む必要があると私が考えている理由は何か?

本の全体構造について著者は言及していないが、親切な著者であれば、どの章から読んでもよい場合にはそう書くものである。本書にはその記述は見当たらない。目次を見る限りインプットからアウトプットへのパターンが見える。著者のいうパターン認識を生かしている。

目次
Ⅰ 頭のウォームアップ
Ⅱ 視点
Ⅲ 読書
Ⅳ 整理
Ⅴ 発想
Ⅵ 説得
Ⅶ 仕上げ
Ⅷ まとめ

5.考える技術と書く技術とは同じことか
著者は考える技術と書く技術をどのように考えているのだろうか?

若松英輔氏は「読むと書く」といっている。著者は「読書」に1章分を割いただけである。「読書」は情報収集方法であり、思考訓練でもある。情報は整理し、考え、説得力をつけなければいけない。当たり前のことである。

『考える技術・書く技術』(1973年)が書かれた背景をあとがきから読みとるとすれば、『知的生産の方法』(1967年)や『発想法』(1967年)は「凡人の手の届かないところにありがちなこと」(P209)といっているように思える。大学では論文を書くための本の位置付けだった。今月のはじめに大学での集まりがあったとき生協を覗いたら書籍のコーナーにあったのでまだ役割を終えていないことを確認できた。この分野では清水幾太郎の『論文の書き方』(岩波新書、1959年)も凡人の手の届かないところのものであろう。

私が仕事をしている頃はバーバラ・ミントの『考える技術・書く技術ー問題解決力を伸ばすピラミッド原則』(ダイヤモンド社、1995年)などマッキンゼー流の仕事術が流行っていた。しかし、頭の使い方から遡って考えた板坂元の本がいつまでも現役なのは嬉しい限りだ。

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2018年7月21日 (土)

『考える技術・書く技術』(1973)

何度も買ってしまう本がある。板坂元『考える技術・書く技術』(講談社現代新書、1973年)だ。2014年10月購入図書に最近の記録がある。そして、2018年07月購入古書に載る予定だ。それ以前は記録していない。

1.何度も買ってしまう理由
著者のアイデアを現代に当てはめるとどうなるか。梅棹忠夫や川喜田二郎の時代は白色のカードとエンピツの時代だとすると、板坂元は四色カードの頃であり、今は電子ペーパーの時代だ。2016年5月13日に倉下忠憲氏の『知的生産とその技術 Classic10選』(kindle版)で久しぶりに確認したけど、また、2年経ってこのテーマを再考するに当たって指針が欲しくなって、箱を探すのは不可能に近いので、買おうと思って本屋に向かったら、古本屋の店先にあった。おかげで、袖井林二郎編の本までついで買いしてしまった。本屋では、予定外の『武士の日本史』を買ったりして、この暑さのせいにしておく。

2.変わること変わらないこと
黄色いエンピツであるダーマトグラフを何故私が持っているかというと、著者が精読するときに感銘した文章を塗りつぶすというので買ったわけである。その後、ラインマーカーが出て使われなくなった。しかし。裏写りする本ではやはり色鉛筆が良い。著者は赤色で傍線を引くのは赤色が刺激が強いため目が疲れるという。黄色は疲れ方が違うともいう。米国の教科書が大事な箇所を黄色でハイライトされていて、学生はマジックインキで塗りつぶしていたのはそのせいだと推測している。ダーマトグラフの色移りが気になるので、著者は5種類くらい買って試したという。この辺りは片岡義男氏なら、メーカーまで書いてくれるのだが、私は丸善で見つけたのを使った。5種類も試すことなどは考えもしなかった。読み返して注意がどこに向かうかもその時によって変わるのである。ツールは変わっていくけれど、大事な文章を塗りつぶすやり方は、kindleでもハイライトはできるようになっている。Adobe AcrobatなどのPDFのリーダーも基本的に備えている機能である。教科書も紙から電子ペーパーへ移行されていく。カセットテープも今ではスマホに変わったが、録音することに変わりはない。

著者は色でカードの情報を分ける工夫をしていた。専門の資料は白カード、緑は専門外、黄色は1月から4月で仕上げる仕事用、プロジェクトが重なれば色を分けるという。赤は緊急用である。ちなみにGoogle Keepも電子カードに12色をつけて区分できるようにしている。

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2018年7月20日 (金)

瓢正

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の青山七恵氏の1回目は「瓢正」でした。笹巻ずしで有名な瓢正(ひょうまさ)は「南禅寺瓢亭」の暖簾わけです。何度か食べに行きましたが、また食べに行きたい味です。川端康成と縁があった割烹です。

プラス1は「SAKE壱」でした。西木屋町の立ち呑みです。100種類以上の日本酒を楽しめるお店です。

注)
写真では分かりませんが、瓢正のカウンターの西側の壁には戸板康二さんの絵が掛かっていました。

知り合いに連れられて、飛鳥、壱、デゼール、ひさごと梯子して、麦酒と炒飯で〆たのが懐かしい。

2018年7月19日 (木)

『小林秀雄講演【第六巻】音楽について』その2

『小林秀雄講演【第六巻】音楽について』新潮社、2004年、CD2 72分19秒(談話23分40秒/音楽48分39秒)

CD2は小林秀雄の談話から始まり、その後に曲が入ります。小林秀雄の談話要旨を活字にしていますから、耳より目で追ってしまいます。音源を1927年、1928年、1933年、1940年、1947年、1950年から採取していますが、これは必ずしも小林秀雄が聴いた時期から取られてはいません。小林秀雄は講演の速記からの活字化について厳しい態度であったことは、小林秀雄の『旧友交歓 小林秀雄対談集』(1980年)の編集氏も書いていました。したがって、著者の推敲の入らない談話要旨と著者が選んでいない録音を組み合わせたものは何なのでしょうか。リミックスとCD1で書いた通りです。

2018年7月18日 (水)

『小林秀雄講演【第六巻】音楽について』(2004)

『小林秀雄講演【第六巻】音楽について』新潮社、2004年、CD1 72分31秒(談話11分15秒/音楽60分9秒)

これはリミックスです。小林秀雄が昭和42年(1967)に五味康祐氏と行った音楽談義を編集し、「小林秀雄が賞賛した名曲や名手の演奏、氏が聴いた同じ時代のレコード(SP・LP)から採取し、氏自身が語った声を組み合わせたものです」。演奏毎に小林秀雄の談話として再構成されています。この講演シリーズでは異色な作り方です。音楽を聴くことの主観性を小林秀雄がいっています。この主観性は体調が悪いと音が違って聴こえるといったレベルのことではありません。音楽を聴くことはいつだって精神が創作しているのです。蓄音機は二度と同じ音は出せないといいます。ただ一回の事件を耳は聞き分けられないのです。

注)SP盤を蓄音機にかけたとき、鉄針は1回毎に替えていました。SP盤も原盤のプレスした時期や再生した回数で音が違うと考えられます。我々の耳の構造では聴き分けるだけの差があるのか分かりません。一回の鑑賞会で同じSP盤を2回もすり減らすことは普通しませんから、試したことはありません。LPでは、針が飛んで雑音が入る経験をしましたので、何度も聴けば音質は落ちることは経験的に分かっているだけです。

2018年7月17日 (火)

『浅酌歌仙』(1988)

石川淳、丸谷才一、杉本秀太郎、大岡信『浅酌歌仙』集英社、1988年第2刷

「北京独吟」の入っている石川淳選集を読んでいて、座談会の記述から思い出してポチした。そうなのだ歌仙を読みたくなる時がある。それも丸谷才一とか大岡信とこなければダメだ。安東次男も好きなので、その意味で4人揃った『歌仙』(青土社、1981年)も読みたいが、ネット市場では安くない。ネットはハズレた場合に始末に困る。書物の解体学のようになってしまう。その意味で古書店で手にとって読むに耐えることが分かれば、高くても買ってしまうだろう。

「日永の巻」は石川淳の発句を置いて丸谷才一と大岡信の両吟となっていた。三吟の予定が石川淳が亡くなってしまったので、新たに発句を作ってもらうわけにもいかない。大岡信の手元にあった夷齋先生の発句五句が書かれた一枚の紙の中から「橋わたればまた橋のある日永かな」を選んだのであった。

「初霞の巻」石川淳、丸谷才一、大岡信
「紅葉の巻」石川淳、丸谷才一、杉本秀太郎、大岡信
「夕紅葉の巻」石川淳、丸谷才一、大岡信




2018年7月16日 (月)

RIP Go Kato

加藤剛さんが2018年6月18日に亡くなっていたことが7月9日に報じられた。
加藤剛さんは大岡越前のイメージが強い(当たり前だが)。私の中では三匹の侍の橘一之進の逆手斬りであり、剣客商売の秋山大治郎だった。ご冥福をお祈りする。

2018年7月15日 (日)

荻生椿

『日本思想史大系第36 荻生徂徠』(1973年)の月報31に石川淳が「荻生椿」を書いていた。石川淳が月報に書いていたことは覚えていたが、本体と関係なさそうなので読み飛ばしていた。

「江戸青山に種樹を業とする繁亭金太といふものあり、「草木奇品家雅見」天地人三冊を編む」と始まり、本の中の「御府内近郷の好人」に荻生加慶字子彦に目が止まる。この人物が荻生氏の末なるか、人名辞書に見えず。著者は三田に浄土宗長松寺を訪ね過去帳を調べた。先の座談会で加藤周一が「(石川淳が)原文で読まないことはひとつもいっていないです。」というのを思い出す。

石川淳は過去帳を調べたが、傍証を得ることができず振出に戻って文政の植木屋の本を読んでいる。「荻生むるいつばき」という斑入りの椿の名前を見つける。しかし、荻生家との関連は見当たらない。染井の種樹家花屋伊兵衛について、植木屋を花屋と呼んだのは染井に限ってのことと蘊蓄を披露した後、「加慶字子彦の傳については、不明にはじまつて今のところまだ不明のままである」と終わる。我々は江戸の種樹家の文化を垣間見るのだった。

注)「荻生椿」は『石川淳選集』第14巻、『石川淳全集』第16巻に収録されている。

2018年7月14日 (土)

『石川淳選集 第17巻』(1981)

石川淳『石川淳選集 第17巻(全17巻)』岩波書店、1981年

石川淳選集は新書版で2段組とくれば、老眼には決して優しくない。巻末の座談会を読み始めると、何やら記憶に訴えかけてくるものがある。佐々木基一が半年以上外国へ行っていて準備ができていない言い訳をしていた。石川淳に若い人が興味を待つ理由を解しかねていた。

1981年だから、私も「若い読者」と言ってよい年齢だった。座談会は中村慎一郎と加藤周一を加えた3人で行われた。2人なら対談だから座談会と言えば3人以上ということになる。

ちょうど『狂風記』(1980年)の上下2巻が出た後の座談会(1981年2月2日)だから、『狂風記』を枕に振るのは挨拶というものである。

改めて読み返してみて、石川淳の選集の全体が見えてきた。小説と評論からなるこの選集が、17巻あり、中古で5千円しない。目の調子をみて考えることになる。

2018年7月13日 (金)

ほうせき箱

週刊新潮の「とっておき私の奈良」シンクタンク・ソフィアバンク代表の藤沢久美氏の4回目は「ほうせき箱」でした。奈良の餅飯殿にあるかき氷屋さんです。2015年オープンなので、当然前は通っているけど何故気がつかなかったのかな。72時間かけて緩やかに凍らせた純氷を使うかき氷とか聞くと味わいたくなりますね。

プラス1は「おちゃのこ」でした。中国茶専門店ですがかき氷も通年出してます。

注)夏の奈良は果てしなく暑い記憶しかございませんが、いつぞやホテルで聞いた蝉時雨や三輪のお酒のアイスも思い出します。氷室神社のある奈良でかき氷を食べるのもなんとも乙なものです。かき氷も進化していたのですね。

奈良かき氷ガイド

2018年7月12日 (木)

『日本語を翻訳するということ』(2018)

牧野成一『日本語を翻訳するということ 失われるもの、残るもの』中公新書、2018年

日本語を感覚的に使い分けているのが「日本語人」とすると、著者はその感覚の違いを考える人のようです。

オノマトペをいっぱいとりあげて、違いの説明を読者に迫ります。オノマトペを使わないで日本語を書きなさいと習った身からすると、凄く新鮮な気になりました。「擬態語」「擬音語」にこそ「日本語」らしさがあるので、英訳では、音やリズムは落ちてしまいます。これは逆に英語の詩を日本語に翻訳しようとすると韻脚の問題にぶつかることからも分かります。

著者は「ので」と「から」に心理的な距離の差を感じています。これを少し拡張してみましょう。「なので」と「だから」を比較すると、私も「なので」に心理的な距離感の近さを感じます。

この本は英語への翻訳を例にとっていますが、英語に限らない他の言語への翻訳する場合でも、翻訳により失われるもの、残るものから日本語を日本語らしくしているものを考えようとしています。


第6章「ですます」が「である」に替わるとき

この章は「ですます」と「である」の混在の禁止の話かと思いましたが、もっと複雑なようです。

「〜です」「〜ます」体(敬体形)と「痛い」という「辞書形(いわゆる終始形)」(常体形)が文章の中でどのように使われるかを観察しています。常体形の説明が「だ調」だけ出していて、タイトルでは「である調」を言っているので、読者としては少し混乱します。著者は「ウチ形(常体形)」と「ソト形(敬体形)」が文章のなかで入れ替わる例を出して、何故入れ替わるのか読者に考えさせます。そして英語にどのように翻訳されるかを見ていきます。

相手を意識して距離を置いて話す場合に「ソト形(敬体形)」が使われるのは、分かります。「食べます」「食べました」「元気です」「元気でした」がその例です。それに対し、話す相手がウチの人の時に使うのが「ウチ形(常体形)」で、「食べる」「食べた」「元気だ」「元気だった」となります。「である」の例は一切出てきませんが、常体形の「だ」が使われてます。

「ソト形」は聞き手あるいは読み手を意識する場合に使われ、「ウチ形」は自分を意識する場合に使われます。英語の場合は判別が難しいですね。著者は相手を意識するとゆっくり喋り、独り言は早口にいうと言っています(笑)

「です・ます調」(敬体形)と「だ・である調」(常体形)は1つの文章の中で混在させてはいけないと習った身としては、石ノ森章太郎「私と先生」『朝日新聞』(1990年1月20日)という文章は敬体形と常体形の文が入れ替わる文章で違和感を感じました。インタビューをそのまま活字にした雰囲気があります。著者は、「書き手の記憶に刻み込まれた部分がウチ形」になるとし、ウチとソトとの切替を説明しています。「敬体形」と「常体形」が混在しても良い例外の話をしないで、混在している文章の入れ替わりを、意識の方向性だけで説明すると変な文章ができてしまうのではないでしょうか。それを変と感じるのも「日本語人」と「日本語」の関係性でしょう。

2018年7月11日 (水)

『高野山の声明 謂立論議 山王院月次問講』(2007)

『高野山の声明 謂立論議 山王院月次問講』ビクターエンターテイメント、2007年、CD46分12秒

唄 散華・対掲/明神講表白
問者初重牒
講士初重牒 講士初重答
問者二重牒
講士二重牒 講士二重答
問者副義一重
講士副義一重
問者・講士 比喩論議
御領解・御法楽

「高野山の問答ー山王院月次問講ー」について、真言声明の会 代表の井川崇高(しゅうこう)氏が書いている。儀式には「法会」と「論議」がある。「論議」とは何かということについて、長い説明があるが、注に引用するとして、debateであるといっておく。この問答についてテキストがついている。しかし、だからといって理解が容易とは限らない。この問答というものは、延暦寺のも聴いたし、永平寺でもあった。高野山における問答の濫觴は、空海が上奏した「三業度入制度」に始まるといえよう」と井川氏は書いている。儀式としての問答は声明が日本に入ってきたときにあると考えられるが、この考察は高野山に限定されていた。

注)論議とは、難解な大乗仏教の教理やその実践の理論的に理解を深めるため、または自らの仏教理解が正しいものであるかを確認するため、そしてまた僧侶の立身出世のために、経典に説かれている教えをテーマとして、互いに議論を戦わせる問答であり、毎回設けられる論題に対して、自分の見解を主張する難者(問者とも言う)と、経典や論書を講説した後に問者の見解に対して反論をとなえる答者(たっしゃ)が、互いに往復問答を繰り広げ、最後にその講筵(こうえん)の上席者がその論題に「御領解(おりょうげ)」と呼ばれる判定をつける形式であり、高野山では総じて問講(もんこう)と呼んでいる。

今回収録の論題は、業議に三密双修、副議に発心即到が配されている。問者が比喩で李白の「早発白帝城』を持ち出すなど面白い。









2018年7月10日 (火)

『忠霊』を聴く

『花もよ 第38号』ぶんがく社、2018年7月1日刊行

付録のCDの番囃子「忠霊」を聴く。東谷櫻子氏が「新作能「忠霊」をめぐる考察」を本文に書いており、「新作能「忠霊(ちゅうれい)」(原作浅見真健)は、忠霊顕彰会の要望によって太平洋戦争中の昭和16年、6世観世銕之丞(華雪)一門によって東京の靖国神社で初演された」とある。CDは読者から提供されたSP版からデジタル化したと脚注に記されている。

近代国家は国民皆兵制を採用して、戦争を行った。日本も日清・日露戦争戦没者慰霊碑などが、各地にあり、私の住んでいた船橋の大神宮には戦没者慰霊碑があった。日中戦争が始まると、大日本忠霊顕彰会が1939年に発足し戦死した兵士の遺骨を納めた忠霊塔を各地に建てる。そうした背景のなかで「忠霊」は作られた。

時代設定は当時である。忠霊塔に参拝した国士が老人に出会い、老人の言葉に従って靖国神社へ赴く。

老人(前シテ)/忠霊(後シテ)
男(ツレ)
国士何某(ワキ)
同行者(ワキツレ)

後場で、武人姿の忠霊が奮闘戦死の有様を語り、舞を舞って皇国の平安を祈る。能楽のプロが作った新作能であり、能楽の戦争協力はこういう形で行われたことを知る。

佐藤和道「戦時下の能楽—『忠霊』『皇軍艦』を中心に—」(『演劇学論集 65卷』日本演劇学会紀要、2017年)を読むと、『皇軍艦』は潜水艦乗組員の佐古少尉の謡曲「赤道神」に観世流の節をつけたものだという。

なお、『花もよ 第35号』には『皇軍艦』のCDが付いているので、バックナンバーがあるところで探してみたい。

「戦時下の能楽」




2018年7月 9日 (月)

四都手帖2018年08月【編集中】

2018年8月の私的な愉しみと記憶

祇園祭が終われば、京の七夕である。

【古都】

「トランクの中の日本」京都佛立ミュージアム、2018年6月8日(金)〜10月8日(月)米軍兵士の私的なカメラの記憶。

京の夏の旅 文化財特別公開
2018年7月7日(土)〜9月30日(日)
輪違屋(2018年7月8日(日)10時〜12時は見学休止)
角屋 2018年7月19日(木)〜9月14日(金)
旧邸御室 (2018年8月14日(火)〜16日(木)は見学休止)

平安博物館回顧展 古代学協会と角田文衞の仕事 京都府京都文化博物館 2018年7月10日(火)〜9月9日(日)

京の七夕 開催地により日程が異なるが堀川エリア(ホテルの近辺)
2018年8月4日(土)〜10日(金)1900→2130

六道まいり 六道鎮皇寺 2018年8月7日(火)〜10日(金)

五山送り火 2018年8月16日(木)

六地蔵巡り 2018年8月22日(水)〜23日(木)

【湖都】
赤と青のひ・み・つ 聖なる色のミステリー MIHO MUSIUM 2018年6月30日(土)〜8月26日(日)

滋賀県立近代美術館
2017年4月1日より改修・増築工事のため休館中。2019年3月31まで展示予定はないという。


【旧都】
糸のみひとけ 国宝 綴織当麻曼荼羅と繍仏 国立奈良博物館 2018年7月14日(土)〜8月26日(日)

【水都】
プーシキン美術館展 国立国際美術館 2018年7月21日(土)〜10月14日(日)

編集履歴
2018/07/31 「トランクの中の日本」京都佛立ミュージアムを追加。

2018年7月 8日 (日)

東都手帖2018年08月【編集中】

2018年8月東都散歩のための私的な愉しみと記憶

葉月を考える想像力が真夏の太陽のもと萎えてしまう。

特別展 金剛宗家の能面と能装束 三井記念美術館 2018年6月30日(土)〜9月2日(日)

特別展「縄文ー1万年の美の鼓動」国立博物館、2018年7月3日(日)〜9月2日(日)

没後50年 河井寛次郎展 汐留ミュージアム 2018年7日7日(土)〜9月16(日)

琉球 美の宝庫 サントリー美術館 2018年7月18日〜9月2日(日)

2018年7月 7日 (土)

RIP Utamaru Katsura

桂歌丸師匠が2018年7月2日に亡くなった。81歳だった。

王楽五番勝負で桂歌丸師匠の噺を聴いたのはもう2年も前になるのか、時間の感覚も分からなくなってきた。ご冥福をお祈りする。

2018年7月 6日 (金)

田原の茶畑

週刊新潮の「とっておき私の奈良」シンクタンク・ソフィアバンク代表の藤沢久美氏の3回目は「田原の茶畑」でした。田原(たわら)は河瀬直美監督作品の『殯の森』のロケ地です。茶畑を背景に藤沢氏が笑って写真に写っています。instagram映えしそうな景色です。奈良市といっても、田原のあるところは東部の山間部です。

プラス1は「グリーンとんねる」でした。『殯の森』のロケ地の近くの喫茶店です。こちらもインスタ映えしますね。

注)田原の茶畑から太安萬呂の墓が見つかったことにも触れて欲しいと思うのは歴史クラスタだからでしょうか。

2018年7月 5日 (木)

『東大寺のなりたち』(2018)

森本公誠『東大寺のなりたち』岩波新書、2018年

東大寺というものを一言で言い表すことは難しい。私は東大寺の歴史をまとめて読んだことはない。雑誌で毎年特集される二月堂のお水取りのことだったり、盧舎那大仏造立の物語だったりする。そういう断片的な知識で私の東大寺は成り立っているから、風が吹けば知識のドネルケバブは吹き飛んでしまう。

森本公誠長老が東大寺の初源に遡って考えたことを書いている。

「著者の脳裏に常にあったのは、東大寺は現代社会においてどのような存在意義があるのかという問いかけであった。むろん未来への志向が前提となる。この点、ここしばらくのところ、東大寺のなりたちを知ることにこそ答えの一端があるのではという思いが強くなった」。

我々は東大寺の始まりを見ることになる。

2018年7月 4日 (水)

「文学としての近世思想家文集」

日本古典文學大系月報(昭和41年6月)で中村幸彦が「文学としての近世思想家文集」として『近世思想家文集』を通覧しているが、その前半が気になった。

「私は初学道に入るの門で聞き覚えた、文学(芸術)は表現であるとの説を、後生大事に持ち続けている。広狭様々に解せる表現の語を、文学を意識した美しい文章(韻文をも含めて)によると、更に制限して、形式的に文学と非文学とを区別して来た」。

この辺りを読んでみたいが、中村幸彦は『中村幸彦著述集』を読むしかないと思っているので、仕事を辞めて、関係書籍がいらなくなったら、綺麗に処分して、死ぬまで好きな本を読んでいようと思う。当面は存命中先生方の話を聴いていたい。詰まる所、本よりは実物の方が刺激されるのだ。亡くなられた先生にはもう聞くことはできない。

「中国の古典は一語一句の中にも、思想がどっかと存在するのに、日本の古典は抒情的で、あえかではかな過ぎる」。

「あえか」は小西甚一の『基本古語辞典』によると形容動詞で、もろさを感じさせる優美さをいうとある。

ただ、この中国の古典がどの辺りのことを指しているかは注意したい。

中村幸彦が以下5編は独創的思想の書といっているが、紹介するまでもないだろう。前2編成はともかく、後3編はまだかじってもいないので確かめようがない。課題図書は「都鄙問答」である。なので、卷之一にある商人ノ道ヲ問ノ段はともかく、卷之二の中の鬼神ヲ遠ト云事ヲ問ノ段、卷之三の最初の性理問答ノ段が今の興味ある点である。

伊藤仁斎「童子問」
石田梅巌「都鄙問答」
安藤昌益「自然神営道」
富永仲基「翁の文」
本居宣長「玉くしげ」

2018年7月 3日 (火)

『列車通り 小梅線』(2007)その2

『列車通り 小梅線』Sony Music Direct(Japan)Inc.、2007年

羽黒下駅から再開する。左右に収穫前の稲田が広がっていた。緑の景色から黄色い景色に変わっていた。山間部を抜けて平地が広がる。武田信玄の佐久攻めが頭に浮かぶ。小海線沿いに攻め上がるのだった。この小海線に八ヶ岳高原線の愛称がいつからついたか知らない。清里が賑わった時期なのだろう。一度、小海線を全線乗ったこともあった。佐久平で降りて炬燵に入った記憶があるので寒い時期なのだろうがいつだったか思い出せない。まだ長野新幹線が開通していない時期であることは確かだ。開通していたら直接佐久平へ行ったはずだからだ。このビデオで全線を乗って見ることができるのはいいものた。BGMシリーズに鉄道ものは合うかもしれない。

2018年7月 2日 (月)

『列車通り 小海線』(2007)

『列車通り 小梅線』Sony Music Direct(Japan)Inc.、2007年、DVD139分

2006年9月22日の撮影だ。
鉄道ものは、特に単線だと、ひたすら緑の中を進むやつだと、線路の継目を渡るガタン、ゴトンという音が単調で眠くなる。二両編成の気動車キハ111+112が小淵沢から小諸を目指す。わたしも、冬に二度ほど小海線に乗った。一度は正月に小淵沢から松原湖で降りて稲子湯に入った。もう一度は、北八ヶ岳を縦走して、本沢温泉へ降りた時だった。この時は小海駅から小淵沢へ向かった。

夏の残る9月の景色は単調なうえに左右に視界が開けているのに、進行方向しか撮さないという鉄道マニア向けのビデオである。最近の技術で撮り直したら、視界も広がり楽しいと思う。ビデオを見ていて思い出した。11月に金峰山に登って、信濃川上駅までプラ靴で歩いたことがあった。信濃川上駅から小淵沢経由で帰ったことを思い出した。金峰山小屋で松茸ご飯が出る時期は過ぎていた。眠くなったので羽黒下駅で途中下車する。



2018年7月 1日 (日)

『雨に唄えば』を観る

宝塚月組公演 『雨に唄えば』TBS赤坂ACTシアター 2018年6月16日(土)〜7月4日(水)

別箱は久しぶりになる。宝塚ファンは別箱もチェックしますが、ACTシアターは別箱としては期間も長いし大きいので、取りやすい。

梅雨の明けた週末の午後の赤坂は風が強かった。『雨に唄えば』はハリウッドが無声映画からトーキーに切り替わる言わば変革の時代をテーマにしている。イノベーションを受け入れるかどうかで議論するところはいつの時代も同じ感じがします。

幕間でマンゴーのデザートで泡を飲む。別箱なので特別なスイーツがあるわけではありませんが。結構行けてました。

玉城りょう(たまきち)さんと美弥るりか(みやるり)さんのタップのシーンは良かったなあ。雨のシーンは結構降らせていたました。月組みが三分割しているので、皆んなが見れないのは残念です。

注)

『THE LAST PARTY ~S.Fitzgerald's last day~』は月城かなと主演で日本青年館ホールで6月14日〜6月20日、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで6月30日〜7月8日

『愛聖女(サントダムール)-Sainte♡d’Amour-』愛希れいか(ちゃぴ)主演で宝塚バウホールて7月1日〜7日







2018年6月30日 (土)

2018年06月購入図書

2018年06月購入図書
6月は梅雨である。そして7月の前の月である。

(購入後記)
亀田俊和氏の編だけでなく2論文も入ってお得感あり。

課題図書は圭室諦成『横井小楠』人物叢書、1988年だったが、それよりも先の松浦玲『横井小楠』1976年の朝日評伝選版の増補版2000年を学芸文庫版にしたものにしたのは、松浦玲氏が好きだからであった。

【思想】
小島毅『天皇と儒教思想』(光文社新書、2018年)

松浦玲『横井小楠』ちくま学芸文庫、2010年

【歴史】
日本史史料研究会監修、亀田俊和編『初期室町幕府研究の最前線』歴史新書y、2018年

2018年6月29日 (金)

中宮寺

週刊新潮の「とっておき私の奈良」シンクタンク・ソフィアバンク代表の藤沢久美氏の2回目は「中宮寺」でした。国宝の如意輪観音像があります。聖徳太子所縁の門跡寺院です。何度か見にいきましたが、木造なんですね。

プラス1は「中宮寺跡(国史跡)」でした。中宮寺の東約500メートルの中宮寺跡が発掘され、金堂礎石並びに塔礎石が復元展示されて5月に中宮寺跡史跡公園になりました。ここはまだ行ったことがない。

2018年6月28日 (木)

2018年06月購入古書

2018年06月購入古書
今年の関東の梅雨入りは平年より2日早い6日だった。毎年、去年はと思い出そうとするけど、記憶は何処へやらで覚束ない。

(購入後記)
課題図書である横井小楠を読もうと思って、岩波書店の日本思想大系を買うときに、橋本左内の『啓発録』が目に付いたので買った。かぶっても現代語訳があったほうがわかりやすいし、なにより電車の中で読める。kindle版があればもっと良い。

課題図書だと子安先生が書いていたのは、子安先生の勘違いで圭室諦成ではなかったけれど、よい本だ。

早稲田の五十嵐書店で川田順造を見つけたので、買ってきた。『倭の五王』で無文字社会の話を河内春人氏が書いていたので、読みたくなった。

鶴岡真弓氏のケルトの話はどこかで出たのでちょうどよかった。

【思想】
佐藤昌介他『日本思想大系〈55〉渡辺崋山・高野長英・佐久間象山・横井小楠・橋本左内 』岩波書店、1971年

橋本左内、伴五十嗣郎全訳注『啓発録』講談社学術文庫、1982年、2005年第30刷

【知】
川田順造『無文字社会の歴史』岩波書店同時代ライブラリー、1990年

鶴岡真弓『ジョイスとケルト世界』平凡社ライブラリー、1997年

【伝記】
圭室諦成『横井小楠』人物叢書、1988年、1993年新装版第2刷

2018年6月27日 (水)

たぬき

『金沢民景第4号 金沢の街中で見つけた たぬき』金沢民景、2017年

甘夏書店さんで買った冊子は10種類あるらしい。一度に全てを揃えると興味を失う恐れがけるので、2冊に買い控えた。

たぬきは信楽焼と相場が決まっていると思っていたけど、金沢のたぬきも信楽焼産であることが分かった。



2018年6月26日 (火)

BAND OF BROTHERS

このところBAND OF BROTHERSを見ている。緊張から思わす前へ乗り出している。宝塚だったら注意されるなあと思いながらも、惹きつけられている。

一度見たはずだけど、すっかり忘れていて展開に騙されたりする。

好きなのはEpisodeは2、3、8かな。

2001年のNYからの帰りにスティーヴンン・アンブローズの原作をペーパーバッグで読んだのが、テレビシリーズになり、2002年に日本でも放映された。陸軍の101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊のなかのE中隊の活躍を描く。Easy Companyいう愛称のEasyのシンボルがイマイチつかめない(笑)

2018年6月25日 (月)

105 「深泥池」千宗室

ひととき 2018年7月号の千宗室さんの京都(みやこ)の路地(こみち)まわり道は「深泥池」というタイトルでした。梅雨時の五月晴れを俄かに搔き消す積乱雲に雨のにおいを感じた家元は、この忘れられた深泥池(みぞろがいけ)はもはや言説の中にしか存在しないかのように、刻々と変じていく景色風を描写します。見事というしかありません。人工的な宝ヶ池と対比し深泥池を隠者と見る目が面白いと思います。いつのまにか、日差しが漏れ影を取り戻した世界に、向日葵が咲いて入れはよいと思う家元でした。

2018年6月24日 (日)

「アジアを越えて循環する知」を観る

中島隆博教授の「アジアを越えて循環する知」東洋文化研究所公開講座2017「アジアの知」東大TVを見ていたら、中島隆博教授が翻訳した、フランソワ・ジュリアン『道徳を基礎づける』(講談社現代新書、2002年)の話が出てきた。発売1年で絶版になった本ですが、それを復刊しょうという話を春頃に編集者からいただいて1年くらいからるかなと思っていたら、夏に講談社学術文庫から出たと語っていました。どうやら、東浩紀氏がtwitterで名著だと呟いて、古書市場に影響を与え、絶版していたものを復刊させてしまったという。なにやら、最近の天狗ブームを思い出させる話だった。すでに、2017年にも実例があったのだ。

内容は、道徳の基礎とは何かを巡って、近代を考える話だった。社会の規範性を担ってきた宗教が国家と分離するのが世俗化である。分断化した社会状況から、宗教の復興が議論されているが、制度化した宗教に還元されないものがあるのではないか。

ヨーロッパの啓蒙主義を考える上で、アジアとの接触が重要である。何故ヨーロッパは古代中国やエジプトの思想を翻訳したのか。

宗教なしの道徳は可能かという議論のなかで、孔子や孟子は読み直されている。

「アジアを越えて循環する知」

2018年6月23日 (土)

『金峯山修験本宗 朝座・夕座勤行並回向』を聴く

『金峯山修験本宗 朝座・夕座勤行並回向』総本山金峯山寺教理部、CD76分24秒

BGMシリーズが続くのは筆者の趣向もあったりするけど、本を読む集中力が無くなってきていることが理由の一つとして考えられる。老眼で小さい字が読めなくなったことを幸いに、些事にこだわらないという方針になった。自ずとスタイルが変わってきた。小林秀雄の講演のCDを聴くと、おおらかで良い気になる。知的消費をするにはちょうど良い。

さて、このお経CDは吉野の金峯山寺に何度か行った時に、たまたま目に付いたので買ってきたものだった。そのまま封も切らずに段ボール箱行きになっていたものの1つに過ぎない。Webサイトを見ると授与品にお経CDとして他に『常行三昧』や『法華懺法』もある。

CDケースを開けるとCD以外に解説もなにもなくさっぱりした作りになっいる。一応、朝座、夕座勤行、回向と3つに分かれているが、録音は2つにまとめられているので、ピンポイントで再生できない。

このCDは、最後に女性のナレーションが入る。「このお経は奈良県吉野山金峯山修験本宗総本山金峯山寺第28世管領五條順教猊下がご導師となって厳修されたものでございます」といって終わる。ディクテーションするために2度も聴いてしまった。

『大峰奥駆修行DVD』もあるので、お詣りの機会があれば手に入れてみたい。



2018年6月22日 (金)

竹筌堂

週刊新潮の「とっておき私の奈良」シンクタンク・ソフィアバンク代表の藤沢久美氏の1回目は「竹筌堂」でした。奈良県生駒市高山町の名物といえば茶筌があります。

プラス1は「高山竹林園」でした。奈良県生駒市高山にある市営の公園です。竹製品を紹介する資料館があります。

2018年6月21日 (木)

『能の華』(2012)

『能の華』東映シーエム株式会社、2012年、DVD71分

観世清和・観世三郎太父子出演のBGM 日本伝統文化振興財団 能楽囃子体系より作成したダイジェストです。

観阿弥生誕680年、世阿弥生誕650年記念『風姿花伝 観世宗家展』が松屋銀座で2012年12月27日~2013年01月21日 開催されました。この時に買ったDVDで、観世宗家による能舞台のダイジェスト29作品と能面17面が収録されています。まさにBGMシリーズ。

注)エンディングロールで協力会社のビクターエンターテイメントをJVCケンウッドと間違えたと訂正とお詫びの紙が入っていました。





2018年6月20日 (水)

『季刊 本の手帖 IX』(1974)

季刊本の手帖 IX 1974年 昭森社

「季刊本の手帖」(1972年〜1987年)は昭森社の月刊「本の手帖」(1961年〜1961年)の後を受けて刊行された。今回入手した表紙を写して書籍を愛した人々を記憶したい。



2018年6月19日 (火)

『藤原彰子 天下第一の母』(2018)

朧谷寿『藤原彰子 天下第一の母』ミネルヴァ日本評伝選、2018年

1.凡例情報
本書に凡例はないので、情報を取りまとめておく、選書の参考にされたい。
本書は「ミネルヴァ日本評伝選」のシリーズの一般書である。
「漢文史料は読み下し文とし、現代仮名遣いを旨とした」(P11)。
引用文献、あとがき、略年譜、事項索引、人名索引と揃っていて何も言うことはない。

図版一覧の46ある図のうち朧谷先生の撮った写真11枚を見ても、現地は過去と違っているとはいっても見に行きたくなる。

しかし、文字が9ポイント以下であるので、今の私には辛い。ルビが読めない。購買方針としても10ポイント以上又は電子書籍にしたいと考えているので、しばらく買う本は絞られる。手元の本をめくることになる。

2.本文
本文は7章316頁からなる。
藤原道長の嫡女の藤原彰子に興味を抱いて調べたとあとがきに書いてあった。いったい何に興味を持たれたのだろうか。藤原彰子とはどのような人物なのだろうか。本書を読む動機はその辺りにある。それにしても火事が多い平安京であることが目次を読んだだけでも分かる。

藤原彰子の名前をどう読むのか。この時代の常として女性の名前の読み方は確立していない。したがって、朧谷先生はルビを振られていない。有識読みに従えば「しょうし」と音読みすることになる。人名索引に藤原彰子の立項がないことに気がついた。そうだったのかと納得する。この本は藤原彰子の評伝であった。このあたりはwordで作るとものすごく変な索引になりそうである。まあ、人物伝を書くこともないので気にするところではないのであるが。




2018年6月18日 (月)

『日本の美 いろとかたち』(1978)

岩宮武二『日本の美 京 いろとかたち」集英社、1978年

現代日本写真全集4として編集され、本文があり、岩宮武二の世界が解説されています。

写真も『亰 kyoto in KYOTO』(1965年)と同じものが多いのは当然ですが、紙質、色そして割付が異なるので、印象も違ってきます。そうなると好みということになって、「御幣」は解説にある通り、岩宮武二が撮影のために新調してもらったものです。これを白枠の中に入れてしまうとただの景色になってしまい、『亰 kyoto in KYOTO』の巻頭の迫力が失せているように思います。岩宮武二が書いているのは巻頭見開きの「京都三十年」と作品解説だけです。その作品解説も『亰 kyoto in KYOTO』と違い簡略なものでした。あとは重森弘淹(注)の責任編集ということで、写真集の編集の難しさということを考えさせられました。


(注)重森三玲の二男



2018年6月17日 (日)

『亰 kyoto in KYOTO』(1965)

大佛次郎、岩宮武二『亰 kyoto in KYOTO』淡交新社、1965年、限定2,000部

大佛次郎 が岩宮武二の写真集に「人間がいる風景 アルバムの伴奏として」を書いていました。「京の南の郊外の古い道を、人家の聚落のある中に入ったら、町角に「鳥羽の恋塚」と標示してあるのを見た」と始まります。鳥羽の恋塚とあったので、六地蔵巡りで鳥羽の浄禅寺に行ったことを思い出しました。

思いがけなく見つけたと大佛次郎は書いています。千本通をここまで歩いて下がってきたのでした。私も桂地蔵を見て、車でここまできましたが、この後はどうやって帰ったのか忘れてしまいました。今、行くとしても難しいですね。

岩宮武二は「暮らしの色」を八坂神社の御幣を撮したものから始めました。大写しにしています。私なら引くところを、岩宮武二は近づいてシャッターを切りました。解説を読むと神主さんに頼んで榊と幣紙を新調してもらったといいます。あるがままを撮したというより、神々しさと瑞々しさ引き出しという感じがします。

重い写真集で古書でもあるので、私の扱い方も丁寧さを欠いて角をぶつけてしまいました。箱も壊れていたことに気がつきました。安いのは訳があったのでした。足の上に落としたらえらい事になりそうなのでソファーで座って見ています。

「春夏秋冬」をめくっていったら、高山寺の石水院が出てきました。最近書いたことを写真で確かめることができました。新緑と紅葉の写真を見ていると、蔀戸は見たなという感じがしました。

「祈りのかたち」は大沢池畔の石仏で終わります。その景色はもうないのかもしれません。この写真集に閉じ込められた記憶を私が、自分の記憶でもないのに呼び起こしているような気がします。何故か既視感があるのでした。

注)本のタイトルをよく見たら、「京」でなくて「亰」という漢字を使っていました。


2018年6月16日 (土)

『後醍醐天皇』(2018)

兵藤裕己『後醍醐天皇』岩波新書、2018年

1.歴史と文学
例によってあとがきから読む。兵藤裕己氏が日本文学を専門とすることが書かれている。我が国の文学は古来より歴史を包括する概念であったが、明治20年代に歴史を分離・独立させたという。

歴史と文学の境が曖昧であるという点は、『太平記』が例としてあげられよう。かつて久米邦武が「太平記は史学に益なし」といった。そんな『太平記』を兵藤裕己氏は校注した。今回の岩波新書のあとがきは含むところがある。

2.通説批判
このところ南北朝時代を扱った本をいくつか読んできた。後醍醐天皇についての見方も少し変わってきたという認識があった。その周りも含めて見方が変わってきていることをこの本ははっきり言っている。

「文観弘真は、むしろ碩学の真言僧としての実像があきらかにされつつあり、いわゆる「怪僧」「妖僧」の文観イメージや、真言立川流の中興の祖云々は、俗説に過ぎないとして否定されている」(P7)。

3.『異形の王権』批判
後醍醐天皇の異形ぶりを指摘した網野善彦氏の説(『異形の王権』(1986年))を兵藤裕己氏は批判する。後醍醐天皇の密教への傾倒は父の後宇多天皇譲りであり、天皇位にありながら灌頂を受けたのは、後宇多天皇が先である(『御遺告』)。俗体のまま修法を行うことが当時の金沢貞顕書状でも不審に扱われてはいないという。貴族社会周辺で行われていた聖天供の修法をもって、後醍醐天皇の修法の特異性を示すことはできないという。

4.聖徳太子信仰
後宇多法王は灌頂を後醍醐天皇に授けたが、後醍醐天皇は灌頂を授けることはしていない。生涯出家せずに天皇位にあった後醍醐天皇は在俗のまま至高の仏教者であった聖徳太子を理想としていた。清浄光寺(遊行寺)の後醍醐天皇像は通常の冠の上に冕冠を載せている。物理的には不可能だが、聖徳太子像というモデルがあった。また、四天王寺にある聖徳太子自筆とされる『四天王寺御手印縁起』を召しよせて、自ら書写し、奥書に手印を押している。これらは後醍醐天皇所縁のものであり、展覧会でも目にしたことがある。俗説を排してみれば後醍醐天皇の信仰の深さが伝わってくるだけである。

5.無礼講
太平記で書かれた「無礼講」が後鳥羽天皇の周辺で行われていたことを、小島裕己氏は、『花園院宸記』の記事から確認したあとで、以下のようにまとめた。
「こうした無礼講の場を設定して、後醍醐天皇とその側近たちは倒幕の謀議を重ねてゆく。もちろんそれは、たんに人材をもとめる手段というにとどまらない。天皇が「武臣」北条氏を介さずに直接「民」に君臨する政治原理が、臣下のヒエラルキーが無化される芸能的寄合の原理に(象徴的に)求められたということだ」(P132)。

「天皇が直接「民」に君臨する統治形態を企てた後醍醐天皇の念頭にあったのは、宋学とともに受容された中国宋代の中央集権(=皇帝専制)的な官僚国家である」(P134)。

ここまで読むと後醍醐天皇の新政が中国の宋代の皇帝専制がモデルと言いたいことが分かる。

小島裕己氏は第7章 バサラと無礼講の時代でこの時代の文化について言及し、佐々木道誉がバサラを政治的に利用した点をあげている。

6.後醍醐天皇の呪縛
第8章 建武の「中興」と王政復古では、小島裕己氏が後醍醐天皇の評価を歴史を追って明らかにしてゆく。その転換点として後期水戸学の藤田幽谷の『大日本史』の論賛削除の建議をあげている点が読み応えあった。国体論というイデオロギーが出てくるあたりは、後期水戸学を読んでみたいと思う。

「後醍醐天皇の企てた「新政」は、五百年の時を隔てて、日本の近代を呪縛したのである」(P232)。臣下のヒエラルキーを否定するその専制的な政治手法が「王政復古」で実現したというわけではない。それでは明治天皇=後醍醐天皇になるので、明治天皇が専制的な天皇であるという主張になってしまう。

武力で政権を奪取した倒幕勢力が明治天皇の権威を利用して専制的に振る舞ったのが、明治維新というクーデターである。都合の良いスローガンとして「王政復古」は利用されたに過ぎない。

2018年6月15日 (金)

伏見駿河屋

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の磯崎憲一郎氏の4回目は「伏見駿河屋」でした。練羊羹で有名な和菓子屋さんの分家でした。なぜ取り上げたのかは写真に答えがありました。電気鉄道事業発祥之碑が建っていたのでした。明治28年(1895年)に京都と伏見の間に路面電車が開通したのでした。

プラス1はもう一つの「電気鉄道事業発祥の碑」でした。京都駅北口の塩小路通に立派な石碑が建っています。

2018年6月14日 (木)

2018年6月書籍往来 その2

小林秀雄『旧友交歓 小林秀雄対談集』求龍堂、1980年

このBGMシリーズで小林秀雄の講演のCDを何枚か聴いた。やはり、講演と対談、それもお酒の入る対談は少しくだけてくる感じがします。それでも活字になったものは、本人のフィルターがかかって統一されたものになっています。

私も、議事録や発言録を録音したものから作成してみて、言い回しが自分のパターンになっていることに気がついたことがあります。発言者には確認を求めていますが、趣旨が通っていれば、敢えて修正を要求してこない人もいるし、一字一句を直してくる人もいます。

この「白鳥の精神」は『文藝』 昭和38年1月号で河上徹太郎と小林秀雄が対談したものですけど、「今度あらためて削除訂正が、施されたことを、お断りしておく」(編集部)とあるので、20年近く経って小林秀雄の直しが入ったのでした。

政宗白鳥(1879年-1962年)には自然主義文学者という符丁が付いています。文学史に詳しくないので「自然主義文学」というものを的確に説明できませんが、小林秀雄の見方は少し違うように思います。かつて、小林秀雄は政宗白鳥と論争をしたこともあります。この対談を読む限りは親密な間柄が伺えます。政宗白鳥とキリスト教の関係を小林秀雄がいうとき、河上徹太郎が含むところがあったのは、自身がカトリックであったからということもありました。

講演と違い対談は、話している本人たちにとって自明なことの説明がないことで、彼らのコンテキストが辿れない点があることです。彼らの本もすっかり内容を忘れてしまっているので、どこかで読み直しをしたくなりました。読んでブログにメモしておけばよかったなと思いますが、そんなことを始めたのはつい最近のことなので、大抵は間違って覚えているか、すっかり忘れているかです。本のタイトルすら思い出せません。もっとも、確か書いたはすだと、ブログを検索しても、実際には書いていないこともあり、ほんと記憶はあてになりません。

2018年6月13日 (水)

四都手帖2018年07月【編集中】

2018年7月の私的な愉しみと記憶

また、祇園祭の季節になった。イノダコーヒのハムトーストも控えなければならない。

【古都】
祇園祭 2018年7月1日(日)〜31(火)

風まつり 千本ゑんま堂 2018年7月1(日)〜15日(日)

京の夏の旅 文化財特別公開
2018年7月7日(土)〜9月30日(日)
輪違屋(2018年7月8日(日)10時〜12時は見学休止)
角屋 2018年7月19日(木)〜9月14日(金)
旧邸御室 (2018年8月14日(火)〜16日(木)は見学休止)

観蓮会 法金剛院 2018年7月7日(土)〜8月5日(日)7時開門

虫送り 久多 2018年7月15日(日)20時〜

御手洗祭 下鴨神社 2018年7月20日(金)〜29日(日詣り)

鹿ヶ谷かぼちゃ供養 安楽寺 2018年7月25日(水)

真如堂宝物虫払会 真如堂 2018年7月25日(水)

火渡り祭 狸谷不動院 2018年7月28日(土)
千日詣り、 愛宕神社 2018年7月31日(火)

【湖都】
赤と青のひ・み・つ 聖なる色のミステリー MIHO MUSIUM 2018年6月30日(土)〜8月26日(日)

滋賀県立近代美術館
2017年4月1日より改修・増築工事のため休館中。2019年3月31まで展示予定はありません。


【旧都】
糸のみひとけ 国宝 綴織当麻曼荼羅と繍仏 国立奈良博物館 2018年7月14日(土)〜8月26日(日)

【水都】
プーシキン美術館展 国立国際美術館 2018年7月21日(土)〜10月14日(日)

2018年6月12日 (火)

東都手帖2018年07月【編集中】

2018年7月東都散歩のための私的な愉しみと記憶

7月は隅田川花火大会である。以上。

宝塚星組公演 『ANOTHER WORLD、Killer Rouge』東京宝塚劇場 2018年6月22日(金)〜7月22日(日)

入谷朝顔まつり/朝顔市 入谷鬼子母神界隈 2018年7月6日〜8日

ほうずき市 浅草寺 2018年7月9日・10日

隅田川花火大会 2018年7月28日(土)19時〜20時半

2018/07/05 入谷朝顔市を追加
2018/07/05 ほうずき市を追加

2018年6月11日 (月)

みちのくの人形たち

Le Petite Parisienで「深澤七郎」の会があり、参加者全員が「みちのくの人形たち」私家版をいただく。折帖仕立でお経のようだという感想があった。この私家版は1979年に作られたもので住所と氏名の記入欄があったりして面白い。



2018年6月10日 (日)

2018年06月書籍往来

小林秀雄『旧友交歓 小林秀雄対談集』求龍堂、1980年

小林秀雄は対談をいくつもしています。付録の戦後主要対談一覧(昭和21年ー昭和54年)の最後が83番で、河上徹太郎との「歴史について」(文學界 昭和54年11月号)という対談でした。「この夏、河上徹太郎氏との対談を機に、これまで小林秀雄氏がなしてきた対談のかずかずのうちから、身近かに親しんできた人々と行なわれたものだけを集めて、この一巻を成した」(編集部)と説明があります。まずは河上徹太郎との対談を読むことから始めます。17、8才の頃に知り合って60年、「出会い還暦」とは恐れ入ります。もっと驚いたのは、小林が「葬式も出ないかもしれない」というと、河上が「お互いに告別式には出まい。どうせ、出てももう相手はいないのだから」という冗談とも本気ともとれる発言でした。確かに通夜に行っても相手は死んでいて会えません。小林が「要するに思想上で交わっていれば、充分」と返しました。二人の交わりは面白い。河上徹太郎の『自然と純粋』(1932年)から二人は自然な水魚の交わりではなく、純粋な思想上の交わりを選んでいたのでした。

私の場合、京都で知り合った人たちも年齢を重ねて会うことも少なくなりました。今は若い人からの刺激を受けることが楽しみになっています。知り合った人の出される本を読むという一方的な付き合いで、どちらかと言えば一緒に酒を飲むという水魚の交わりの方を好みますが、このまま、「ひとり」の世界に帰って行くのでしょうか。


注)河上徹太郎は1980年(昭和55年)に亡くなり、小林秀雄は1983年(昭和58年)に亡くなりました。例の話はどうなったかというと、小林秀雄が河上徹太郎の葬儀委員長を務めたのでした。



2018年6月 9日 (土)

『第8回 ビクター伝統文化振興財団賞「奨励賞」亀井広忠(能楽囃子)』(2004)

『第8回 ビクター伝統文化振興財団賞「奨励賞」亀井広忠(能楽囃子)』ビクター伝統文化振興財団、2004年、CD 60分6秒

独吟は聴き入ってしまうということで、亀井広忠師の大鼓を中心とした囃子を聴くことにしました。2004年4月5日宝生能楽堂での収録です。例によって封を切りましたが、簡単に取り出せました。ラッピングがよいのはいいことです。

三番叟の揉之段の鼓の音と掛け声から入ります。シテもワキも地謡もありません。囃子方の掛け声と楽器の音だけです。普段の能楽堂では味わえません。謡を謡い、仕舞をするのは能の基本ですが、囃子方だけというのも、一曲の中の見せ場はあるにせよそこだけを切り出すことはほとんどありません。

三番叟 揉之段、鈴之段
猩々乱
宝生流 延年之舞
道成寺組曲
獅子

終わってから、解説を取り出しました。
土屋恵一郎氏が「亀井広忠の芸術」、山中玲子氏が「楽曲解説」を書いていました。

土屋恵一郎氏は当時30歳の亀井広忠師を評して、「ほとんど驚異といっていい姿である。なにより技量においてそこに不足がない。完成されたテクニックがある」と書いていました。葛野流家元になる能楽師ですから迂闊なことは書けません。

山中玲子氏の道成寺組曲の解説を読むと、道成寺の「世界を囃子だけで表現できないかと、今から約20年前に藤田六郎兵衛と大倉源次郎が構成した」ものだそうです。するとこれは独立した作品ということになります。その藤田六郎兵衛師(笛)と大倉源次郎師(小鼓)に金春國和師(太鼓)が加わっての熱演13分9秒。堪能しました。

BGMシリーズはこれでなくっちゃね。
そういえば、千本の鰻屋ではいつも能楽囃子をかけていたので、能楽囃子を聴くと鰻が食べたくなる。









2018年6月 8日 (金)

鴨川の「飛び石」

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の磯崎憲一郎氏の3回目は「鴨川の「飛び石」」でした。荒神橋の北にある飛び石の亀石に座ってご機嫌そうです。鴨川の河川敷も磯崎憲一郎氏の小説で出てくるそうです。しかし、右岸の方は滅多に歩かないなあ。川端通りの方は何もないからね。

プラス1は「京都大学東南アジア地域研究研究所 図書室」でした。その何もない川端通りにある旧京都織物本館です。まあ、隣の京都大学稲盛財団記念館には鎌田東二先生関係で行ったことはありますが、ここは利用したことはありません。誰でも利用できる図書室です。

注)擬宝珠の下で写真を撮られているのを見ると、擬宝珠のあるのは三条大橋か五条大橋だけなので、これは三条大橋でしょう。三条大橋から京都大学東南アジア地域研究研究所が見えるかしらん。

2018年6月 7日 (木)

『宮中雅楽』(2012)

『宮中雅楽』OLDSEA、2012年
2012年2月5日浅草公会堂での宮内庁式部職楽部の「宮中雅楽の夕べ」公演を収録したDVD81分

管弦は4曲ある。青海波と松根は聴いたことがなかった。越殿楽は越天楽とも書く。

盤涉調音取(2分)
青海波(12分)
朗詠松根(9分)
越殿楽(5分)

舞楽は3曲あるが、CDで聴くよりも、DVDで舞を見る方がかったるい感じがした。

春庭花(20分)
貴徳旧(11分)
八仙(22分)

雅楽シリーズはCDが残っているが、箱の中の未開封のCDを優先させて行こう。このテンポだと体のリズムと合わないのでやや辛い。



2018年6月 6日 (水)

『りゅうの目のなみだ』(2007)

『りゅうの目のなみだ』2007年

あらん!
壤先生、20分16秒は短いんですけど。

朗読 壤晴彦
演奏 松本好永
原作 浜田廣介
収録 博品館劇場
販売 演劇倶楽部『座』

久しぶりに『座』の公演を聴いた気になりました。でも何度か行ったライブではこんな熱演はなかったかなあ。




2018年6月 5日 (火)

『石元泰博写真集「両界曼荼羅—東寺蔵 国宝『伝真言院両界曼荼羅』の世界」』(2011)

石本泰博『石元泰博写真集「両界曼荼羅—東寺蔵 国宝『伝真言院両界曼荼羅』の世界」』平凡社、2011年

石本泰博の写真集『伝真言院両界曼荼羅ー教王護国寺蔵』(1977年)を見てみたいところですが、この愛蔵版でよしとしましょう。これ以上本が増えると置き場所に困りますから。NHK心の時代で東寺に伝えられた国宝の西院本曼荼羅(伝真言院曼荼羅)をもとに正木晃氏が解説する番組を見ていて、見たことあるなあと思って記憶を辿っていくと、研究所のダイニングの本棚の『桂離宮』(2010年)の隣に挿さっていました。大型本です。しかし、白洲正子『湖国の十一面観音』(1982年)が隣にあるので目立ちません。石本泰博氏の写真集が3冊並んでいたのでした。

辻井喬が序文を寄せ、真鍋俊照氏が解説を書いています。Amazonを見ると発送重量2.8kgとあるので、膝に上に置いてページをめくります。写真だけ見ていたらわかりませんでした。その意味で、頼富本宏『曼荼羅の世界』や正木晃氏の『マンダラと生きる』で入門的な知識を得たのは良かったと思います。

胎蔵界曼荼羅
一体一体の仏様が大写しになっています。歳月で色が剥落しているところなど写真ならではです。肉眼で両界曼荼羅(江戸時代、重文)を東寺灌頂院で見たことがありますが、ここまで引き伸ばして見ることはできません。部屋も暗くてよく見えなかったという印象でした。大きさが分かったことが実物を見た甲斐があったということでしょうか。

金剛界曼荼羅
成身会 賢却千仏 北東(右下)部分の仏様のお顔の並びを見ていると気が遠くなります。

それにしても、両界曼荼羅のそれぞれの仏の名前を書いた図は圧巻です。

2018年6月 4日 (月)

『観世流謡入門 高砂』を聴く

『観世流謡入門 高砂』
独吟 観世喜正

CD36分12秒
観世喜正師の独吟を聴く、この謡入門シリーズは矢来能楽堂で円満井会定例能に通っていた時の土産でした。BGMにはちょっと重いかもしれません。聴きいってしまいます。

「真之脇能と称される祝言第一の曲」とあります。

それにしても観世喜正師が吹き込んだこのシリーズや、DVDのスピカ能は能の普及第一の精神を感じます。

やはり、「四海波」は地謡で聴きたいなあ。

心を磨く風となれ!



2018年6月 3日 (日)

『観世流謡入門 鞍馬天狗』を聴く

『観世流謡入門 鞍馬天狗』
独吟 観世喜正

CD34分49秒
観世喜正師の独吟を聴く、この謡入門シリーズは矢来能楽堂で円満井会定例能に通っていた時の土産でした。BGMにはちょっと重いかもしれません。聴きいってしまいます。




2018年6月 2日 (土)

『武満徹:ノヴェンバー・ステップスほか』(2012)

小澤征爾指揮『武満徹:ノヴェンバー・ステップスほか』ソニーミュージック、2012年、CD55分28秒

ケースを踏んでしまいヒビが入っていたため慎重に封を切ります。ノヴェンバー・ステップスは武満徹の管弦楽曲です。このCDはBSCD2版です。

雅楽を聴いてきた耳には、尺八が入った点で、広いココロで受け止めることにしました。ピアノと琵琶とくれば、洋楽でもありません。まして、小澤征爾氏が指揮をするっていうのも面白いとしかいいようもないことです。雅楽は菅楽器がリズムをとります。洋楽は弦楽器かリズムをとるものです。洋楽の古典指揮者は、洋楽のロジックで指揮したのでしょうか。BGMにはなりませんでした。現代音楽は心地よい音ではありません。



2018年6月 1日 (金)

高山寺

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の磯崎憲一郎氏の2回目は「高山寺」でした。高山寺と聞くと「女ひとり」の2番の歌詞を思い出します。山号は栂尾山です。石水院からの眺めくらいで、あとは広い境内に入れるところはありません。国宝の「鳥獣人物戯画」も東京と京都の国立博物館に寄託されているので、高山寺で普段見られるのは模本です。磯崎氏が茶畑で写っていました。

プラス1は「西明寺」でした。清滝川に掛かる橋を渡り、槇尾山西明寺へと石段を上がります。真言宗大覚寺派の寺院に運慶作の釈迦如来立像を観に一度訪れました。

注)小島裕己氏の『後醍醐天皇』(岩波新書、2018年)でも、南北朝時代のバサラ大名佐々木道誉の話で、宇治と並んで栂尾が茶の本場とされていたことが書いてありました。

注)高山寺や西明寺は一度しか行ってません。高雄山神護寺は400段近い石段がきついにも関わらず、何度も行きました。まあ、境内も広いし見るものが多いせいでもあります。

2018年5月31日 (木)

2018年05月購入図書

2018年05月購入図書
4月は夏日が多かった。5月も暑かった。

(購入後記)
森田真生氏の数学を巡るエッセイは小林秀雄賞を獲得した本の文庫版でした。

兵藤裕己氏が校注した『太平記』(岩波文庫)は少し読んだことがあります。ちょうど、『後醍醐天皇』(岩波新書)でも書いてありましたが、位置づけが平家物語のような文学かどうか迷いました。文学性では平家物語が方が高いと思います。

朧谷寿先生の近著を入手しました。藤原彰子は藤原道長の娘で、一条天皇の后となり、後一条天皇と後朱雀天皇を産んだ方くらいしか知りませんでした。

【歴史】
朧谷寿『藤原彰子』ミネルヴァ日本評伝選、2018年

兵藤裕己『後醍醐天皇』岩波新書、2018年

【知】
森田真生『数学する身体』新潮文庫、2018年

2018年5月30日 (水)

2018年05月購入古書

2018年05月購入古書
5月は緑の世界、光に木の葉が透けて見える時、想念が歩を進めさせ、川音に耳を傾ける。

(購入後記)
甘夏さんのところで、佐野繁次郎の装丁の本を買うのは久しぶりのことです。ペーパバックのカバーが楽しい。1971年の本で取り上げたビストロに妙に懐かしさを感じるのは、この後、バリの街を歩いた時期に近いからでしょうか。辻邦生の『バリの手記』を読んでいた時期までが、私の青春時代でした。

【知】
辻静雄『バリの居酒屋(びすとろ)』柴田書院、1971年

2018年5月29日 (火)

104 「花の家」千宗室

ひととき 2018年6月号の千宗室さんの京都(みやこ)の路地(こみち)まわり道は「花の家」というタイトルでした。ドンツキと思われた小道にあった山吹の花の色を愛でる家元が、枝を鉄柵の間に伸ばす姿を好ましく思って、覗こうとした家は、しかし、山法師に遮られて全体が見通せません。折から雨も降り出し、雨脚が地面から立ち上ってきます。振り返ると驟雨の中に入口を閉ざす路地があったのでした。

家元はちまちま剪定された植木が苦手なようです。見ていると息が詰まるといいます。出会いの瞬間の記憶がこのような物語を書かせたのでしょうか。

そういえば、今年は小泉淳作の「山法師」の版画を飾るのを忘れていました。山吹も終わり、ビョウヤナギの黄色い花が咲き乱れ、色づき始めた紫陽花が目立つようになりました。

2018年5月28日 (月)

『上村松園の世界』(2010)

上村淳之監修『上村松園の世界』日本経済新聞、2010年、上村松園展 記念公式DVD62分

DVDは上村松園の生い立ちから始まります。上村松園は下京区四条通御幸町の葉茶屋に生まれました。

四条通りも昔の舗道の形が写っています。

BGMシリーズとして見ていますので、葉茶屋は一保堂をイメージとして撮影していることに注意が向いてしまいます。茶壺の並んだ景色は一保堂以外では見たことがありません。柳桜園は、抹茶を頼むと、その場で茶壺から缶に詰めてもらった記憶があります。11月頃のことでした。

鴨川の川床もどこか懐かしい風情です。

何か映画の監督が作品を語る口調になっていますね(笑)

馴染みの舞妓さんとご飯だべに行く前に国立近代美術館へ「上村松園展」を観に行った時、彼女は「鴛鴦髷」をじっと見ていました。

あとでその時のお礼を言われました。お化けの時の髪型の参考にしたそうです。「序の舞」を見て思い出しました。

DVDは上村松園の言葉で終わります。

その絵を見ていると
邪念の起こらない
またよこしまな心を
持っている人でも
その絵に感化されて
邪念が清められる……
といった絵こそ
私の願うところのものである




2018年5月27日 (日)

The Trio Live in Japan in 2009

段ボール箱は魔法の箱のようです。いずれ種は尽きるとしてもここ暫くは楽しめそうです。

The Trio Live in Japan in 2009
山口武、Ron Carter、Lewis Nashが出てきました。封を切って聴くと、寺や蔵でのライブでした。このDVDは銀座サンボアでライブがあった時に買い求めたものです。CDの方はサインをもらった記憶があるのですがどこに行ったのか。

青海にある仙桃山宗健寺でのライブ
2009/11/16
I’m On Your Side
Summertime
Blue Moon
No Exit

川越 大蔵の茶陶苑でのライブ
2009/11/14
Mr. Bow Tie
24-7
En Aranjuez Con Tu Amor
Jingles



2018年5月26日 (土)

『坂東玉三郎舞踊集2 鷺娘』(2003)

『坂東玉三郎舞踊集2 鷺娘』松竹、2003年、DVD82分

ここに収められた25年前の舞踊のカプセルを取り出したことになります。

1.地唄 鐘ヶ岬 1993年6月
娘道成寺ですね。鐘を振り返り観るシーンが印象的です。正月の番組でも玉三郎さんが解説していたのを思い出します。

2.地唄 黒髪 1993年1月
傾城の衣装で舞う黒髪です、
今なら4K、8kなのでしょうが、当時のビデオはやっとハイビジョンです。

3.萩江 稲舟 1993年6月
抱きしめたくなるほど色っぽい!

4.常磐津 山姥 1993年6月
金屏風を背景に華麗な舞です。

5.長唄 鷺娘 1993年10月
早替りがなんとも素敵です。
三味線と鼓の音に、正月の舞踊公演を思い出して、重ね合わせていました。

全然古臭く感じません。私は長唄が好きだったのかしら? これは、Butoh?

三味線と鼓を楽しんだこのBGMシリーズは、さてどこへ行くのでしょうか。段ボール箱だけが知っているようです。

注)英語の解説は音声ガイドのようだ。これを聞くとよく分かります。





2018年5月25日 (金)

瑠璃光院

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の磯崎憲一郎氏の1回目は「瑠璃光院」でした。青もみじをJR東海が宣伝しています。私も何度か訪れましたが、秋でした。5月12日の御陰祭が近くの御陰神社で行われた際、瑠璃光院の前を通ったことがありました。当時は青もみじの時期の公開はしてませんでした。

プラス1は「八瀬天満宮社」でした。菅原道真が比叡山に登る際、休んだ「菅公腰掛け石」のことを書いてありました。磯崎憲一郎氏が行ったというか確証はありません。

注)八瀬天満宮社と言えば、秋元神社の例祭「赦免地踊り」に触れないわけにはいきません。比叡山との境界論争で時の老中秋元但馬守喬知の裁定に感謝した八瀬村が毎年10月10日に「赦免地踊り」を奉納しています。

2015.10.11 八瀬赦免地踊りを見る

2018年5月24日 (木)

『能「邯鄲」傘之出』(2010)

『能「邯鄲」傘之出』満次郎の会、2010年

能そのもの記録ではない。これを買うときに注意されたことを思い出した。

しかし、佐藤晶子氏のスチール写真を上田益氏の音楽に載せてみるBGMとして見るとはなしに聴いてみた。最初に邯鄲男の面が映し出される。そして、辰巳満次郎氏の「邯鄲 傘之出」が蝋燭能の舞台として浮かびあがってくる。

テロップに「盤渉楽」が出る。以前なら気にも止めなかっただろうが、BGMシリーズを経た私にはニヤリとするのだった。

橋掛りから、影向の松のある本舞台を撮したのを見るとぞくっとする。ずっと止めて見入っていたい気がする。見るとはそういうものだ。そもそも春日大社の参道の一之鳥居を潜ってすぐ右手にあるのが影向の松であった。若宮おん祭ではこの影向の松の前で松の下式を行ってお旅所へ渡るのである。そんな景色が幻視される。

写真はいつのまにか舞台を飛び出して外の世界に出ていた、盧生の衣装を着た、能面を付けた辰巳満次郎氏を自然や人工物を背景に撮したものとなり、邯鄲男の面に戻って終わる。

付録が能M-2予告編「海人」と
第1回「満次郎の会」メモリーだった。

注)舞台は水道橋の宝生能楽堂である。
MOA美術館のエスカレーターや竹林を使っての撮影もある。香里能楽堂は芦屋にあるが残念ながらまだ伺ったことがない。

注)春日大社の影向の松は1995年に枯れてしまい、切株が往時を偲ばせるだけである。

注)辰巳満次郎氏のブログではアートディレクションの金子二三夫氏を入れて、能、写真、音楽、アートの習合とある。



2018年5月23日 (水)

『雅楽「越天楽」三調』(2006)

『雅楽「越天楽」三調』コロンビアミュージックエンタテインメント、2006年、CD44分13秒、英文解説付き

宮内庁式部職楽部の演奏である。

米田淳氏の解説を読んでいくと、「越天楽は、平安中期に唐から伝わった俗楽といわれているが、また日本で作られたという説もある」と紹介されていた。そんなこともすっかり忘れていた。「この越天楽には律の三調である平調(ひょうぢょう)、盤渉調(ばんしきちょう)、黄鐘調(おうしきちょう)の3楽曲がある。これは平調を基として五度上の盤渉、五度下の黄鐘に渡された(移調)したものである。渡物(わたしもの)ができたのは、中国の陰陽五行説の影響を受け、春は双調(そうじょう)、夏は黄鐘調、秋は平調の、冬は盤渉調と、時の調子というものがあったためであるといわれている」。

平調音取(ねとり)
平調越天楽残楽三辺(のこりがくさんべん)
盤渉調音取
盤渉調越天楽
黄鐘調音取
黄鐘調越天楽

移調といっても、篳篥と横笛は旋律が変わるだけなのは、楽器の性質を考えれば分かる。笙や琵琶は移調に近く、琴は五音しか用いないが調弦によって同じ楽譜で移調できると書いてあった。

さて、聴き分けできるのであろうか。すでにBGMではなくなっている(笑)。




2018年5月22日 (火)

『つづれおり』(2004)

Carole King 『つづれおり Tapestry』ソニーミュージックエンターテイメント、2004年

Carole King 『The Carngie Hall Concert June 18, 1971』ソニーミュージックエンターテイメント、1997年

Carole KingのTapestryは好きなアルバムで、レコード(1971年)を持っていたけど、なぜかあげてしまった。今回CDが箱から出てきたので聴いてみた。なんか物足りない。そこでCDラックにあったThe Carngie Hall Concert版(1971年の音源)を聴く。James Taylorがサプライズゲストで出てきてYou've Got A Friendを合唱したのが聴けて満足!

スタジオ録音よりもホールのほうが音質は悪いのにご機嫌なのは何故だろう。ライブというのはやはり生き生きしているからなのだと思う。でも、ほとんどの曲は共通だけれどそもそもTapestryが入っていないので、やはりこのCDも残しておきたい。

2018年5月21日 (月)

『天は赤い河のほとり』を観る

宝塚宙組東京公演 『天(そら)は赤い河のほとり』『シトラスの風-Sunrise-~Special Version for 20th Anniversary~』東京宝塚劇場 2018年5月11日(金)〜6月17日(日)

寒気が入って涼しい午後に宝塚へ行く。今日は宙組の東京公演がある。原作は篠原千絵氏の漫画「天は赤い河のほとり」で、古代ヒッタイトが舞台になってる。そこへ異界を通じて呼びよせらせた日本人の少女が活躍する物語です。漫画だからね。といっても漫画はハーレム状態だけど、宝塚なのでそのモテモテぶりは少し薄まっています。

リビューは『シトラスの風』。岡田敬二氏の演出はちょっと古いなあ。

終わって、馴染みのイタリアンで食事をしていたら、4周年になるとかで、来月の予約を入れて別れた。その前に、ワイン会やお茶会もあるし、何かと楽しい東都ライフなのでした。






2018年5月20日 (日)

『曼荼羅の世界』(2009)

頼富本宏『曼荼羅の世界』方丈堂出版、2009年、DVD3枚

頼富本宏氏が種智院大学学長・実相寺住職を務められていた時の講義である。頼富本宏氏(2015年没)がゆっくりした口調で絵解きをするように話された曼荼羅の入門講座である。

第一巻胎蔵界曼荼羅の世界
第二巻金剛界曼荼羅の世界
第三巻別尊曼荼羅の世界

収録内容の1枚の紙とビデオの内容は必ずしも一致していない。ビデオと講義資料の違いがあるせいかもしれない。

NHKこころの時代のテキスト、正木晃氏の『マンダラと生きる』(NHK出版、2018年)を読んだ後だったので少し物足りなかった。

このDVDはwikiに載っていない。こうしたメディアの扱いは難しいのだろう。Amazonにも載ってない。



2018年5月19日 (土)

茶華

週刊新潮の「とっておき私の奈良」評論家の宮崎哲弥氏の4回目は「茶華」でした。元は旅舎「日吉館」という旅館がありました。登大路に古い建物が並んでいた記憶があります。跡地にできた茶華(ちゃか)で茶箱を背に本を持って座る宮崎哲弥氏がカッコいい。この日本茶カフェは、隣の下下味亭 吉茶ともども寄ったことがありません。奈良国立博物館に用があっても道路の北側には渡る用はなかったのでした。氷室神社前のバス亭で降りたとき、こんどは、少し戻ることも選択肢に入れておきます。

プラス1は「下下味亭 吉茶(かがみてい きっさ)」でした。昔のかやく飯の下下味亭は経営が変わり改装した建物の2階が喫茶店になっていて、宮崎哲弥氏が外を眺めています。プラス1も、ちゃんと行っているという証拠ですね。まあ、隣ということもあるし。

2018年5月18日 (金)

RIP Hideki Saijo

西城秀樹氏が2018年5月16日に亡くなられた。63歳でした。

傷だらけのローラやYOUNG MANなどが印象に残っています。脳梗塞でリハビリ中とは聞いていましたが残念です。

ご冥福をお祈りしたします。

2018年5月17日 (木)

『日本伝統音楽 「能・琵琶・尺八 1941年」』(2009)

『日本伝統音楽「能・琵琶・尺八 1941年」』アオラ・コーポレーション、2009年、CD76分42秒

「高砂」素謡から始まる。1941年から1942年に国際文化振興会(現 国際交流基金)が海外に日本の音楽を紹介するために作った非売品の10インチSPレコードから起こしたCDのため、デジタルリマスタリングしていないので音質が良くないが、古くささというものを感じない。

能とはなにげに伝統芸術とか言っているが、75年以上も前に録音したものが、現在のものと変わらない。映像であったら、流行を見出して古くささを感じたかもしれない。人間が発する声が数百年をかけて繋いできた不易なものを感じる。

謡のCDも売るほどあるので、BGMシリーズに加えても良いかもしれない。

琵琶と尺八には古くささを感じるものもあったのは何故だろう? 単なる私の偏見なのだろうか?



2018年5月16日 (水)

『日本の伝統音楽「雅楽・声明 1941年」』(2008)

日本伝統音楽「雅楽・声明 1941年」』アオラ・コーポレーション、2008年、CD72分7秒

芝祐靖氏のモダンな雅楽を、聴いた後に、75年も前の演奏を聴いて思ったのは、雅楽のモダン性という言葉を使ったが、モダンとは何かということだった。アレンジであれば流行である。そういうモダンとはいつでもあったことである。しかし。200年前の音源はないし、耳で聴き分けるわけにはいかない。

越天楽は少し調子が変わっていると思ったが、解説の寺内直子氏によると「左方・唐楽、平調の管弦曲。もっとも頻繁に演奏される曲。三つのフレーズからなり、それぞれをa.b.c.とすると、一般的な演奏方法は、aabbcc aabbであるが、この演奏ではaabbのみの、短いが正規の演奏法によっている」とある。ただし、バリエーションがあるとすば、「龍笛のソロに鞨鼓が加わり、所定の位置から、笙、篳篥、太鼓、鉦鼓の合奏となる。琵琶と琴は少し遅れて加わる」ことからきているのだろう。

さて、声明である。Buddist Chantと訳されていた。
四智讃(しちさん)
錫杖
教化(きょうけ)
対揚(たいよう)
云可唄(うんがばい)
合刹(かっさつ)
論義
六道講式
和讃(釈迦如来御和讃)
御詠歌(霊場那智山)西国第一番

論義も声明だったし、最後に御詠歌となってこのBGMも振り出しに戻った感がある。



2018年5月15日 (火)

『祝賀の雅楽』(2001)

怜楽舎『祝賀の雅楽 萬歳楽/越天楽』日本コロンビア、2001年、CD68分58秒

ここでは、芝祐靖氏の経験した祝いの雅楽の演奏会が回想される。昭和27年(1952年)12月10日、日比谷公会堂て行われた「宮廷雅楽大演奏会」の横笛がデビューだったとある。皇太子殿下(今上天皇)の立太子礼奉祝の催しが戦後初めての「祝い」の雅楽だという。

宮中の奉祝音楽は雅楽と西洋音楽を取り混ぜていると書いている。雅楽だけではないとのことである。




2018年5月14日 (月)

2018年05月書籍往来

2018年05月書籍往来
G.M.ワインバーグ、木村泉訳『システムづくりの人間学』共立出版、1986年、1990年第10刷

ひところワインバーグの本をよく読んだ。システムに関わる仕事をしているとぶつかる名前である。今はどうだか知らない。事務所に何冊かあったので、これを研究所に持ってきて読んでいる。システムは人がまだ作っているので、人間的な側面の観察が必要になる。

例えば、観察について、そのシステムを「理解するために検討し、批判のために検討するな」というフレーズが出てくるとワインバーグ物らしくなる。僕らはこれを標語にためて摩擦を減らそうとした。仕事のルールは共有されて良い。

インタビュー技術では、「すべての技術的質問を、答えが自己確認的であるように組み立てよ」といのがでてきた。何を言ってるか分かりにくいが、要は、答え=情報+確認情報+雑音、という式からも分かるように、単に数字だけだったり、イエス・ノーという回答では程度や前提条件などの確認情報がないため判断を誤るケースが出てくる。答えには雑音も含まれるが判断するに足るだけの根拠を得なければならない。自己確認的という表現は分かりにくいので、「質問は情報の根拠を含めて確認せよ」という標語にする。

知見は意識して使わなければ身につかないが、まず、プロジェクトをまわすには予め知っておかなければならないこともある。そんなことを思い出させてくれる本だった。

2018年5月13日 (日)

東都手帖2018年06月【編集中】

2018年6月東都散歩のための私的な愉しみと記憶

6月は梅雨を楽しむことにしたい。雨を厭うていたら何処へも行けない。


旧朝香宮邸物語 東京都庭園美術館 2018年3月21日(水)〜6月12日(火)鹿島茂コレクション フランス絵本の世界も同時に公開している。これは館林でやった内容であるが、ここで観ておきたい。

林芙美子 貧乏コンチクショウーあなたのための人生処方箋ー 世田谷文学館 2018年4月28日(土)〜7月1日(日)

宝塚宙組東京公演 『天(そら)は赤い河のほとり』『シトラスの風-Sunrise-~Special Version for 20th Anniversary~』東京宝塚劇場 2018年5月11日(金)〜6月17日(日)

宝塚月組公演 『雨に唄えば』TBS赤坂ACTシアター 2018年6月16日(土)〜7月4日(水)

宝塚星組東京公演 『ANOTHER WORLD、Killer Rouge』東京宝塚劇場 2018年6月22日(金)〜7月22日(日)


2018/05/20 宝塚宙組東京公演を追加
2018/05/24 宝塚月組公演を追加

2018年5月12日 (土)

四都手帖2018年06月【編集中】

2018年6月の私的な愉しみと記憶

また、梅雨の季節がやってくる。6月といえば水無月が食べたくなる。茶席ででた和菓子がどこのものかは詮索好きにはたまらないテーマである。
西山の善峯寺へ行く途中に在原業平所縁の十輪寺がある。夏安居の時期に三弦を聴きに行ったことがあった。

【古都】
京都薪能 平安神宮 2018年6月1日(金)〜2日(土)

紫陽花まつり 藤森神社 2018年6月上旬〜7月上旬

半夏生の庭園特別公開 両足院 2018年6月2日(土)〜7月8日(日)

沙羅の花を愛でる会 東林院 2018年6月15日(金)〜30日(土)

〜都の賑わい〜 京都五花街合同伝統芸能公演 ロームシアター 2018年6月16日(土)〜17日(日)

声明と三弦を聞く会 十輪寺 2018年6月17日(日)

【湖都】
猿楽と面 MIHO MUSEUM "2018年3月10日(土)〜6月3日(日)

近江八幡の水郷めぐりや竹生島へのクルーズ

【旧都】
国宝春日大社のすべて 奈良国立博物館 2018年4月14日(土)〜6月10日(日)

【水都】
鈴木春信 あべのハルカス美術館 2018年4月24(火)〜6月24日(日)

2018/06/03 近江八幡の水郷めぐりを思い出したので、追加した。

2018年5月11日 (金)

『平田篤胤の世界』(2009)

子安宣邦『平田篤胤の世界』ぺりかん社、2001年、2009年新装版

本書は子安宣邦先生が『日本の名著24 平田篤胤』(1972年)の解説で「平田篤胤の世界』を書いたのが元になっている。平田篤胤を書くことで本居宣長を読み直して書いたのが第Ⅰ部「本居宣長の世界」である。第Ⅱ部に「平田篤胤の世界」を置き、第Ⅲ部「篤胤国学の展開」で本書を構成している。もっとも、構成となると編集の藤田啓介氏が子安先生の篤胤論を集める方針であったことはあとがきや収録(初出)一覧を見ても分かる。

子安先生の最初の書籍である『宣長と篤胤の世界』から篤胤だけを採ることをしなかったところに平田篤胤を論じる時に本居宣長を外せない理由がある。この辺りはゆっくり読み解いていこうと思う。

最後に「仙境異聞」の解説が載っていた。これは最近Twitterで話題になり『仙境異聞・勝五郎再生記聞』(岩波文庫、2000年)が極めて短期間のうちに増刷を繰り返した話を知ったときに読み返した。200年前のルポルタージュだと思うと本を手にした人々がどこまで読めるのか心配になる。岩波文庫の帯が煽っているなあ。

注)レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』(1977年)に挟まれていた中公叢書の宣伝に『宣長と篤胤の世界』も入っていた。「言葉によって人間の事象に直面する本居宣長と、霊魂の行方を追求して幽冥界を降る平田篤胤ー対照的な思想が交錯する近世国学の展開を精緻に論じた気鋭の力作」。うまくまとめたと感心する。

2018年5月10日 (木)

大安寺

週刊新潮の「とっておき私の奈良」評論家の宮崎哲弥氏の3回目は「大安寺」でした。大安寺は南都七大寺の一つでしたが、現在の敷地は往時の25分の1だそうです。癌封じの笹酒で有名ですが、わたしは秘仏馬頭観音菩薩立像特別開扉で訪れたことがあります。

プラス1は「八幡神社」でした。大安寺の鎮守として宇佐八幡を勧請したものです。

2018年5月 9日 (水)

『パリの居酒屋(びすとろ)』(1971)

辻静雄『バリの居酒屋(びすとろ)』柴田書院、1971年

辻静雄がパリのレストランガイドに載っているメニューを取りあげて、日本人が知っているフランス料理は氷山の一角のような気がしてくると書いています。

そして、ビストロについて、辞書的な定義をあげたあとで、言葉の起源に諸説あるとしながらも、「パリの安くておいしい店、いわゆる一ぜん飯屋というか大衆食堂、それも日本式の大きい店じゃなくて、みんな三十人もはいったらいっぱいになっちゃうという店が多いのですけれども、そういう店のことを、フランスではビストロと呼びます」(P20)と書いています。

う〜ん。だいぶイメージが異なる感じがします。レストランとの対比でビストロを理解するのは違うといっているようです。

31あるビストロ案内を見ても予約が必要な店が出てきます。日本の居酒屋ではありませんね。

最後に、口述筆記は少し悲しいトーンになります。

「もっとも、こうしたビストロも年とともに生れては消え、ただ私たちの記憶のうちにしか存在しない。そこで楽しまれた料理も思い出の中にしか残らない。時おり、なつかしく、回願する人の気持ちの中にしか浮かびあがってこない。すべては忘れ去られてしまう。むなしいものです」(P206)。

注)ここで私たちとは、パリのビストロを懐かしむ装丁の佐野繁次郎画伯やレンガ屋の稲川恵子氏。

それにしても、装丁がなんともパリの雰囲気が出ていて楽しい。太田和彦氏の『居酒屋百名山』(2010年)の連載に先斗町のますだが出ていたのを思い出した。居酒屋(びすとろ)「ますだの記憶」を読み返して、過ぎ去った京都の日々を懐かしんでいます。




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