2018年10月19日 (金)

『京ことばで綴る 源氏物語 紫の系譜 桐壺/若紫』(2003)

現代京ことば訳 中井和子、朗読 北山たか子『京ことばで綴る 源氏物語 紫の系譜 桐壺/若紫』King Record、2003年
桐壺 32分34秒
若紫 32分55秒

源氏物語千年紀で企画されたCD10巻の入ったBoxを手にしたのは京都だった。こんな重い代物を持ち帰ったのに、このCDを聴くこともなく歳月を過ごしてきた(いつものことであるが)。

BGMシリーズで沖縄民謡を聴こうと思ったが、ここに来て、急に冷え込んできた。そうなると、秋の夜を過ごすのに、朗読も良いかなと思って、段ボール箱の中から取り出して封を切ったのだった。

KBS京都が開局50周年記念で、2000年4月3日から2001年までの1年8ヶ月にわたり、中井和子訳『現代京ことば訳 源氏物語』をベースに朗読番組として月〜木曜日の夕方10分間放送した『京ことばで綴る 源氏物語』(361回)をもとにCD化したものであることが分かった。

CD化したタイトルを見ると、全部でなくて抜粋したものであった。この辺りは完全版でなくて残念ではあるが、361回×10分もお付き合いするのは大変なので、10巻×60分という6分の1の時間であれば、BGMとして聞き流してみようという気になる。

桐壺の巻が「どの天子さんの御代のことでございましたやろか」と始まると、何となう京都で過ごしている気分がする。

王朝の姫君となった気分でCDを聴くという設定である。ジェンダー的には難しいが、その分、気軽に聴けそうである。




2018年10月18日 (木)

『情報生産者になる』(2018)

上野千鶴子『情報生産者になる』ちくま新書、2018年

通勤電車の中で読んでいますが、382頁と厚い新書です。どうも、「情報」や「生産」とか「技術」とかいう言葉の組み合わせに弱いので手にしました。梅棹忠夫の『知的生産の技術』(1969)や渡部昇一の『知的生活の方法』(1976年)も知的消費ではなくて知的生産を扱っています。

上野千鶴子氏の『知的生産者になる』は社会科学の論文を書くという研究極道の勧めの本です。清水幾多郎の『論文の書き方』(1959年)は古すぎて言及がありません。川喜田二郎の『発想法』(1967年)で有名になったKJ法について言及していて、「うえの式質的分析法」が紹介されています。「ケース分析とコード分析とを併用して、データを事例の文脈においてと比較の文脈においての両方で分析するという方法です」(P241-215)。上野千鶴子氏は川喜田二郎が発案したKJ法を使い倒して上野流に改訂しているでした。詳しくは『生存学研究センター報告』27号に掲載されています。

本文を読まなくても、目次を読めば社会科学の論文の書き方について解説した実用書だということが分かります。使われているエピソードが上野千鶴子氏の指導した学生の論文であるのが面白いところです。

Research Questionの立て方から始まり読者に届けるまで「情報生産者」の後押しをしてくれる本です。私にとっては社会科学の入門書となりました。

注)
上野千鶴子 監修 一宮茂子・茶園敏美 編 『語りの分析〈すぐに使える〉うえの式質的分析法の実践』(『生存学研究センター報告』27号)立命館大学生存学研究センター、2017年03月03日)

注)
川喜田二郎の『発想法』『続・発想法』はデザイン思考の観点から読み直す必要があると思います。情報加工(KJ法)ばかりが強調されますが、本のタイトルを素直に見れば情報の質的分析法としてだけ見ることが狭い受け取り方であることが分かると思います。

2018年10月17日 (水)

『ロベルトは今夜』(1962)

ピエール・クロソウスキー、遠藤周作・若林真訳『ロベルトは今夜』河出書房新社、1962年第5刷

2016年11月3日にLe Petit Parisienで『ロベルトは、今夜』の映画を観て、クロソウスキーを巡る山口椿氏、大森晋輔氏、石川順一氏の知的格闘劇を愉しんだことがあった。書肆右左見堂で見つけて読むことにしたのだが、以前、原書と山口椿氏の訳を読んでいたので、どこまで原書に忠実な訳か確かめたくなった。発売当初からスキャンダラスな話題で刷を重ねていた。松岡正剛氏の千夜千冊と同じ本なので嬉しいが、松岡正剛氏は『歓待の掟』(河出書房新社、1987年)が「プロンプター」を加えた3部作なので本命だという。ならば、なぜ千夜千冊にしないのかは不明だが、やはり『ロベルトは今夜』というタイトルの本であることが必要なのである。2006年に『ロベルトは今夜』が河出文庫になり手に入りやすくなっている。読み比べた感じは山口椿氏の訳が一番淫に感じた。

2018年10月16日 (火)

『山家集』(1982)

後藤重郎校注『山家集』新潮日本古典集成、1982年、2011年第10刷

久しぶりに『山家集』を手に取る。カルチャーラジオの古典購読で上智大学の西澤美仁教授の「西行をよむ」を何回か聞いているうちに西行が読みたくなった。たまたま開けた段ボール箱に入っていたので、嬉しくなって読み始めた。岩波文庫を買おうかと思っていたところだった。

愛読書が自分を救う(前田英樹『愛読の方法』ちくま新書、2018年)を読んで、古典の読み方を改めて教えてもらった。先日、ふたば書房京都駅八条口店で買って読んで、自分にとって何度も読める本は詰将棋か歌集しかないと思った。エセーは今の私には疲れる。10分も読むと眠くなる。仕事の本は昼間に読んでいるので、夜、勤め先から帰って来て食事をとった後、ソファに座って精神を安らいでくれるものは、BGMか読書しかない。

西行はさまざまな人が引用するのを読んできたし、新古今和歌集で代表する歌は見てきた。松尾芭蕉が慕う西行について通しで読んでみたくなって本を買ったのだが、あれもこれもと手を出しているうちに、興味が移り、片付けられていた。箱付きの本からパラフィンを傷めないようにそっと出して後藤重郎氏の解説を読むと、西行(円位)の生涯にそって読むことは難しいことが分かった。

「和歌に関しては作歌年次不明のものも多く、従って、その歌風変遷の跡をたどることは難しく、全体として他の同時代歌人の差如何を問題とせざるを得ない」(P453)。

もともと、歌人の作歌年代が分かることのほうが稀なので、そこまで突き詰める必要はないので、自分がどう感じるかを判断して読むことにする。歌はもう西行の手を離れているのだから、受け止めるのは自分しかいない。誰も自分の代わりに受け止めてくれるわけではない。愛読とはそういう孤独な営みである。

『山家集』は春から始まる。春は立春から始まるのは古今集に始まる部立である。従って、すでに配列は作歌年次を離れている。

「近年、『山家集の成立に関してはさまざまな考察がなされており、何次かにわたる増補をへて、今日の姿にまで成長したと考えられている」(P455)。

そうしたわけで、ここに書き出す歌もなく、うぐひすの鳴き声の歌となった。立春の歌の工夫は、古今和歌集の時代ならともかく、新古今和歌集の時代では題詠としても面白味を感じない。

2018年10月15日 (月)

歌の時間2

小学校を過ぎるとき当然歓声が沸き起こった。運動会が開かれているのを観ると昔の記憶が思い出され、鳥肌が立つ気がした。

秋空に歓声上がる運動場
バトン握れば鳥肌ぞ立つ



2018年10月14日 (日)

歌の時間

永田和宏氏の「歌を読み込む力〜時間と歌〜」文化講演会2018年9月23日放送分を聴き逃しで聴いて、

朝起きて 死ぬ時間問う 歌人あり
心の底に 響く重さで



2018年10月13日 (土)

丹生都比売神社

週刊新潮の古都を旅する特別編「とっておき私の高野山」日本画家の千住博氏の4回目は「丹生都比売神社」でした。高野山の守護神で世界遺産です。

天野盆地は一度行きましたが、別天地というに相応しい土地です。

プラス1は「山荘 天の里」でした。天野にリゾートホテルができているのですね。

参考
『丹生都比売神社史』2009

2018年10月12日 (金)

『MESSIAH』を観る

『MESSIAH(メサイア) −異聞・天草四郎−』

花組東京公演を生徒席から観ました。上手の席から、まいこつさんが出世して、銀橋で台詞も、節のある歌もソロしたのも見れました。春は執事のセリフしかなかったのに何という幸せだ。

休憩は天草四郎だから、白ワインにするという人がいましたが、ちょっとうけませんでした。仕方がないので赤ワインにしました。

ショーは『BEAUTIFUL GARDEN −百花繚乱−』 で、懐メロもあり、楽しい時間が過ごせました。

2018年10月11日 (木)

『デカルト『方法序説』を読む』(2014)その3

谷川多佳子『デカルト『方法序説』を読む』岩波現代文庫、2014年、2017年第2刷

第3章では、デカルトの『方法序説』で書かれていない1部と2部の間のことが語られる。デカルトは学校を出て書物の学問を捨てて旅に出る。そして「わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物のうちに」(P66)学問を求めた。

まず、オランダのナッサウ伯マウリッツの新教軍に入りる。デカルト自身はフランス生まれでラ・フレーシュ学院(カトリックのイエズス会)を出たのでカトリックなわけで、理由が分からない。2部ではドイツでカトリック軍に入り、炉部屋の省察につながるわけだが、なぜ軍事組織なのかは推測の域を出ない。

オランダではブレダの街頭に貼られた数学の検証問題を解いたりした。このあたりは『天地明察』(冲方丁、2011年)でも、渋川春海が和算の問題を見に神社へ行くシーンがあって、「算額」の問題を関孝和が一瞥即解したことを思い出す。数学の問題の解答競争が江戸社会にもあったことで近代に向かう時代性を感じる。

第4章では、第2部の炉部屋の思索と学問の方法と第3部モラルの問題が語られる。

第5章では、4部から6部が語られる。神の存在証明の胡散臭やデカルトの時代の自然学には関心が向かない。やはり興味があるのはデカルトの『世界論』の刊行中止の話になる。『方法序説』(1637年)の書かれた時代はドイツ三十年戦争(1618年-48年)という宗教戦争の時代であり、ガリレオ裁判(1633年)にみる異端審問の怖さなど、デカルトを煩わせた宗教問題が詳しく語られる。なるほど、デカルトと言えども歯切れが悪くなるわけだ。学問とは違い、人生は慎重にだったデカルトがそこにいる。

第6章は谷川多佳子氏による『方法序説』と現代哲学が語られて終わる。

このあと、わたしの興味は何処へいくのだろうか。不得意な4択問題になった。

①森有正『デカルトとパスカル』筑摩書房、1971年

②ロディス=レヴィス、飯塚勝久訳『デカルト伝』未來社、1998年

③C. ヴェロニカ・ウェッジウッド、瀬原義生訳『ドイツ三十年戦争』刀水書房、2003年

④それ以外

注)①は7円。②は575円③は15,324円と中古価格が買った価格より高くなっている(2018年10月11日Amazon調べ)。

注)④ デカルトが読んだというモンテーニュの『エセー』など、60歳を過ぎたらモラリストを読めという谷沢永一の勧めに従うのが分別というものだろうか。

2018年10月10日 (水)

「シガモノ」

忍者といものはその正体がよく分からないが、今でも人気がある。私の世代は「伊賀者」や「甲賀者」といった遣い方を知っている。しかし、甲賀が滋賀県で伊賀が三重県に分かれていることまで知っている人は少ない。

東京日本橋にある滋賀県の物産館である「ここ滋賀」で酒を買ってみた。手提げ袋にSHIGA’s BARとあり、ニヤリとした。SHIGA’s BARはそら耳的にはjigger barと聴こえてもおかしくない。このアンテナショップを覗いてみたら喜楽長辛口純米吟醸があった。山田錦を使った酒のアルコール分は17度以上18度未満で、日本酒度は+14.0だ。生産年月は平成30年10月とある。喜楽長は東近江市の喜多酒造のブランドである。

喜楽長を知ったのは、長浜へ盆梅展を観に行った時に、酒屋で試飲した時からである。その後、祇園の割烹でも飲む機会があり、松の司とともに好きな酒となった。先日、馴染みの割烹で飲んだばかりであった。

滋賀の人にはまだ書くような触れ合いはないが、滋賀の物については、まず酒から付き合いが始まった。そんな滋賀について「四都手帖」のなかの「湖国」の都「湖都」として好きな場所であり、何度かこのブログにも登場した。相方の勤め先になったこともあり、この先縁が深まりそうなので、「シガモノ」というカテゴリを作ることにした。「忍びの者」に通じる謎めいたカテゴリ名で何が扱われるかはお楽しみである。




2018年10月 9日 (火)

温習會2018を観る

温習會は千秋楽であったが、台風の影響かインタネット販売のせいか、少し空き席もあった。まあ、祇園甲部歌舞練場の時も、贔屓の演目をみたら、さっと引き揚げて宴席へ向かう人達も見かけたので、実際のところは分からないが、引けは速い。

演目
長唄 春遊び (美月さん)
清元 猩々
上方唄 御代の始
一中節 新京の四季
常磐津 五色晒 (茉利佳さん)





温習會で京都の四季を味わったら、夜が来ていた。車窓から街灯の暗い京都の佇まいを見ながら祇園へ向かう。明るい街に着くと少しほっとする祇園である。馴染みの割烹で土瓶蒸しをいただくと、秋になったと感じる。喜楽長を飲みながら、相方と滋賀の話をしていた。

後はお決まりのお茶屋へ行くのであった。

2018年10月 8日 (月)

ドラマチックな古都の秋

この秋は台風21号の被害が出て京都や滋賀の観光にも影響が出ていた。台風24号の後の古都が心配だったが、台風25号が接近するなかで京都に行くことになった。

京都に着くと台風のせいか何やら蒸している。ふたば書房京都駅八条口店で本を買って蹴上へ向かう。髙木屋で珈琲を飲みながら、粟田神社の粟田祭の日程を親父さんに聞きながら、雨が小降りになるの待った。

レストランひらまつ高台寺
ふたば書房ゼスト店で本を買って、相方と待ち合わせ、車で高台寺へ向かう。高台寺南門通に入ると正面右手に山荘京大和のあったあたりにクレーンが見えた。ここはパークハィアット京都を新築中だった。もちろん料亭の方も立て直し中である。

その南側にあるレストランひらまつ高台寺へ初めて訪れる。レストランひらまつ高台寺は平松博利(通称 平松宏之)氏が創り上げた高級レストランブランドの京都店である。料亭「高台寺 土井」の跡を改修した4階建のビルを目指した。

レストランひらまつ高台寺は霊山歴史館の南側の高台に位置しているので、西山を背景に法観寺の五重塔が正面に見える。絶景である。台風21号で五重塔の法輪が歪んでいるのがよく分かった。この4階からの眺めは素晴らしい。西山は全体が見えているが、最近遭難者を出した愛宕山の上部は雲に覆われて見えない。南西手前、法観寺の南方の旧清水小学校の跡地にNTT都市開発が建築中のホテルのクレーンが見えた。店の人の説明ではプリンスホテルだといっていた。北隣のパークハィアットの工事もそうだが、近隣住民対策が大変そうだ。観光地はなおさらである。町家の瓦屋根の並ぶ景色を見ながらそう思った。




料亭十牛庵を見学
軽めのランチを頂いて、相方と話す午後の時間はすぐに経ってしまう。ベランダ席へ出てデザートをとり、ハーブティを飲んでいると、西山が雲に包まれ、降り出した雨がテーブルクロスまでふきつけだした。そろそろ退散かなと思っていたら、相方が見学の話をつけていた。エレベータで3階へ降りるとそこはブライダルルームである。隣に繋がるドアを開ける。靴を脱いで長い廊下を歩くと、そこは数寄屋造の料亭十牛庵で、東側の部屋に入り障子を開けると植治の庭が雨に濡れて目の前に広がっていた。舞台が付いた贅沢な部屋を見せてもらったり、階段を上がり、西に法観寺の五重塔が、振り返ると東に緑の庭が屋根越しに見える部屋などに案内してもらった。隠れ部屋のような三畳ほどの小部屋もあった。ちょうどよい腹ごなしになった。


2018年10月 7日 (日)

東都手帖2018年11月【編集中】

2018年11月東都散歩のための私的な愉しみと記憶

霜月の頃、黄葉の季節が到来した。
「死ぬのはいつも他人」という墓碑銘が印象的なマルセル・デュシャン。

大報恩寺というとピンと来ないが千本釈迦堂なら何度も見に行った。

そして、この秋、嵯峨本謡本百帖が見られる。昔、辻邦生の『嵯峨野明月記』(1971年)を読んで嵯峨本の魅力に取り憑かれた三人の男のモノローグを思い出した。一の声は本阿弥光悦、二の声は俵屋宗達、三の声は角倉素庵。小説家の想像力をして語らせる。これは武蔵美へ行かねばならぬ。

特別展「マルセル・デュシャンと日本美術」東京国立博物館、2018年10月2日(火)〜12月9日(日)

特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館、2018年10月2日(火)〜12月9日(日)

◯展覧会「和語表記による和様刊本の源流」武蔵野美術大学美術館・図書館 2018年11月1日(木)〜2018年12月18日(火)

2018年10月 6日 (土)

四都手帖2018年11月【編集中】

2018年11月の私的な愉しみと記憶

霜月の頃、紅葉が彩りを増し、北風が吹き始めるとなんだか人が懐かしく思い出される。カウンターで一人飲む酒が長くなるのは温かいものが欲しくなるからでもある。ライトアップされた古都の一段と冷え込んだ夜の街を靴音と一緒にいつまでも歩いているは、止まり木を求めているのだろうか。

花街は祇園東の祇園をどりで締めくくられ、お火焚があちこちで見られるようになる。紅葉の法然院で陶齋先生の個展をみるのが密やかな楽しみになっている。実際には師走に入って伺うのであるが、今年は顔見世興行が11月と12月の2ヶ月のロングランになっているので、面食らいます。

【古都】
祇園をどり 祇園会館 2018年11月1日(木)〜10日(土)

當る亥歳 吉例顔見世興行 京都四条南座 2018年11月1日(木)〜25日(日)、2018年12月1日(土)〜26日(水)

雨月陶齋展 法然院 2018年11月26日(月)〜12月2日(日)

【湖都】

滋賀県立近代美術館
2017年4月1日より改修・増築工事のため休館中。2019年3月31まで展示予定なし。

本尊大開張 櫟野寺 2018年10月6日(土)から12月9日(日)秘仏十一面観世音菩薩坐像を2016年9月に東京の国立博物館で観たとき、33年に一度の大開張の予告があったのを覚えている。ついにその時が来た。

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櫟野寺の大観音

【旧都】
秋は正倉院展できまり。

第70回正倉院展 奈良国立博物館 2018年10月27日(土)〜11月12日(月)

【水都】

特別展「高麗青磁ーヒスイのきらめき」東洋陶磁美術館 2018年9月1日(土)〜11月25日(日)

ルーブル美術館展 大阪市立美術館 2018年9月22日(土)〜2019年1月14日(月)

◯「第Ⅳ期 ほとけの世界にたゆたう」中之島香雪美術館 2018年10月6日(土)〜12月2日(日)朝日新聞の創業者の村山龍平(香雪)のコレクションは凄かった。

いっとかなあかん店、ありませんかね。

編集
2018/10/08 中之島香雪美術館の開館記念展を追加

2018年10月 5日 (金)

奥之院

週刊新潮の古都を旅する特別編「とっておき私の高野山」日本画家の千住博氏の3回目は「奥之院」でした。一の橋より先は撮影禁止です。弘法大師御廟は一度訪れましたが、階段を上がって一回りしましたが、雰囲気があるところです。大師信仰という私的な領域です。

奥之院では、崇源夫人五輪石塔が一番石と呼ばれ、大きくて有名です。徳川幕府二代将軍徳川秀家夫人の石碑を三男の忠長が建てたものです。四国霊場八十八ヶ所の奉納経帳と高野山で入手した御朱印帳に奥之院の分が残っているので、いつかまた訪れたいと思います。

プラス1は「苅萱堂」でした。説経節の五説経の一つ「苅萱(かるかや)」の苅萱道心と石童丸の物語の所縁の地となっています。

注)高野山ケーブルカーの更新工事に伴い、2018年11月26日(月)〜2019年2月下旬、バス代行輸送が実施される予定です。

2018年10月 4日 (木)

『デカルト『方法序説』を読む』(2014)その2

谷川多佳子『デカルト『方法序説』を読む』岩波現代文庫、2014年、2017年第2刷

谷川多佳子氏が森有正のパリの家でみた『本居宣長全集』の思い出が印象に残ったところまでは書いた。森有正が本居宣長をどう読んでいたのか気になった。エッセイに書いてあるというが全く記憶にない。今度、事務所に行ったら、少し埃を払ってみることにする。

熊野純彦氏の週刊読書人ウェブのインタビュー「無償の情熱を読み、書く  『本居宣長』(作品社)刊行を機に」(2018年9月7日)を読んでいたら、熊野純彦氏が『本居宣長全集』を読んで『本居宣長』(作品社、2018年)を書き下ろしたことが書いてあった。熊野純彦氏は『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年)を2018年1月に読んだことがあるくらいで、全体の仕事は知らない。本居宣長について子安宣邦氏の言説的読み方以外の読み方ができるのではないか言っていた。『古事記伝』44巻を序論の「直毘靈」1巻だけで論じるのはおかしいと言っている。もっともだと思う。西洋哲学をやる人は後年、日本の問題に帰ってくるので、国学者とは別の読み方をする筈だ。その点、子安宣邦氏同様に興味をそそられるが、枕元の本を読むことを優先するしかない。

【新ルール】
新たに本を買った場合、本の良し悪しの判断ができるまで、次の本を買って積読を増やしてはいけない。

【そのこころ】
これまで積読で本の評価をしていたが、読まずに評価できるのであれば、買わずに評価できるのではないかという命題に答えねばならなくなった。若者には従うしかない(^^)

2018年10月 3日 (水)

『デカルト 『方法序説』を読む』(2014)

谷川多佳子『デカルト『方法序説』を読む』岩波現代文庫、2014年、2017年第2刷

本書は、岩波市民セミナー(1999年10月)の4回の講演を基にした「岩波セミナーブックス」(2002年)を岩波現代文庫としたもの。森有正と小林秀雄に触れることを編集部から要請されていたという。

そこら辺をチラ読みして購入した。最近、森有正の本を事務所で見たので、少し懐かしくなった。大学の頃だから1970代の後半である。辻邦生を読んでいると森先生が出てくる。それでもって買って見たのだが、難しいのだ。「体験」と「経験」を遣い分けるところから始まる。その頃読んだ本は丸山眞男のように難解な本が多かった。今になると、丸山眞男など独りよがりの文章と突き放すことが可能だが、当時は、分からないのは自分が未熟だからと考えていた。

第2章 『方法序説』の読まれ方、魅力
まずは、ヴァレリーを取り上げている。これは、ヴァレリーの「デカルト」を読むに書いたが、デカルトの自意識、自我の魅力をヴァレリーは言っているので、デカルトの原理を認めているわけではない。

お約束の小林秀雄の「常識について」という講演を取り上げる。小林秀雄の本はあるはずだけど、これを書いている間に出てこないのは明らかなので、谷川多佳子氏の本から引用する。

谷川多佳子氏は小林秀雄の指摘について、「思考を実践し、新しい創造的な思想をつくりあげ、学問を変えていったデカルト自身と、できあがった知識としてそれを受け取り議論する人たちとの間に、大きなずれがある」(P46)ということを取り上げた。谷川多佳子氏は、デカルトとデカルト主義の違いをいっている。デカルトの批判者は「デカルトをそれほど細かく読んではいない。むしろ当時のデカルト主義や、デカルトとして受け入れられた知識を批判している」(P47)。

谷川多佳子氏は森有正を大学に入る前後の二年余り熱心に読み、そのあと読んでいないという。どうもそういう経験は私と同じかもしれないと思う。何故だろうかと想像を巡らすが、本の中にはヒントはなく、谷川多佳子氏は森有正から推薦された指導教官を選ばす、ソルボンヌ大学のベラヴァル先生のもとでの5年間の留学を語っていた。

このあと、アドリアン・バイエの『デカルト殿の生涯』(1691年)などが紹介された最後に、ロディス=レヴィスの『デカルト伝』(未來社、1998年)について、「デカルトの伝記を一冊もちたいのでしたら、おすすめの本です」(P56)という。この本の帯に仮面の哲学者とあるのが気になっていた。

と、ここまで読んできて、『方法序説』を読むとはどういうことか。谷川多佳子氏は「考証的あるいは実証的なやり方もあるし、哲学の概念を出すこともできる。歴史的な背景や状況、デカルト自身の歩みや伝記、等々、いろいろありますが、いくつかの視点を組み合わせてやってみます」(P55)と書いている。

谷川多佳子氏が森有正を語るのを読むなかで、森有正のパリの家にあった『本居宣長全集』が気になったところで、時間切れである。勤め人である以上、ブログに割ける時間は限定的にならざるを得ない。もっとも、引退して年金暮らしになったとしても、ブログに費やすかというと、そうはならないと思っている。月に1回のブログの人もいるし、毎日書く人もいる。限られた読者と自分のための断片記憶なのだから、むしろペースは齢とともに落ちて行かざるを得ないだろう。

2018年10月 2日 (火)

『徳政令』(2018)

早島大佑『徳政令 なぜ借金は返さなければならないのか』講談社現代新書、2018年

高校で徳政令を習ったときは何故このような不合理なことが鎌倉・室町時代に行われたのか理解できなかった。そんな徳政令についての本を手にした。戦国法の本を読んで中世と戦国を比較したくなったからでもある。

しかし、私の考えは間違っていた。
「かつて日本の歴史上、借金を帳消しにすることが当然とされた時代が存在した。世紀で言えば、11世紀から16世紀にかけての600年間、歴史学上で中世と区分された時代である」。中世と戦国は比較してはいけなかった。室町と戦国時代を比較するというべきだった(^_^;)

早島大佑氏は徳政観念の変遷を述べるところから始める。
①古代の為政者の政策理念
②中世前期、鎌倉幕府による、御家人救済政策としての債務破棄=徳政令
③中世後期、徳政一揆が主体となって主張した債務破棄としての徳政要求
④16世紀までに好ましくないものとしての徳政観

④では、それまで善玉として認識されていた徳政が、悪玉とみなされたのである。

本書の目的について早島大佑氏は、「15世紀から16世紀にかけて、すなわち室町・戦国時代から近世の成立に至る徳政の200年の歴史を追うことで、日本の歴史上、借金は返さなければならないという意識を共有する社会がいかに形成されてゆき、人間が内なる文明化を果たしたのか、その過程を明らかにすることを目的としている」(P32)。

ヒントは
①徳政令・徳政一揆の内実が時代とともに変化していたこと
②人々が嫌っていたのは、兵粮料の代わりに出された徳政令だったこと

面白くなったところで、時間になった。






2018年10月 1日 (月)

『沖縄 郵便船で行く離島』(2006)

『沖縄 郵便船で行く離島』Sony Music Direct(Japan)Inc.、2006年、DVD 76min

石垣島の離島桟橋から始まります。西表島へ渡るのは、中国琵琶奏者のティンティンさんです。3度目の旅だそうです。

西表島で泊まった宿で三線の練習会に顔を出して「鳩間節」を聴いたことで、郵便船で鳩間島に行くことになりました。

鳩間島は周囲を歩いても1時間ほどの小さな島です。鳩間島の民宿では垣根に生えてる草を天ぷらにしたり、ゴーヤチャンプル作りを手伝ったりします。海辺を散策中に楽器の音が聞こえてきて、公民館で島唄を歌っている地元の人達に混ぜてもらいました。「農民早起き」「鳩間節」そして「千鳥節」を聴いたりします。まさにSLOW LIFE TRAVELERでした。





2018年9月30日 (日)

2018年09月購入図書

2018年09月購入図書
9月は本を読まない月となった。

(購入後記)
国際日本文化研究センターの4人が「日本史の戦乱と民衆」というシンポジウムを元にした本をだった。

徳政令という不思議な制度は気になっていた。

原民喜は若松英輔氏の好きな詩人として購入した。

『日本歴史2018年9月号』は河内将芳氏の「戦国期・豊臣政権期京都の御霊祭」を読むために購入した。

【歴史】
磯田道史、倉本一宏、F・クレインス、呉座勇一『戦乱と民衆』講談社現代新書、2018年

早島大佑『徳政令 なぜ借金はかいさなければならなきのか』講談社現代新書、2018年

日本歴史学会編集『日本歴史 2018年9月号』吉川弘文館、2018年

松田壽男『古代の朱』ちくま学芸文庫、2005年、2017年第2刷

【文学】
原民喜『原民喜全詩集』岩波文庫、2015年、2017年第2刷

2018年9月29日 (土)

2018年09月購入古書

2018年09月購入古書

さて、また課題図書を読む季節になった。だからといってすぐに買ったりしなくなった。もっと早く賢い消費者になっていれば、本の片付けで時間を取られることはなかったのに。

(購入後記)
花もよのバックナンバーを買ったついでに、日本の名著を買う。

安東次男は何で評釈の手直しを3度、4度と刊行本でしたのだろうか。伊藤仁斎は手直しを入れ続けたが、刊行はしていない。

右左見堂の100円本コーナーに置いてあった、見たことのある本は、ROBERTE ce soirだった。

【思想】
上山春平『日本の名著 西田幾多郎』中央公論社、1970年

【芸術】
『花もよ 2018年第35号』ぶんがく社、2018年

【文学】
安東次男『芭蕉 百五十句 俳言の読み方』文春文庫、1989年

ピエール・クロソウスキー、遠藤周作・若林真訳『ロベルトは今夜』河出書房新社、1962年第5刷

2018年9月28日 (金)

壇上伽藍

週刊新潮の古都を旅する特別編「とっておき私の高野山」日本画家の千住博氏の2回目は「壇上伽藍」でした。根本大塔を背に写真に収まってますが、素敵ですね。千住博氏が「まさに、山上の立体曼荼羅。圧倒されます。」といっています。19棟の堂塔を曼荼羅とするのは、ちょっと違うと思いますが、歩いて見ると大きさを感じます。

プラス1は「高野山霊宝館」でした。高野山の貴重な文化遺産を収蔵・展示しています。本館も登録有形文化財です。国宝の八大童子立像もいいですが、快慶の重文 孔雀明王像はなかなか外では見れません。

注)高野山ケーブルカーの更新工事に伴い、2018年11月26日(月)〜2019年2月下旬、バス代行輸送が実施される予定です。

2018年9月27日 (木)

『日本の名著 西田幾多郎』(1970)

上山春平『日本の名著 西田幾多郎』中央公論社、1970年

上山春平は解説「絶対無の探求」のなかで、西田幾多郎の生誕百年の意義をNHKからの電話で問われたエピソードから始めている。西田幾多郎の評価はすでに難しいものとなっていた。上山春平は西田幾多郎の『善の研究』を読むことにより哲学の道に入ることになっが、西田幾多郎の哲学からは離れている。私は上山春平を最近読み直すことが多くなった。昔読んだ本が、私の基盤をなしているのであろう。しかし、『日本の名著 西田幾多郎』の上山春平の解説を読むために買ったのであるが、途中でやめて、月報を読むことにした。

月報の田中美知太郎と上山春平との対談は面白く、読み続ける元気をもらった。西田幾多郎を宗教的なところがあると思っていた上山春平が編集にあたって西田幾多郎を読み直した結果、漢学の古典だけでなく、西洋の古典を読んでいることや、数学への関心があることに上山春平が言及すると、田中美知太郎が明治時代の人はヨーロッパの古典を直接読んでいたが、大正以降のインテリに全然この古典感覚がないという。西田幾多郎がギリシャ古典を踏まえていて、以降の日本の哲学者との比較で、スケールが違う点が分かった。

さて、解説に戻る。上山春平が西田幾多郎を読んだ内容が紹介され、本の編集方針があったので、書誌情報をまとめておく。

本書への収録作品は、西田の思索の出発点をなした『善の研究』が中心であるが、上山春平は第二編「実在」だけで、あとの三編は割愛してもよいと書いている。底本は『西田幾多郎全集』岩波書店、1964年〜1966年によっている。表記は現代かなづかいに、漢字は新字に改め、より読みやすくするため、適度に漢字をかなに直したとある。

難解な文体を読むにはもう少し秋が深まったほうがよいと思った。



2018年9月26日 (水)

2018年09月書籍往来

安東次男『与謝蕪村』講談社文庫、1979年

大学を卒業した年に出た文庫である。この頃は文学青年だったのだろうか。事務所に積んである辻邦生、森有正、饗庭孝男の本が捨てられないでいる。

『ヴァレリー・セレクション』を読んで、デカルトの『方法序説』にデカルトの生き方を読むという視点をヴァレリーに教わったばかりである。久しぶりに『与謝蕪村』を読みながら、著者である安東次男の生き方に共感を持った。以前読んだときは、通説に対して安東次男の新解釈に興味があったが、今回読んでみて、なぜ、安東次男がそう読めるのかに興味は移っていた。安東次男が三校の頃の思い出、豪徳寺の家が文士の麻雀狂の巣になっていること、好きでもない蕪村に付いて書く話が、まるでデカルトの話を読むような気がして面白かった。

骨董に狂った安東次男が、突如骨董を売り払ってしまったりする話で感心したことをメモしておく。

「しかし、そのためには、捨てるべきものをまず手に入れる必要がある。というよりは、捨てるに値するものを、というべきだろう。振捨てるのに必死になるほど、愛着の断ちがたいものを、探すことが先決だ。この単純なことに気づかせてくれたのは、青年期の智慧ではない」。

「捨てうるということは夢中になりうることだ。そう思って見ると、夢中になりうるものなど、そうわれわれの回りには転がっていない」。

評釈を読むのは作品を深く理解するためであるが、そのためには評者を知るという当たり前のことがなければ読み間違う。

2018年9月25日 (火)

108「月の井戸」千宗室

ひととき 2018年10月号の千宗室さんの京都(みやこ)の路地(こみち)まわり道は「月の井戸」というタイトルでした。川端の近くで飲んで八坂へ向かう途中で見当識を失った家元は、とある路地に迷い込みます。そこで井戸にさす月の光に心が浄化される経験をしました。その後、花見小路から夕方に行ってみたら、簡単に辿り着けましたが、その井戸は生気を失っているように見えました。月が必要だったのでしょうか。それを確かめに月の夜にまだ行けていないとのことです。

注)松原通近辺はよく歩いたけど、「庇を寄せ合っている」ような路地に迷い込んだことはないです。また、カフェ ヴィオロンで休憩したいな。

2018年9月24日 (月)

『戦国大名と分国法』(2018)その3

清水克行『戦国大名と分国法』岩波新書、2018年

この『戦国大名と分国法』について、いつものようにまとめずに終わっていたのであるが、日経新聞に平山優氏が書評を寄せていた(2018年9月22日)のを読んで、私なりに整理しておく必要性を感じた。

「本書は最後に、なぜ分国法を制定した大名は滅ぶか不遇の末路をたどり、制定しなかった大名が躍進したのかという難問に立ち向かう。著者の結論をどう捉えるか。それは、終章まで読み進んだ読者各位の判断に委ねよう」。

だいぶ記憶が曖昧になっていたが、5章と終章をまとめる。

第5章 武田晴信と「甲州法度之次第」

武田晴信が駒井高白斎にまとめさせた「甲州法度之次第」は天文16年(1547)に制定された。26条からなる「甲州法度」は「今川かな目録」からの影響を受けたことが研究により明らかになっている。12カ条を対比して表にされていた(表2 「甲州法度」と「今川かな目録」の影響関係、P163)。

ただし、「甲州法度」は26条本、55条本などがあり、前後関係が論じられている。著者は26条本の9条に「今川かな目録」の「自由の輩」を抹消して「姦謀の輩」と書き直している26条本を上げて、55条本が増訂したと考えるのが妥当としている。

「「法」の整備に意を注ぎ、「法」の充実を心掛けた武田家は、なぜ滅んでしまったのか? ここで私たちは再びその問いに立ち戻ることになる」(P185)。

終章 戦国大名の憂鬱

清水克行氏は分国法に共通する特徴を4つ挙げている。
(1)自力救済の抑制
(2)大名権力の絶対化
(3)公共性の体現
(4)既存の法慣習の吸収・再編
これらは、大名側の「志向」であって、実現できたかは別問題としている。

分国法を定めた大名は10家しかないという。そして「いずれも多くは惨めな運命をだどってしまっている」(P192)。また、権力基盤が不安定な大名が起死回生策として分国法を制定した例として、六角氏や今川氏を挙げ「分国法を戦国大名の自立性の指標とする通説にも疑問が生じることになろう」(P192)と批判している。

分国法について制定者の意図したことが機能したかどうか分からないことが問題である。戦国のパワーポリティクスの時代に領国経営が分国法だけで成り立つわけではない。目まぐるしく変わる状況の中で軍事・外交政策を誤った戦国大名が消えていったと考えられる。分国法を制定し、法整備をすすめた大名自身が大名権力を縛られたことから、臨機応変に対応できずに滅んでいったという議論はやや説得性に欠けると思う。

戦国大名の領国支配を分国法だけで論じることはできないし、まして、分国法が原因で戦国大名が滅亡したという因果関係は言えそうもない。著者も「分国法はいらなかった」といってるくらいなので、戦国時代の興亡の決め手にはならなかった。

2018年9月23日 (日)

『方法序説』(2001)を読む

デカルト著、谷川多佳子訳『方法序説』ワイド版岩波文庫、2001年、2003年第3刷

さて、ヴァレリーの「デカルト」を読んでいよいよ和室の本棚にある『方法序説』を取り出して読むことにする。

『方法序説』は6部に分かれている短い本だ。もとは、3つの科学論文集の序文だった。

本書は1997年の岩波文庫版をワイド版にしたものである。ワイド版があるものはワイド版に限る。

流石に、4部の神の存在証明や5部の解剖学は面白くない。ヴァレリーの読み方が面白かったが、デカルトの文章は曖昧にしか書いていないところもある。訳注を読みながら本文を読むのだが、三十年戦争当時の思想状況をして著者名なしで出版しただけあって、気を遣って書かれており真意を受け取りにくい点もある。そもそも400年近く昔に書かれた本がそのまま分かるものではない。

翻訳した谷川多佳子氏の解説でヴァレリーがでてきた。

「…デカルト自身が語ったことや希求してことを、ここでもう一度直接に読み直してみるのも、無駄ではないと思う。ヴァレリーが言いあらわしたように、ここには、デカルトの生涯を語る魅力に富む話と、彼の探求のきっかけになった状況とから始まって、一つの哲学を告げる序曲のなかに、デカルト自身が目のあたりに存在しているのだから」(P136)。

ヴァレリーに始まった読書であった。なかなか読めない『方法序説』だったが、とりあえず読み通すことができた。しかし、解説が物足りないと思った。調べてみたら、著者から本が出ていた。

谷川多佳子『デカルト『方法序説』を読む』岩波現代文庫、2014年

2002年に岩波セミナーブックスで出したものを現代文庫化したものである。



2018年9月22日 (土)

ヴァレリーの「デカルト」を読む

東宏治・松田浩則編訳『ポール・ヴァレリー ヴァレリー・セレクション 下』平凡社ライブラリー、2005年

改題で「デカルト」が1937年7月31日「第9回国際哲学学会」の開会式に際してソルボンヌ大学で行われた講演がもとになっていることが分かる。もっとも、「デカルト」の最初にそのことが書いてある。

共和国大統領閣下
大臣閣下
紳士淑女のみなさん
アカデミー・フランセーズは、第9回国際哲学学会組織委員会からの丁重なお招きをお断りするわけにはまいりませんでしてので、わたくしはアカデミーの名において当委員会にまずお礼を申し上げねばなりません。アカデミーは、『方法序説』出版三百年にあたってデカルトを記念する機会に出席する義務があります。


「デカルト」(P196-226)を読む目的を忘れて、デカルトの自己意識を強調している点を抜き出した。本当はヴァレリーの「やり口」ともいうべき明確化の方法を読み取るはずだった。

彼にあってわたしを魅了し、わたしの眼に生き生きとして見えるもの、それは彼の自己意識、彼の注意力がとらえる自分の存在全体の意識、自分の思考の営みを見張る鋭敏な意識、意思的でかつ厳密なあまり自分の「自我」を一種の道具に変え、その道具の信頼性はそれにたいする彼の意識の度合にもっぱら依存する、といったふうな彼の意識力です」(P217)。

わたしたちをいつまでもとらえて離さないものは、あのいくつかの原理自体ではありません。わたしの眼を惹きつけるのは、彼の人生やそもそもの研究が開始される状況の魅力的な物語から始まって、このひとつの哲学への序曲のなかに、ほかでもない彼の姿がずっと見えているということなのです」(P219)。

ヴァレリーは原理でなく、Cogitoというデカルトの自己意識に感動した。だから、私も原理についてはこだわらずに『方法序説』を読むことにしたいと思う。



2018年9月21日 (金)

『ヴァレリー・セレクション』の宣伝文句に引っかかる

東宏治・松田浩則編訳『ポール・ヴァレリー ヴァレリー・セレクション 上』平凡社ライブラリー、2005年

Paul Valéry(1871-1945)の批評を22篇選び新たに訳したもの。『ヴァリエテ』を中心に選んでいる。

研究所の本棚に挿してあった。ヴァレリーを読もうと思ったのは特に意味があるわけではない。訳者の東宏治氏がまえがきで「ヴァレリーを読むよろこび」を書いていた。

わたしにとってなにより面白かったのは、何を論じても多様で複雑な現象を分かりやすく明快に解き明かすその語り口であり、やり口なのです。そのやり口については、彼はあるところで、比喩的に、どんな多数の敵を相手にしても、たとえば壁を背にして一人しか入ってこられないような狭い入口に立っていれば、大勢の敵とつねに一対一で相手にできる、そんなふうな戦術、安全で確実な対処法に似た方法、現実世界に起こるどんな現象や対象にたいしても対応できる方法を若い頃に発見したと書いています。本書で言えば「デカルト」のなかで、読者はそうした彼なりの方法にちょっと言及しているのを見つけるでしょう」(P12)。

その誘い文句に載って、下巻を読むことにした。



2018年9月20日 (木)

金剛峯寺

週刊新潮の古都を旅する特別編「とっておき私の高野山」日本画家の千住博氏の1回目は「金剛峯寺」でした。高野山開創1,200年を記念して千住博氏が金剛峯寺主殿の「茶の間」と「囲炉裏の間」の襖絵を完成させ、2020年に奉納します。完成記念の巡回展が各地を回っているところです。奉納される前に見たいものです。千住博氏といえば、なんといっても滝を思い出します。

プラス1は「蓮華定院」でした。高野山にある宿坊の一つで真田家の菩提寺です。

注)今後の巡回展
秋田私立千秋美術館/秋田県立美術館 2018年9月22日(土)〜11月4日(日)そごう美術館 2019年3月2日(土)〜4月14日(日)

注)しかし、古都を旅する特別編「とっておき私の高野山」は初めてなのでカテゴリがありません。取り敢えず「四都手帖」としておきます。

2018年9月19日 (水)

『芭蕉 百五十句』(1989)

安東次男『芭蕉 百五十句 俳言の読み方』文春文庫、1989年

安東次男(あんどう つぐお)は何で評釈の手直しを3度、4度と刊行本でしたのだろうか。伊藤仁斎は手直しを入れ続けたが、生前刊行はしていない。安東次男はそれだけ松尾芭蕉の徘徊に腰を据えて取り組んだのであるが、注文をもらって書くという職業上の性格もあったのだろう。安東次男の本はこのブログでは、『完本 風狂始末 芭蕉連句評釈』(ちくま学芸文庫、2005年)と『百人一首』(新潮文庫、1976年)が検索で引っかかる。他に何冊か研究所に眠っているので、何かの折に読みたいのであるが、パラパラとは読ませない文体であるため、こちらも用意がいる。

例によって『芭蕉 百五十句 徘言の読み方』の書誌情報を書いておく。
『芭蕉発句新注 徘言の読み方』(筑摩書房、1986年)を基に、14句を追補したもの。

『芭蕉 百五十句』は芭蕉の発句を評釈する。昼日中読むのではなく、盃を手に数句をおさらいして、またにするという稽古事として読む。

注)解釈ということー解説にかえてーで、「振売の雁あはれ也ゑびす講」という発句を四度にわたって評釈したものを掲載している。念の入ったことだ。





2018年9月18日 (火)

『花と木の文化史』(1986)

中尾佐助『花と木の文化史』岩波新書、1986年

「花はなぜ美しいか」という命題を取り上げて、本能的美意識と文化的美意識を論じている。

「植物界を広くみて、また人間の文化を通し、人間の歴史を通して植物をみて、花や植物の世界と人間との関係は複雑多様であることが、この頃になって私にもよく理解できるようになってきた」。

生物学の重鎮の発言だけに興味深い。

「花の美しさというものは、生物進化史からみると、かなり簡単なプロセスで生まれたものということになる」。

要約すると、
藻類、菌類、シダ類などの隠花植物は花がないため、胞子で繁殖する。花があるのは顕花植物で、マツ、スギなどの裸子植物は風媒花で大したことない。被子植物は原則として虫媒花なので、花は昆虫をひきよせる装置として進化した。イネ科の植物は風媒花であるが、単子葉植物として進化的に遅れているとは考えられていない。

そして、「花らしい花の咲く双子葉植物の花は、開花すると花の大きさ、色彩、集合の美術なので、もっぱら視覚によって昆虫を誘引しているようだが、じつはたいてい別な誘引装置も用意している。それは花の香りと蜜である」。

次に、「花と庭木を人間が鑑賞するときは、枝ぶり、葉の特色なども重要だが、花についで多いのは果実を賞美することである」。

鑑賞の中心は赤い果実である。しかし、小鳥は赤だけでなく紫黒色の果実を食べて種子を散布している。

さて、本題の本能的美意識と文化の違い美意識についてである。

「美しい花に昆虫が集まり、赤や紫黒色の果実に小鳥が集まって食べるとき、これらの動物が遠くからその存在を認識するのは、最初はたぶん視覚や嗅覚によるものであろう。そしてそこに集まっていくのは本能的な反射行為であるのか、あるいは色、形、香りという信号をうけてから、なんらかの価値判断をして、その結果そこに集まるのか、たいへんむつかしい問題である」と断定をひとまず避ける。

動物の繁殖期の二次性徴から動物の本能的美意識というものが共通的にうかびあがるとして4点を挙げている。

(1)体から大きくなり強力である。
(2)特色のある形の付加的装飾物が発達する
(3)原色華麗で艶のある色彩をもつ
(4)強い体臭をもつ

「これは異性のもつ美意識に訴えるものと想定できる。また求愛行動やダンス、ディスプレイなどの動作もやはり異性の美意識に作用する。このような美意識はいわば本能的だと見なして、ここに動物における本能的美意識ということを設定できることになる」。

人間も花の原色華麗で艶のある色彩に本能的に美しさを感じるということができる。

文化的美意識は、例えば、ヒガンバナは可憐な花が咲くが、今まで日本人はそれをむしろ嫌い、庭に植えたりしていない。死者との関連づけがされていたからだ。また、ヒマラヤのシャクナゲの花に現地の人は関心がない。葉に毒があるため、牧草の邪魔になる。さらに、古典園芸植物に高い値段がついても一般の人々にはよさが分からない。これらは、文化的美意識の問題である。やっと導入部が終わった。



2018年9月17日 (月)

RIP KIRIN KIKI

樹木希林さんが2018年9月15日に亡くなられた。8月13日に左大腿骨骨折の大怪我をして、16日のNHKの生番組で白沙村荘から五山送り火を見るはずが、電話出演になった。それが、見たというか聞いた最後になった。ご冥福をお祈りします。

2018年9月16日 (日)

鈴虫の音

いこいのおばちゃんが飼育していた鈴虫が、今年の夏の暑さでほとんど死んでしまったという。残った一匹が金属的な高い音を出すのを聴きながら晩酌していたのだった。


鈴虫の 鳴き声高し 土間の闇

独寝の 鳴き声高し 床の下

ひとりなく 虫の音高し 土間の奥

ひとりなく 虫の音高し 耳の奥

2018年9月15日 (土)

『大坂堂島米市場』(2018)

高槻泰郎『大坂堂島米市場』講談社現代新書、2018年

読んでからまとめをしないで放置していたが、思わぬところで本書が役に立った。金融庁が主催した「明治150年」関連シンポジウム〜明治時代の金融制度が果たした役割〜(2018年9月6日)で、宮本又郎(大阪大学名誉教授)氏の「江戸から明治へ、商品・証券取引所の展開」という講演を聴いた。堂島米市場の話になったので、正米商いや帳合米商いなどの用語が出ても、すっとついていける。高槻泰郎先生様々である。

本書に興味を持ったのはパラ見していて、柴田昭彦著『旗振り山』(ナカニシヤ出版、2006年)を第10章江戸時代の通信革命の参考文献として発見してからで、柴田昭彦氏を旗振り通信研究の第一人者として紹介(P290)しているのを見て嬉しくなって買ったのであった。だいぶオタク的な理由である。

金融庁の後援なので、堂島米市場は商品先物取引であり、管轄外であるが、短期金融市場の役割もあったと宮本又郎氏が気にしていたことが面白かった。

堂島米市場は明治2年に一旦停止になる。江戸時代の堂島米市場を扱った本書のあとの展開を宮本又郎氏から聴けたので、非常に満足しているのであるが、資料をまとめるのは難しく、講演資料をPDF化してEvernoteに保存するのが精一杯である。





2018年9月14日 (金)

『妖精画談』(1996)

水木しげる『妖精画談』岩波新書、1996年

水木しげるが西洋の妖精(フェアリー)を解説した本。オールカラー。西洋の妖精も水木先生にかかれば日本の妖怪と地続きだ。目に見えないものの存在は世界中で語られてきた。

Ⅰ 水に出るもの 30
Ⅱ 里に棲むもの 42
Ⅲ 森にまつわるもの 30

東の妖怪に対し西は普通はモンスター(怪物)だが、水木しげるは妖精をとりあげた。妖精を精霊という目に見えない存在として水木しげるが書いた短い解説を読みながら、見開きの絵を見ていると、日本にも共通にあるものや、西洋にしか無いものがあって、人間の想像力と共感力について興味深かった。

英文学者の井村君江氏が「ひと味違う妖精捕獲の成果」の中で、「ゲゲゲの鬼太郎」の魅力の秘密は「妖精化された妖怪」であるという。

水木しげるの対談中の発言をそのまま引用する(孫引き)。

「妖怪も妖精みたいに愛されるべきで、私は日本の妖怪を妖精化したわけです。日本は四谷怪談などのイメージが大きすぎて暗い感じになってしまった。必ずしも暗いだけでなくて、明るいのもいていいはずです。それで私は一生懸命、鬼太郎で妖精化していったのです」(「対談 日本の妖怪、韓国のトッケビ」『よむ』1993年8月号)




2018年9月13日 (木)

やわらぎ会館

週刊新潮の「とっておき私の奈良」ジャズピアニストの山下洋輔氏の4回目は「やわらぎ会館」でした。山下洋輔氏が『やわらぎ』作曲したのは、奈良県北葛城郡王寺町にある「やわらぎ会館」の館長だった福島秀行氏からの依頼だったといいます。やわらぎは「以和為貴」の「和」でした。

プラス1は「達磨寺」でした。聖徳太子のエピソードに出てくる飢えた人は達磨だったとの伝承があります。

2018年9月12日 (水)

『戦乱と民衆』(2018)

磯田道史、倉本一宏、F・クレインス、呉座勇一『戦乱と民衆』講談社現代新書、2018年

国際日本文化研究センターの一般公開シンポジウム「日本史の戦乱と民衆」(2017年10月)をもとに、ディスカッションを加えて作られた本。

2018年3月8日にクレインス氏の講演を聴いてオランダ商館の史料を使った話が新鮮だった。今回も、1614年8月4日から1616年12月29日までの平戸オランダ商館長か受け取った書簡を使った話で、大坂冬の陣と夏の陣が伝えられていた。オランダ人が堺など商売先に来ていて現地の情報を報告したていた。このあたりはイエズス会の報告しか知られていなかった。

大坂夏の陣図屏風(大阪城天守閣所蔵)がアントワープの大虐殺(アムステルダム王立美術館所蔵)の銅版画に似ているという指摘や、徳川軍の乱取りが行われた状況について、家族を伴った大坂方の牢人が冬の陣で空き家になった家を占拠していたとからと想像すると分かりやすい。

磯田道史氏は禁門の変の庶民の回想を扱った『京都日出新聞』の「譚淵 甲子兵燹(かっしへいせん)」という連載(1900年9月から10月)を取り上げて、同時代の一次史料を絶対視する見方を批判して、「同じ時代を生きた人の証言であれば、のちにその当時を回想して語った記録の方が同時代史氏よりも事実を語っているということもあります」(P89)として示した。一次資料の記述だから正しいという訳ではない。

京都に火を付けたのは、証言によれば、屋敷に火を放った長州はもとより、会津、桑名、薩摩が長州兵を追って火を放ったことが大きな原因で「どんどん焼け」となった。会津と桑名が一橋中納言の下知で放火したことで京都の町衆、公家や大名の恨みをかったとある。

呉座勇一氏は足軽の定義が難しいということから始め、土一揆の性格を論じていた。

倉本一宏氏は白村江の戦いついて、テレビで話した内容と同じことを書いていた。

このあと、座談会が二部と三部にあり、三部では井上章一氏も登場するのだが、時間切れである。




2018年9月11日 (火)

『古代の朱』(2005)その2

松田壽男『古代の朱』ちくま学芸文庫、2005年、2017年第2刷

古代朱砂産地の露頭は点在的であり、露頭部を取り尽くすと竪坑になる。当時は排水技術が無いため、地下水位に達すれば竪坑は廃止される。

丹生氏は『新撰姓氏録』の載る古代の名族である。丹生氏は朱砂を求めて全国へ移住した。古代の安房国を例に説明している。安房国に丹生川がある。平久里川があって平群郡が置かれていた。奈良からの入植がその他の地名に残っている。松田氏は地名に丹生の名前が残っているものを45箇所あげている。松田氏は先に和歌山の高野山系の丹生神社を除いて丹生神社を47数えている。ただし、重複があり総数は46である。これら土地の試料の水銀の含有量を調査している。

丹生氏の植民で水銀の女神(ニウズヒメ)が祀られていた。しかし、水銀が採取できなくなると、別の土地へ向かう。その間に、水の女神(ミズハノメ)となって水分(みくまり)という水の配分を掌る神となったり、中国的な雨師であるオカミ祭祀に変わっているところもあるという。祀りこんだ水がね姫がどういう神なのか、わからなくなって、「淫祠」という悪名を掲げられて捨てられた丹生神社が岡山県に2例ある。神捨場があったという。大多羅寄宮趾だ。

松田氏によると、ニウズヒメを祀る丹生神社が減るのは、水銀の産出が忘れ去られたことによる。天武天皇による神武天皇を顕彰した丹生川上神社はニウズヒメからミズハノメへ変身したという。高野山系の丹生神社は高野明神と丹生明神のセットで祀られた。

私が見たのは丹生都比売神社であった。祭神は丹生都比売大神、高野御子大神、大食津比売大神、市杵島比売大神の4柱である。

『丹生都比売神社史』(2009)を読んだときは、丹生氏の理解が十分でなかった。松田氏の本を読んだので、丹生川上神社と丹生都比売神社の関係がすっきりした。

2018年9月10日 (月)

東都手帖2018年10月【編集中】

東都手帖2018年10月【編集中】

2018年10月東都散歩のための私的な愉しみと記憶

神無月の頃、燈火のもとで本を読む。それだけで良い。あと少しは、絵を眺めてみたい。

特別展「マルセル・デュシャンと日本美術」東京国立博物館、2018年10月2日(火)〜12月9日(日)

禅僧の交流 根津美術館 2018年9月1日(土)〜10月8日(月)

2018年9月 9日 (日)

四都手帖2018年10月【編集中】

2018年10月の私的な愉しみと記憶

神無月の頃、夜は長くなり、そして哀しくもなります。兼好は人恋しくて歩いたのでしょうか。花街は締めくくりの踊り季節になりました。毎週のように忙しかった時も今はありません。記憶は作られ再構成されます。無に帰るにしても、常に不安を感じて時間旅行を続けるのが人生なのでしょうか。馴染みの小料理屋で亭主と話しながら酒を飲めば、また明日から働ける元気がもらえます。

【古都】
台風21号の被害があちこちで報告され、観光にも影響が生じています。樹木の被害が大きいので樹木が多いところは復旧(安全確認)に時間がかかりそうです。岩屋山志明院も甚大な被害がでたとtwitterの報告があり、道も通行止めだといいます(9月5日)。
平野神社も甚大な被害でしばらく境内立入禁止だといいます(9月5日)。twitterでは8日でも復旧していません。東門からの参拝が可能になりました(9月14日)。
鞍馬寺もしばらく拝観中止(9月6日)。
醍醐寺の金堂と三宝院の屋根瓦が落下。三宝院は7日から拝観再開しましたが、上醍醐、伽藍・霊宝館は拝観停止中です。
伏見稲荷の千本鳥居が傾き一部通行止め。稲荷山登拝中止。
大覚寺は板戸や襖が外れる被害が出て、拝観は当面中止。観月の夕べ(22〜24日)も中止。
そんな悲しいニュース(9月7日京都新聞)を見たあと、届いた踊りの番組を見れば、彼女達の字も上達しているのでした。

◯温習會 京都造形芸術大学春秋座 2018年10月1日(月)〜6日(土)
みずゑ会 宮川町歌舞練場 2018年10月11日(木)〜14日(日)
寿会 上七軒歌舞練場 2018年10月8日(月)〜13日(土)
水明会 先斗町歌舞練場 2018年10月25日(木)〜28日(日)

時代祭にはそれほど興味がなかったのでほとんど見ていません。見知った芸妓さん舞妓さんがでるという話を聞いた時に観に行ったくらいです。夜の鞍馬の火祭は帰りの交通機関を含めて気になります。22日(月)なので今年は難しいです。そういえば2017年の時代祭は台風21号で中止でした。
台風被害で今年の鞍馬の火祭が中止になった。

【湖都】

滋賀県立近代美術館
2017年4月1日より改修・増築工事のため休館中。2019年3月31まで展示予定はありません。

大津祭 大津市街地 2018年6日(土)宵山、7日(日)本祭 曳山が懐かしい。

本尊大開張 櫟野寺 2018年10月6日(土)から12月9日(日)秘仏十一面観世音菩薩坐像を2016年9月に東京の国立博物館で観たとき、33年に一度の大開張の予告があったのを覚えている。ついにその時が来た。

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櫟野寺の大観音


【旧都】
秋は正倉院展できまり。

第70回正倉院展 奈良国立博物館 2018年10月27日(土)〜11月12日(月)

【水都】
プーシキン美術館展 国立国際美術館 2018年7月21日(土)〜10月14日(日)

特別展「高麗青磁ーヒスイのきらめき」東洋陶磁美術館 2018年9月1日(土)〜11月25日(日)

ルーブル美術館展 大阪市立美術館 2018年9月22日(土)〜2019年1月14日(月)

「第Ⅳ期 ほとけの世界にたゆたう」中之島香雪美術館 2018年10月6日(土)〜12月2日(日)朝日新聞の創業者の村山龍平(香雪)のコレクションは凄かった。

いっとかなあかん店、ありませんかね。




編集
2018/09/14 平野神社の状況を変更。東門からのみ参拝可能。
2018/09/25 鞍馬の火祭中止
2018/10/01 櫟野寺の本尊十一面観世音菩薩坐像 大開張
2018/10/08 中之島香雪美術館の開館記念展を追加

2018年9月 8日 (土)

『古代の朱』(2005)

松田壽男『古代の朱』ちくま学芸文庫、2005年、2017年第2刷

朱に興味がある人は読むことをお勧めする。私は丹生に興味があり、朱と丹生も水銀のことであり、水銀の文化史としてこの本は面白いと思った。松田壽男が調査した土地が手書きで立体式に表現した地図となっていて、見ているだけでも楽しくなる。

書誌情報を載せておく。
『松田壽男著作集』第六巻(人間と風土』、六興出版、1987年7月25日刊行)から三篇を抜粋したもの。
古代の朱
即身仏の秘密
学問と私

白洲正子を読んで、丹生都比売神社へ行った時より、丹生に興味をもったので、古代の朱5章以下は読まずには寝られないところだが、眠くなったので、続きは明日以降にしょう。

5 日本のミイラ
6 水銀の女神
7 丹生氏の植民
8 水がね姫の変身
9 漢字から生まれた神
10 丹生高野明神
11 丹生と丹穂
12 石鏡を考える



2018年9月 7日 (金)

元興寺

週刊新潮の「とっておき私の奈良」ジャズピアニストの山下洋輔氏の3回目は「元興寺」でした。極楽堂・禅堂の屋根瓦に感嘆する山下洋輔氏でした。元興寺の本尊は智光曼荼羅です。相方が買い求めていたのを思い出しました。

プラス1は「御霊神社」でした。元興寺の鎮守社です。寺+鎮守のパターンが多いですね。

2018年9月 6日 (木)

『植物の世界』(1950)

日本植物学会編『植物の世界』共立出版社、1950年、PDF、92P

新制中学生のための植物学の課外読物として作られた本がPDFとして日本植物学会のページで入手できる

漫画もあって楽しい読物となっている。
昭和25年(1950)の文章でり、「あります」調のため少し古めかさを感じる。

高山植物はなぜ美しいか

「高山では茎や葉は小さくなりますが、花は比較的大型であります。しかし、花の形が平地のものより大形であるというのではなく、茎葉に比べて大形なので、特に目立つのです。花の色が鮮やかなのは強い光の影響で、フラボンや花青素の形成が盛んなためであります」。

高山植物と平地の植物を比較している。茎葉と花の比率が花をより目立たせ、花の色がより鮮やかだという。「花はなぜ美しいか」を問うものではない。こちらは『花と木の文化史』(中尾佐助、1986年)で問われていた。







2018年9月 5日 (水)

「戦国期・豊臣政権期京都の御霊祭」

河内将芳「戦国期・豊臣政権期京都の御霊祭ー文禄五年を中心に」日本歴史学会編集『日本歴史 2018年9月号』吉川弘文館、2018年

御霊祭について、先行研究に言及することから始まる。本多健一氏の一連の研究で「御霊祭が下京の祇園会と比肩しうる上京の祭礼としてみとめられる」という。室町第に近いことでもあり、御輿と風流で賑わったとみてよい。注をみて『中近世京都の祭礼と空間構造』(吉川弘文館、2013年)をチェックした。

戦国期の上御霊社と下御霊社にはそれぞれ御旅所があり、7月18日が「御霊御輿迎」で8月18日が「御霊祭」となり、両日をはさんだ30日のあいだ、御輿は御旅所に滞座することになっていた。祇園会は御旅所へ渡御するのは同じだが、7日間である。

秀吉時代の文禄5年(1596)の相論を河内将芳氏は取り上げる。本多氏が論じていない時期である。

相論は御旅所の若代(わかしろ)が閏7月がある場合に神輿の還幸を30日後とせず、月を基準とした8月18日と主張して留めため、上御霊社側は滞座は30日間と主張して訴訟に及んだ。

相論は慣行により上御霊社別当が勝訴する。古来より30日と決まっている理由による。御旅所若代が守護する御旅所について、上下の御旅所が中御霊に移った後なのか前なのか判断がつきかねているという。史料不足につきやむをえないところだ。

現在の上御霊神社の御霊祭は毎年5月1日に神幸祭(社頭の儀)が行われ、5月18日還幸祭(渡御の儀)が行われている。御霊祭かがり火コンサートが2015年から中止になったのは寂しい限りだ。ちなみに、下御霊神社は5月1日に神幸祭、5月20日(日)に還幸祭をしている。還幸祭を日曜日にしている。




2018年9月 4日 (火)

皇軍艦(みいくさぶね)を聴く

『花もよ 第35号』ぶんがく社、2018年
の付録『皇軍艦』30分17秒

『花もよ 第35号』を神保町の古書店で見つけて、東谷櫻子氏の解説を読む。「太平洋戦争中、昭和18年に新作能として発表された「皇軍艦」は海軍の勇姿を讃え、国民を鼓舞する作品として、戦時中の国家意識や価値観などが反映されており、民族差別的な詞章や戦争賛美の内容が多く、現代での上演はまずあり得ない」が、「その作品分析、演能までの経緯や演出などについて考察することは必要であろう」という。

前の『忠霊』を聴くのときに『皇軍艦』について潜水艦乗組員の佐古少尉の謡曲「赤道神」に観世流の節をつけたものだという程度の記述にした。今回、より詳しく書いておく。伊号二九潜水艦の艦内誌の「不朽」の創刊号(昭和18年2月11日)の佐古少尉作の新作謡曲「赤道神」をもとに観世銕之丞(華雪)が作曲、能に仕立てた。すでに『忠霊』で行われた戦争協力である。

この伊号二九潜水艦は、昭和18年4月「スバス・チャンドラ・ボース」をドイツのUボートから引継ぐ任務を遂行している。このインド独立運動の指導者は武力によるイギリスからの独立のため大日本帝国と手を結んだ。そうだったのか、興味はチャンドラ・ボースの方にあるのだ。寺島実郎の話で知っていたが、伊号二九潜水艦の関わりまでは分からなかった。

『皇軍艦』はシテ=赤道神、主ツレ=艦長、ツレ=諸神・航海長・砲術長・甲板士官、地謡からなる。甲板士官は観世壽夫である。原作のワキを省略している理由を世観世銕之丞(華雪)一門での開催を急いでいたと推測している。年表からはそう読み取れる。以下、抜粋してみる。2018年4月9日世観世銕之丞(華雪)が「戦時下における能楽師の覚悟」を講演。5月15日に檜書店で謡本を出版。26日に華族会館で初上演。27日の海軍記念日の翌日28日にはラジオ放送をしている。また、祭祀員のアイは演能記録に名前がないという。

詳しくは
東谷櫻子氏の「新作能「皇軍艦」の諸問題」(昭和女子大学大学紀要Vol.28 2017年)

さて、能を聴く。赤道神を祭る赤道祭なるものが能楽に出ることは二度とあるまいが。四番目物として修羅物と受け取れば、勇ましい言葉も能のテクニックの中に吸収される。聴き取ったことは忘れまい。

注)
なお、webで「皇軍艦」で検索すると謡本の本文を掲載しているサイトがあったとだけ書いておく。




2018年9月 3日 (月)

『黒谷に眠る人々』(1973)

北川敏於『黒谷に眠る人々』黒谷文庫第8巻、1973年、1990年2刷

黒谷とは紫雲山金戒光明寺のことをいう。webをみると「浄土宗大本山くろ谷金戒光明寺」とある。黒谷(くろだに)さんと土地の人は呼ぶ。京都に来始めた頃に、タクシーに乗って黒谷の読み方が分からなくて「くろたに」といったら、反応が無かったことを思い出す。「くろだに」と谷は濁るのである。連濁の法則であるが、例外もある。ちなみに、貴船(きぶね)は地域名では濁るが貴船神社(きふね)は水神なので濁らないと言われた。

法然上人は比叡山西塔黒谷の叡空の本房で修行していた。法然上人が黒谷を下りこの地に移って草庵を結び白川の禅房と呼ばれた。法然上人の師の叡空の死により黒谷の本坊を譲り受けたので、この岡崎の地を新黒谷といっていたことが、黒谷さんと呼ばれるもとであろう。

本書は黒谷本山発行の「紫雲」1970年7月号より24回連載した「黒谷の奥津城」に歴代の住職の記録をまとめて加筆したものとある。

第1部 金戒光明寺(黒谷大本山)の沿革
第2部 歴代編
第3部 先哲編

先哲編は1清和天皇火葬塚から136市村水香となっている。

私が付箋を付けたのは以下であった。
今なら違うと思うが、当時の自分がそこにいる。

開祖 法然房源空
清和天皇火葬塚
山中鹿之助幸盛
鳥居元忠
春日局
竹内栖鳳
徳川秀忠夫人
徳川忠長
北垣国道

注)春日局は麟祥院(文京区湯島)に眠っているが、金戒光明寺に徳川秀忠夫人(崇源院)と徳川忠長(峯崇源院)の、宝篋印塔を建てて供養している。御台墓の隣に春日局の宝篋印塔があるのは春日局の指示があったに違いない。

注)くろ谷と書くようになったのはいつからだろうか。



2018年9月 2日 (日)

満天の星々の教え

満天の星空を見ている自分に気がついた。野道に段ボールを敷いて寝転がって天の川を眺めていた。夢から覚めた私は黒姫山山麓の地で過ごした時間を掛け替えのないものと考えていたことが分かった。もう、このブログもあらかた役割を終えたようだ。過去は取り戻せない。思い出もこの世において行かねばならない。未開封のCDなどはそのままで良い。こらからの時間とともに生きていくものを選びなおすのだから。

2018年9月 1日 (土)

東大寺大仏殿

週刊新潮の「とっておき私の奈良」ジャズピアニストの山下洋輔氏の2回目は「東大寺大仏殿」でした。山下洋輔氏が燈花会でピアノの奉納をされたそうです。16年前では知らないのも無理はありません。大仏様の指がピアニストの指に見えるとは考えてもみませんでした。

プラス1は「奈良ホテル」でした。構造上、何もかも快適とはいきませんが、クラッシックホテルはそれなりに良いところです。

注)夏の新館は2度ほど蝉の鳴き声で起こされました。本館はどうなのでしょうか。

2018年8月31日 (金)

2018年08月購入図書

2018年08月購入図書
8月の最初の京都で燃え尽きたかもしれない。

(購入後記)
稲葉継陽『細川忠利』(吉川弘文館、2018年)をふたば書房京都八条口店で買う。『近世日本社会成立史』(校倉書房、2009年)を書いた稲葉継陽氏の本を読みたいと思っていた。歴史文化ライブラリーなので、いわゆる選書である。
「なお、本書には史料の原文を多く引用しているが、固有名詞、難読語にはルビを付すよう心掛けた」とあるようにある素養がなくても趣旨を理解するには問題ない。

桜井英治氏と共著の『戦国法の読み方ー伊達稙宗と塵芥集の世界』(高志書院、2014年)は対談集だったが面白く読めた。それを中・上級者編とこの新書のあとがきに書いてある。と言うことは初級者編を買ってしまったのだろうか。

【歴史】
稲葉継陽『細川忠利 ポスト戦国時代の国づくり』吉川弘文館、2018年

清水克行『戦国大名と分国法』岩波新書、2018年

2018年8月30日 (木)

2018年08月購入古書

2018年08月購入古書
花火が終わった後は、本はしばらく買わなくてもすむはずと思っていたが、どこかの箱に入っているやつより、本屋の棚にあった方が探しやすいので、買って読むことになった。

若者が漠然とした不安を感じて酒を飲んで紛らわそうとして呼び出された。この不安との付き合い方を高坂正堯が書いていたのを思い出した。精神科医の話ではなく、文明論の話だ。

渡部昇一はドイツとイギリスに留学しており、英語学を研究したので、アングロサクソンと日本人を色々と比較してくれる。

孟子を探していたら、古書肆右左見堂にあった。論語と孟子はセットで読みたい。

水木しげるが西洋の妖精(フェアリー)を解説した本。オールカラー。西洋の妖精も水木先生にかかれば日本の妖怪と地続きだ。目に見えないものの存在は世界中で語られてきた。

久しぶりに中尾佐助の本を見つける。文化史であるから花卉園芸文化を洋の東西で比べるわけだが、花はなぜ美しいのかという美意識を問うことから始まる。

【思想】
小林勝次訳『孟子(上)』岩波文庫、1968年、2003年第46刷
小林勝次訳『孟子(下)』岩波文庫、1972年、2003年第39刷

【歴史】
高坂正堯『文明の衰亡するとき』新潮選書、1981年、1982年第7刷

中尾佐助『花と木の文化史』岩波新書、1986年

渡部昇一『アングロサクソンと日本人』新潮選書、1987年

【知】
水木しげる『妖精画談』岩波新書、1996年

2018年8月29日 (水)

『書くー言葉・文字・書』(2009)

石川九楊『書く ー言葉・文字・書』中公新書、2009年

本は出会いである。先日、種智院大学の公開講座で梵字で金剛界の中台八葉院の仏の字を書くという経験をした。仏の梵字は必ず命点(みょうてん)を打ってから書き始めるというのだ。書も点画を打って始めるものだと思っていたが、書は筆の微粒子的律動から始まると石川九楊氏はいう。筆が紙に接する前に既に始まっている。この微粒子的律動としての筆蝕から書を書くということを考え抜いたのが石川九楊氏であった。

この本を読む時期がきたのか。本箱から抜き取ったときはそんなことを考えていなかったが、読み始めて、習字などと言っている自分の認識の程度に呆れることになる。



2018年8月28日 (火)

溜め込み症

ホーディング障害

物を溜め込むホーディング障害(Hoarding disorder)は、書籍にも当てはまるのだろうか。世の例をみると、靴だのレコードだの果てはゴミ屋敷だ。本の溜め込み症は正常な人との区別がつけにくいと考えるが、若者には区別がついているのだろうか。ホーディング障害では捨てるのを拒否する点が挙げられる。捨てられないから溜まる分けである。理屈が通らないところが精神疾患ということになる。となると、若者の指示に従って、本を処分することに同意しているのは、症状が軽いからであろうか。いつも本の片付けをしているのは、物が多いせいで、従って症状も重いのだろうか。数々の疑問が生じるのであるが、私には分からないので、強迫観念より好奇心のせいにしておく。

想い出は物に憑く

物より想い出は旅行を挙げることが多い。家族の旅先での想い出は確かに土産品より記憶に残る。山のようにあった玩具の車は何処にもなくて古いアルバムの中にあるが、本人の記憶にはない。家族で那須の茶臼岳に登った記憶は妙に残っている。しかし、写真は残ってこないし、いつしか旅行の記憶も曖昧になり、ただ楽しかったという想い出だけが残っている。それが何の役に立つのだろうか。50歳を過ぎてから旅行の記録をつけだした。記憶はあてにならないので、記録をとっておけば、楽しかった想い出も慰めになるかと思ったからだ。ただ、それは今そう考えているのであって、当時は何を考えていたのか分からない。日記でも付けていればよかったのかもしれない。記録は物と結びつくと鮮明に記憶を思い出させた。そこで、神社仏閣のパンフレットなども捨てないで置いたのが意外に溜まってしまったという分けだ。記憶が不確かになれば、想い出もなくなると考えたとしたら何らかの強迫観念があったと考えられる。いずれ想い出も置いてこの世を去ることになるのだが、生きているうちに想い出を捨てようとすれば、強迫観念が引き金となってホーディング障害とやらが起きるやもしれぬ。

コレクターではない

物を整理して保管するのがコレクターであるとすれば、超整理法による時間軸で管理しているので、難しいと言わざるを得ない。紙ゴミは写真に撮って捨てるしかないと分かっているが、そんな時間があれば本を読んでいたい。本を読まずにこのブログを書くのも、本を読んだまま、忘れてしまった過去は取り戻せないので、本を読んだら良し悪しをメモしている。ここに書いている以上に書いているのはネットに掲載する内容には制限があるからに他ならない。思想信条の自由である。今読む本を考えるのは、やはり自分にとって楽しい読書をするためであるに違いない。

2018年8月27日 (月)

『戦国大名と分国法』(2018)その2

清水克行『戦国大名と分国法』岩波新書、2018年

第3章 六角承禎・義治と「六角氏式目」

六角氏式目は当主が家臣に作らせたものを承認したという。それぞれが起請文を作成しているという異例なものだ。大名が家臣団をしばるのではなく、大名の恣意的な行動が規制されている。清水克行氏は家臣が当主に迫り、形式上は当主の指示があったように見せているという。なるほど、成立の事情が下記のようであるならば、あり得る話だ。

六角氏式目が成立したのは、当主義治が重臣の後藤賢豊父子を粛清する事件に端を発した家臣団と紛争である「観音寺騒動」(永禄6年(1563))の後、永禄10年(1567)であり、永禄12年(1568)には織田信長により六角氏は滅ぼされている。

第4章 今川氏親・義元と「今川かな目録」

「今川かな目録」は東日本で最初に作られた分国法である。大永6年(1526)4月14日に今川氏親が制定したが、6月23日に死去したことにより、「今川かな目録」の影の制作者は夫人の寿桂尼とする説が出た。①制定時は病身で分国法の執筆は不可能②仮名書きであることは女性が書いたものというのが論拠という。清水克行氏は成り立たないという。①は条文にその前の年の記載があること、「今年大永五乙酉」とあるので20条は前年に骨子ができていたとする。「今川かな目録」の構成が整っていることから、すでに前年から用意されていたと考える。②は仮名文字だから女性とは短絡すぎる。寿桂尼の書状は漢字が少なく、漢文特有の返り字もほとんどない。寿桂尼の制作説は無理があるとした。
清水克行氏は今川氏親が一人で書いたようにある「あとがき」は事実と違うとした上で、共同作業で生まれた法と考える。整備された内容と「今年大永五乙酉」が前年と修正されていない理由を共同作業による修正ミスと結論している。

2018年8月26日 (日)

今日読む本(その4)

好奇心はコントロールできるのか?

趣味と仕事の本を考察した。どうやら本はそれ以外にあるのだ。所謂人文系である。これはこの短い時間では答えがでないと思う。片付いたと言えるか分からないというのが正直なところだ。小説は段々と読まなくなった。歴史、哲学、宗教、語学、美術は好奇心が引き寄せたものであり、結果として溢れている原因である。経営、経済は大学院へ大半が行ったので片付いたと言える。献本が残っているは仕方がない。それぞれのジャンルは片付ける余地が有る。小説については大好きな宮城谷昌光氏の本も読んだら処分しているくらいだ。新刊本は値が付くから処分がしやすい。

この分野で増殖しているのは、子安宣邦先生の本と課題図書である。段ボール5箱で今後も増えることは間違いない。先生がお元気なうちは先生と一緒に課題図書を読むのだ。朧谷寿先生の本と関係する歴史の本も場所をとる『京都府の地名』や『平安京提要』など本棚に入れたいが、段ボール箱の中である。そして山折哲雄先生の本と仏教の本も半端ない。このブログの常連の谷沢永一先生や山本七平氏もそれぞれ段ボール箱が充てがわれている。極め付けは所謂京都本と土産である。流行りの本は廃るのも速い。10年前の街歩きの本はほぼノスタルジーでしかない。だから捨てられないののだろうか。ほぼ紙ゴミと化した土産物を片付けなければ拉致があかない。お札を除いてこの花火大会で一箱整理できた。芸妓さん、舞妓さんの番組など、段ボール1箱ある菓子皿と同様に始末が難しい。みんなはどうしているのだろうか?

2018年8月25日 (土)

107「鬼もあきれる」千宗室

ひととき 2018年9月号の千宗室さんの京都(みやこ)の路地(こみち)まわり道は「鬼もあきれる」というタイトルでした。以前ならニ八は鬼門といいました。2月と8月は観光客も京都盆地の寒さと暑さとに恐れをなしていました。 しかし、今は暑さに強くなっただけでなく厚かましくもなったようです。家元の家の結界を越えて入り込む始末で警備員を雇ったといいます。まさに「鬼もあきれる」行儀の悪さに読んでいて残念な気持ちになります。横一列になってトローリーを引く集団のコトコトいう騒音に対抗して蜩もカナカナと鳴いたのでした。

2018年8月24日 (金)

今日読む本(その3)

仕事の本は捨てられるか?

趣味の本についての考察をしたので、仕事の本についての考察を加えようと思う。この場合、仕事とは過去・現在・未来にわたるものであることに留意したい。人生は学校を出たあとは仕事をして過ごすことになる。職を転々とすることなく同じ業種に長く携われたのは幸せなことだと考えている。

私の仕事は実務を扱うので、過去の本は、信頼に足らないので毎年改定される基本書を手元に置く。過去の本が必要になるのは、ケースを解釈するに当たり、制度趣旨を知りたくなる時だ。ビジネスの世界では制度設計で想定されていないことはよくある。実務は導入時に習得して、あとは差分を更新してゆくのが基本だから、必要なのは参照文献であり、調べる順序もある程度決まっている。

仕事の本は道具なので使える本であることが求められる。陳腐化すれば怖くて使えなくなる。改訂版が出れば、前のは容赦なく処分するし、マーカーで重要箇所を引いているので古本価値がない。資源ごみに回すか、取ってある。

仕事の本は必要ならば何度も買い直すから、捨てられるということになる。

仕事の本は消耗品である。

2018年8月23日 (木)

旧奈良監獄

週刊新潮の「とっておき私の奈良」ジャズピアニストの山下洋輔氏の1回目は「旧奈良監獄」でした。山下洋輔氏の祖父が設計に携わったそうです。その旧奈良監獄を保存するために山下洋輔氏は周到な運動を展開したそうです。そうでもしなければ残らない。

プラス1は「般若寺」でした。真言律宗の寺です。ここに行った時の記憶が弱いのですが、文献等の知識で何度も確認しています。記憶は作られる(笑)。

2018年8月22日 (水)

『戦国大名と分国法』(2018)

清水克行『戦国大名と分国法』岩波新書、2018年

ポスト戦国時代の「統治のあり方」に感動したのに、また、戦国時代へ戻っている。

桜井英治氏と共著の『戦国法の読み方ー伊達稙宗と塵芥集の世界』(高志書院、2014年)は3日間の対談集だった。清水克行氏はその後に調べたことを分かりやすくまとめてくれている。原文を引用する場合は全て平易な現代語に訳してくれているので気にせず読める。

第1章 結城政勝「結城氏新法度」
第2章 伊達稙宗と「塵芥集」
第3章 六角承禎・義治と「六角氏式目」
第4章 今川氏親・義元と「今川かな目録」
第5章 武田晴信と「甲州法度之次第」
終章 戦国大名の憂鬱

第1章 結城政勝「結城氏新法度」
結城政勝の「結城氏新法度」と聞いてもピンとこない。下総国の小さな大名である結城氏はあの「結城秀康」に名を継承されたのだ。徳川家康の次男で豊臣秀吉の養子なった羽柴秀康に結城政勝の養子となった晴朝から家督が譲渡されたのだった。
「結城氏新法度」は平仮名で書かれた。内容をみても、当主が一人で書いたものであり、独り言に近く、法度の体をなしていない。実効性もなかったようで、家臣統制に効果を発揮した形跡はないという。

第2章 伊達稙宗と「塵芥集」

伊達稙宗(たねむね)という字がすっと読めるくらいだから、何度かこの伊達稙宗に関して目にしたのであろう。
『塵芥集』が大きく「検断沙汰」と「庶務沙汰」に区分され、「庶務沙汰」が他国の分国法と比べて「杜撰」と清水克行氏は書いている。土地問題は当時の東北では近畿と比較して深刻ではないとの見解だ。むしろ、労働力としての下人(奴隷)に関する記述があり、未開拓の土地を開墾する労働者に関するトラブルがあった。

分国法に性格について著者は次のように述べている。
「通常、中世の法は現代の法とは異なり、大々的な公布を前提とはしていない。むしろ、支配に携わる者たちたちのための「行政マニュアル」とでも言うべきものだった」(P70)。そういうわけで、「塵芥集」は伊達稙宗が家臣たちに次々に配布したという意味で、大名が公布の意志を示した珍しい分国法だという。
「塵芥集」の公布から6年、戦国第一世代ともいうべき伊達稙宗(1488〜1565)は専制政治のあげく「伊達天文の乱」を招き、息子の晴宗によって隠居に追い込まれる。戦国時代と言えども専制政治は長続きしない。皮肉なことに、稙宗が望んでも得られなかった奥州探題の地位を晴宗が獲得する。先制支配は、足元の疲弊を招いたのだった。息子に地位を追われた大名は武田信虎、斎藤道三など専制支配者である。

2018年8月21日 (火)

今日読む本(その2の2)

趣味のプロセスを考える
趣味の部類の本の現状が分かったところで、これらの本が今日読む本になる確率が低い理由を想像してみよう。

趣味だった本が読まれなくなった原因
①熱中する時期が過ぎたこと
②代替的なものがあること

将棋を例にとると、将棋は指しているとき、詰将棋を作ったり解いたりしているときは主体的であり、時間を忘れている。仕事に追われるとそれもできなくなる。以前は『近代将棋』『将棋世界』など月刊誌を読んでいたし、『詰将棋パラダイス』を購読していた。これらは、(その1)では明確に書かなかったが若者達によってリサイクルにまわされた。

だからといって、日曜日はテレビ将棋を見ているし、最近はAbemaTVで対戦を見て身体が凝ったりもする。スマホで詰パラを解いたり、将棋DB2で最近の棋譜を確認したりもしている。新聞は日経しか読まないが、王座戦は毎日次の1手を考えている。

要するに将棋に費やす時間はそれなりにあるので、本まで手にするのは情熱が必要になる。好敵手に勝つために戦法の研究をするとか、子供達に将棋を教えられるように駒落ちの定跡知識を整理するとかがなければならない。そうした情熱がいつ訪れるやもしれず。本は時たま箱を開けて、詰将棋の本をパラパラしたり(ポケットに入るくらい小さくて薄いので通勤電車で読むこともある。)、二上達也九段が亡くなれば追悼のため詰将棋を解いたりもする。

趣味の段階が入門から始まり、本の良し悪しが判断できるところまで来ると、本の用途によって残るものは残ることになる。将棋の実戦譜は玄関の本棚に収まっているし、詰将棋の本は段ボール箱の中だ。別に無くなっても困らないが、引退も近いので、情熱が残っていればと思い、買い直した『将棋大観』は本棚にさしている。

2018年8月20日 (月)

天狗岳へ

南木佳士さんが天狗岳のことを日経に書いていた。北八ヶ岳の中でも天狗岳の双耳峰は目立つのだ。秋と冬がすっきりしていて好きだ。白駒池から往復すると結構時間もかかるが、苔のある樹林帯を満喫するには良いかもしれない。秋ににゅうから見た東天狗岳の眺めを思い出す。ツエルト被って森に抱かれた先人達はどこにいったのだろうか。

南木佳士さんの小説は読んだことがないが、小説家の観察眼で見た登山道の景色や同行者への労りの眼差しが感じられる山の話は読むとほのぼのする。老いの話を聴きながら一緒に山行している気分になる。

天狗岳へ:日本経済新聞2018年8月19日(日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO34265060X10C18A8BC8000/

2018年8月19日 (日)

『アングロサクソンと日本人』

渡部昇一『アングロサクソンと日本人』新潮選書、1987年

「新潮社の文化講演会」(昭和57年前期・1月ー6月の連続講演)のテープを書き起こしたものをもとに手を加えたものである。平易な文章であり、耳で聴いて分かる説明になっている。今なら地図などのビジュアルを用意するだろう。島国であるイギリスと日本の比較文化論となっている。高坂正堯がベネチアと日本を比べたのも島国との比較としてであった。

注)高坂正堯『文明の衰亡するとき』新潮選書、1981年

お盆が終わって、お精霊さんは帰っていった。本書はキリスト教の入る前のゲルマン民族の宗教観から話が始まる。親から生まれたことを重視する祖先神として日本と同じ祖先神という構造だったが、キリスト教という高等宗教の神である非祖先神が入り、祖先神を捨てたといっている。日本はどうかというと、仏教という高等宗教が入ってきたが、祖先神と両立したので、盂蘭盆に祖先の霊が帰ってくる習俗が残っている。

著者はアングロサクソンのいわれを説明する。イギリス人のことを普通アングロサクソンという。これはアングル人とサクソン人を合わせた名称であると。北ドイツあたりに住んでいたゲルマン民族の部族で449年にブリタニアに侵入して定着した。イギリスにはその後バイキングが来て国を建てたが、1066年に有名なノルマン・コンクェストがあり、ノルマン人のギョーム(ウィリアム1世)がフランスのノルマンディーから来て国を建てた。われわれの知っているイギリスはこれからである。

こんな話をしながら渡部昇一が会場から笑いをとって6回も講演したのかと思う。私は文化放送の百万人の英語で渡部昇一が英語の語源の講座を持ったのを聴いたくらいしかない。




2018年8月18日 (土)

『文明が衰亡するとき』(1981)

高坂正堯『文明が衰亡するとき』(新潮選書、1981年)

高坂正堯(まさたか)は衰亡論について想いを寄せる理由を書いている。

衰亡論はわれわれに運命を考えさせる。人間はだれでも未来への不安と期待の二つを持っている。それはわれわれが有限の存在だからであろう。人間はだれでも、自分の死んだ後、自分のしたことはどうなるだろう、と考える。そして、自分のしたことが受け継がれ、世の中がよくなることを期待しながら、他方よいものはこわれるのではないかという不安をぬぐい去ることはできない(P7)。

あとがきを読むと、ローマ帝国、ベネチア、アメリカの衰亡をテーマにした歴史散歩と言っていることから、衰亡との付き合い方も衰亡の歴史を識った大人の流儀であって悲観していない。

高坂正堯は西洋文明が衰退期に入ったと思われる節があるとして、「たとえば工業製品について、アメリカやヨーロッパでは、日本では考えられないような欠陥商品が現れ始めたが、それは工場の紀律の弛緩を反映している」(P12)としていた。この事実関係を確認していないのでパラレルに日本に持ってこれないけれども、最近の日本のそれも高坂正堯が衰退期とみなしたと思われるようなニュースに溢れているのではないか。



2018年8月17日 (金)

今日読む本(その2)

趣味の本は捨てられるか?

研究者でない以上、本は仕事か趣味の本である。学術論文集もあれば、シャンパンの泡の科学の本もある。履歴書に趣味を読書と書く人間なので、これといった趣味はないと本人は思っているが、周りからみれば趣味の人というのが、客観的な評価らしい。

将棋を高校生になって覚えた。部活に明け暮れた中学時代とは違い、お帰り倶楽部だったが、教室で指してる同級生のやりとりを飽かずに眺めているうちにルールも分かった。入門書を買ってきて読んだのが始まりで、誘われて同好会に顔を出すようになった。加藤一二三九段の初段を目指すシリーズを読んで将棋の面白さに目覚めた。高校選手権の県代表になったくらいだから、本の力だろう。升田幸三九段の初段えの招待シリーズは興奮した。こうした本は知人のお子さんが将棋を始めたというので差し上げた。木村義雄第十四世名人の『将棋大観』(1976)という駒落ちの本も、まだ早いかと思ったが使ってもらった。そういうわけで、手元に残ったのは実戦譜やエッセイそして詰将棋の本だ。詰将棋の本は段ボール2箱分ある。

勤めるようになって、山へ行くようになり、本や雑誌に写真集、当然、ヘルメットやザイルなどの山道具が増えた。並行して世はパーソナルコンピュータの時代となって、PCにソフトやコンピュータ言語の本が山と積まれた。腰を痛めて山をやめたが、雑誌は買い続けていた。実家のリフォーム時に山道具が整理され、シュイナードのピッケルが2本とロックスの一揃いと2#フレンズがリコールで修理されたのが、行くあてもなく研究所に転がっている。研究所の山の雑誌は若者たちにより処分された。登山を扱った小説や漫画も片付いた。BOOKOFFで引き取ってくれそうもない古びた本とページがくっついた山岳写真集が残っている。

コンピュータはソフトやハードを処分したし、雑誌は真っ先に捨てられた。特に目立つことはなくなった。先月もSemantec Web関係の本を大学院へ搬出した。セキュリティ関係の本は処分を拒否しているものもあるのでいくらか残っている。

趣味の本について自分の履歴を見てきたわけだが、趣味の本も捨てられるものは捨てられるというのが実感だ。山に行かなくなれば、山の技術書を読まなくなるし、ルート図や登攀記録も興味を失う。捨てられないのは何度も読んだ登攀記録と写真集だ。将棋も戦法の本は古びて使えない。実戦譜は何度も並べたことで愛着が残る。これから並べるかどうか分からないが、捨てるのは忍びない。コンピュータ関係も技術進歩の激しい世界なので、陳腐化も早く、それでも残したのは名著と言われる本である。最近も事務所からワインバーグの本を持ってきた。SFやミステリーは本がやけて読めなくなったのでリフォームの時に捨ててしまった。海洋冒険ものも、特命検事なども残っていない。所謂趣味の本については片付いたという認識でいる。

2018年8月16日 (木)

今日読む本(その1)

何を読むか

何を読むかという本をよく読んできたが、自分にあてはめて読む本を探すのは難しい。今日読みたい本を手にしている時は意外に少ないものである。以前なら例えば『海の男/ホーンブロワーシリーズ』の最新号を手にすれば、その夜は何もすることなければ読むことに集中できた。今でも、宮城谷昌光氏の新刊が出れば、その日はご機嫌だ。

課題図書が与えられば、買って読むことにしている。大型書店で見つからなければネットで手に入れて読むことにしている。これも自分が選ぶわけではないが、読んで書いてあることを知ることで、自分の世界を広げることにつながる。課題図書というだけで読む動機付けがされる。

では、そういった優先順位付けがない場合、それがほとんどだが、何を基準に読む本を選ぶのだろうか? 研究者ではないので、読書に明確な目的があるわけでない。過去からの選択の結果として、書庫に本は積み上がっている。溢れていて探せない状態だ。あると分かっていても、段ボール箱を片付けて、本棚に辿り着くことは難しい。途中で代替本を見つけてやめてしまうのがせいぜいだ。

だから、今日読む本は、ソファに置いてある本、実家の本棚を眺めていて持ってきた本、例えばチェスの本のことだ。自分のリーチにある本か、本屋で目にした新刊本で買ってきてソファに置いてある本だ。フローリングには本を置かないことにしたので、本はソファか、寝床の側にあるのを読む。書庫は選択肢に入らない。では、今日読みたい本を読むためには私の場合、本を捨てるのが一番なのだろうか。今までの流れはその路線にあるようだ。大学院で書棚を設けてもらったり、災害への寄付のために処分したり、町の古書店に引き取ってもらってきた。その分野は結果として興味を失っていく。学会にも行かなくなったし、本も買わなくなった。

2018年8月15日 (水)

鳥取の海幸

地元のバイヤーから届く海の幸(笑)。鳥取を満喫する夏の贈り物! お心遣いに感謝して、残暑を乗り切るぞ!

2018年8月14日 (火)

『Tigran Petrosian his life and games』(1974)

Vik. L. Vasiliev『Tigran Petrosian his life and games』1969年ロシア語版の英訳、R.H.M. Batsford 、1974年

Tigran Petrosian(world champion 1963-69)というグルジア出身のチェスの元世界チャンピョンの伝記というか殆どchessのスコア(棋譜)の解説を読んでいるというか並べている(多分探せばchessのアプリがあってスマホでできるのだろうけど、盤に駒を使っている。)。書かれたのは1969年にSpasskyに敗れる前までで、そのあとは訳者であるMichael Basmanが「Losing the World Championship」を自ら書き(彼はInternational Masterとchessの強豪である。)、最後にTigran Petrosianの文章「The candidate's matches as I saw them」を載せている。Spasskyに敗れてからの世界予選の対戦相手のことを書いている。復帰する気満々なのだ。僕のchessに関する知識は、Petrosian→Spassky→Fischerまでなので、とうに時代遅れになっているけど、何故が処分する気になれない本達なのである。






彼の半生を棋譜をして語る。読者登録のカードが挟んであった。こんな小さな郵便物があったとは。

2018年8月13日 (月)

『細川忠利 ポスト戦国時代の国づくり』(2018)

稲葉継陽『細川忠利 ポスト戦国時代の国づくり』吉川弘文館、2018年

日本近世社会における統治のあり方を史料に基づき丁寧に論じた書である。織田信長のもとで初陣した細川忠興の嫡男の細川忠利がポスト戦国時代に小倉藩から熊本藩で実践した統治の枠組を追うことで、領主が百姓とどう向き合ったのかを明らかにする。

元和7年(1621年)に36歳で家督相続したあと、惣奉行衆による藩政改革を行う。郡奉行と村庄屋の間に手永(てなが)という地域単位を置き管理責任者である惣庄屋を置いた。この統治の枠組が実施される過程を史料から読み取るのは臨場感があって面白かった。しかも、藩内には父忠興(三斎)の隠居領が治外法権のように点在する。三斎との対立を家臣の起請文などで裏付けているのだ。

読み進めるうちに、細川忠利が藤原惺窩による儒学の修養と高麗八条流馬術の奥義を得た文武両道の達人であるだけでなく、「私なき」統治者として、「公私の区別を明らかにし、百姓を私的・恣意的な支配にさらしてはならない」(P175)とする実践者であることが分かる。

著者の問題意識は江戸時代の「天下泰平」がいかに長期維持されたかにある。戦国の一揆の世に逆戻りさせないために、島原・天草一揆のあと、「百姓と武士が武器行使を長期にわたって自己規制した事実の背景に、日本近世社会における平和的価値の一貫した尊重と発展をこそ読み取るべきであろう」(P206)とする指摘は心に留めて置きたい。

三斎が存命中に忠利が急死し、跡を継いだ三尚が8年間の治世で急死する。「忠利のもとで確立したはずの「御国家」の危機に、家老衆,奉行衆の合議体制は、そして郡内各手永をユニットとして展開していた地域行政は、いかにして対応したのだろうか。十八世紀中葉の藩政改革まで、ちょうど100年。時代を画するこの大きな節目まで、ポスト戦国世代を起点とする「統治の歴史」は、いくつもの波乱を含みながら、まだまだ続くのである」(P233)。こんな風に終えられてしまうと、気になってしょうがない。

2018年8月12日 (日)

四都手帖2018年09月【編集中】

2018年9月の私的な愉しみと記憶

長月の思ひではなんでしょう。秋めいた感じの古都を味わうのは夕方の風が涼しくなって、花街が賑わいへと変化する時間でしょうか。名残りと先取りを味わうとすれば鱧松をいただくに限ります。馴染みの割烹はそのためにあるのですから。

【古都】
まだ、夏の旅が終わらない。
京の夏の旅 文化財特別公開
2018年7月7日(土)〜9月30日(日)
輪違屋(2018年7月8日(日)10時〜12時は見学休止)
角屋 2018年7月19日(木)〜9月14日(金)
旧邸御室 (2018年8月14日(火)〜16日(木)は見学休止)

平安博物館回顧展 古代学協会と角田文衞の仕事 京都府京都文化博物館 2018年7月10日(火)〜9月9日(日)

生誕110年東山魁夷展 京都国立近代美術館 2018年8年29(水)〜10月8日(月)

【湖都】
滋賀県立近代美術館
2017年4月1日より改修・増築工事のため休館中。2019年3月31まで展示予定はありません。


【旧都】
阿字観瞑想 大安寺 毎月第2日曜日(午前中)

奈良フードフェスティバル2018 -シェフェスタin 奈良- 奈良公園登大路園地 2018年9月15日(土)〜24日(月)

【水都】
プーシキン美術館展 国立国際美術館 2018年7月21日(土)〜10月14日(日)

いっとかなあかん店、ありませんかね。

編集
2018/08/20 「生誕110年東山魁夷展」を追加。

2018年8月11日 (土)

東都手帖2018年09月【編集中】

2018年9月東都散歩のための私的な愉しみと記憶

長月を考える想像力が真夏の太陽のもと萎えてしまう。しかし、「世界を変えた書物」展は激混みが予想されるが見に行きたい。

特別展 金剛宗家の能面と能装束 三井記念美術館 2018年6月30日(土)〜9月2日(日)

特別展「縄文ー1万年の美の鼓動」国立博物館、2018年7月3日(日)〜9月2日(日)

没後50年 河井寛次郎展 汐留ミュージアム 2018年7日7日(土)〜9月16(日)

琉球 美の宝庫 サントリー美術館 2018年7月18日〜9月2日(日)

禅僧の交流 根津美術館 2018年9月1日(土)〜10月8日(月)

「世界を変えた書物」展 上野の森美術館 2018年9月8日(土)〜24日(月)

2018年8月10日 (金)

酒場 井倉木材

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の青山七恵氏の4回目は「酒場 井倉木材」でした。なるほど昼は材木店だが、夕方には立ち呑み酒場へ変身する。

プラス1は「京都木材会館」でした。4階建ての木造建築です。

2018年8月 9日 (木)

『人と企業はどこで間違えるのか』(2014)

ジョン・ブルックス、須賀綾子訳『人と企業はどこで間違えるのか 成功と失敗の本質を探る10の物語』ダイヤモンド社、2014年

「本書は1959年から69年にかけて執筆されたエッセイのアンソロジーである。2014年の夏になってビル・ゲイツが「最高のビジネス書」として紹介し、しかもウォーレン・バフェット氏から20年以上前に借りて、それ以来何度も読み返している本であるというエピソードがついたことで大きな注目を集めた作品だ」(P360 訳者あとがき)。

折にふれ読み返している。起業の本を読んでみて、ここに書いてあることも新しい事業を起こすことであり、その点で変わりはない。経営資源の差はあるにしても、成功もあれば失敗もある。

12の物語を翻訳するに当たって、アメリカ連邦税制、金本位制をテーマとした2章は割愛したというのを読むと、この本の時代性を感じざるを得ない。

2018年8月 8日 (水)

平安博物館回顧展

京都府立京都文化博物館へ行く。目的は「平安博物館回顧展 - 古代学協会と角田文衞の仕事 -」(2018年7月10日(火)〜9月9日(日))だ。京都府立京都文化博物館の前身の一つが古代学協会が設立した平安博物館(1968〜1988)である。角田文衞が館長となり、職員を学芸員とするのでなく大学と同じ職階を与えていたユニークな研究機関だった。場所的には別館が拠点となっていた。

我らが朧谷寿先生も当時、平安博物館文献学研究室助教授(昭和50年から60年)であったことが、資料から分かった。

2018年8月 7日 (火)

「トランクの中の日本」展

北野天満宮は北野七夕祭であった。長五郎餅の出店が出ていたし、三光門の前の庭に御手洗川があったけど、下鴨神社と違い水の行場が見えない。御手洗川足つけ燈明神事はちらっと覗いてみて人も少ないので橋を渡ってやめにした。御朱印が出ていたので七夕限定のをもらう。

「菅公御歌 彦星の行あひをまつ かささぎの 渡せる橋を われにかさなむ」

今出川通を渡り一本うどんのたわらやのある通を行くと右手に京都佛立ミュージアムがあった。2015年7月7日から2016年1月31日にかけて開催した「トランクの中の日本 戦争.平和.佛教」展を2018年6月8日から10月8日まで再度開催中だった。故ジョー・オダネルがトランクに封印した写真のネガから引き伸ばした佐世保や長崎の写真が印象的だった。ポスターは焼き場に立つ少年だった。死んだ2歳の弟を背負って直立不動の姿勢の少年がファインダーの先にいたのをジョー・オダネルはどんな気持ちでシャッターを切ったのだろうか。悲惨なものは目を背けたくなるが、忘れてはいけないことがある。




2018年8月 6日 (月)

真夏の京都

今年の夏は暑い。京都の夏の暑さ知る身としては身軽な服装で来たいところだ。しかし、39度の予想のなかジャケットを着ている人は私の他には見かけない。

ナイトキャップ用の本をふたば書房京都八条口店で手に入れて、どこか涼むところを探そうと思って、海外からの団体さんで混み合う新幹線のコンコースを後にした。

しばらく行かないうちにふたば書房京都駅八条口店のレイアウトが変わっていて少し戸惑った。入口左手の京都本コーナーや左側の壁にあった人文が文房具売り場になっていたのだ。右手中程に移動していた人文の品揃えは私好みなので、いくつか手に取ってみて、稲葉継陽『細川忠利』(吉川弘文館、2018年)を買う。『近世日本社会成立史』(校倉書房、2009年)を書いた稲葉継陽氏の本を読みたいと思っていたので、天河大辨財天の柿坂神酒之祐宮司と鎌田東二先生の『天河大辨財天社の宇宙 神道の未来へ』(春秋社、2018年)はまたにした。なんせ鞄に入らない(お菓子のせいとは言わない。)のだから仕方がない。夏はどうしても着替えが必要なので、大きめのバックにすればよいのに普段の仕事用の手提げで着てしまうのは、京都が非日常ではなく生活に繋がっているところと考えているせいであろう。タクシー乗り場側に出るドアがレイアウトの変更の影響か使えないことに気がついた。これはタクシーに乗るなということかと合点して元に戻る。

駅の喫茶店は海外からの観光客で溢れかえっていたので、二条までJRに乗ることにした。電車は空いていて、読書には都合がよいのだが、残念ながら二駅目で降りる。旅は目的のないのが一番であることは言うまでもない。目的が無ければわざわざ真夏の京都に来なくてもよくて、そうなればこの駄文を書き連ねることもない。ただし、これからは週末のお誘いの断り方を工夫する必要があると思ったことは確かだった。2件の用事を抱えるとインターネットで注文できるのに、わざわざ出向くことに何らかの精神的なメリットがなければならない。

乗ったタクシーの乗務員さんに39度になると言われた。北野天満宮の一の鳥居前につけてもらう。京の七夕の笹が飾られていた。クマゼミの鳴き声がうるさい参道を歩いて、外灯の下からミストが出ているのに気がつく。熱中症対策なのだろうか、気休めなのだろうか。楼門前の梅苑の入口のあったところに文道会館が出来上がっていた。三光門を潜ると、右手の授与所が工事していて、西回廊に授与所が移っていた。並ばずにお参りできるのも真夏のせいであろう。

東門から上七軒へ行き、打水している人を左手に見送り老松へ入る。夏柑糖は既に終わっていたので、晩柑糖を届けてもらうことにした。要件が済めば少し休みたくなるのは人情で先程見かけた人のいる喫茶店のドアを開ける。客は誰もいない。カウンター側の奥に座る。花街出身と思われる店の人に普段は飲まないアイスコーヒーを頼むと、トーストを付けますかと聞いてきた。モーニングの時間帯であった。格子窓から外が見える作りは京都ならではで、店の準備に忙しいく働いている街の人々が見える。出来上がったトーストは6分割で一口サイズに切ってあり、いかにも花街のトーストだ。美味しい。上七軒の芸舞妓さんの団扇が掛かっているを見ていると、去年の寿会のパンフレットを持ってきてくれて、フィナーレのページの写真を開けて、この芸舞妓さん達のだという。梅はる姐さんの顔を見つけて口許が緩む。涼んでいると、二人組みの老人が入って来たが、いかにも慣れていない。大阪から用事で来たことが会話で分かる。聞いていても仕方がないので、喫茶店を後にする。振り返ると喫茶梅という看板が上がっていた。



久々の京都モーニング事情(番外編)

2018年8月 5日 (日)

『〜現地録音による決定版〜 正調 郡上おどり』(2002)

郡上おどり保存会『〜現地録音による決定版〜 正調 郡上おどり』キングレコード、2002年、廃盤67分58秒

京都市役所前の広場で郡上おどりが2008年より岐阜県人会により開催されていたが、2017年6月よりゼスト御池地下街御幸町広場で行われるようになった。ゼスト御池での開催はまだ見たことがない。京都市役所前の広場では何回かみたことがある。相方と一緒に見てから随分経ったのだと思う。このCDはゼスト御池でプロモーションしているときに買い求めたもので、御多分に洩れず封を切っていなかった。郡上八幡には訪れたことがあるが、この長い盆踊には参加したことはない。

10曲のうち、春駒とヤッチクは覚えていて、しかも、夏の暑さのなかで繰り返される「七両三分の春駒 春駒」とか「アラ ヤッチク サッサイ」の掛け声を聴くと気が遠くなってくる。夜道を歩く下駄の音、浮かび上がる提灯の明かり、子供の頃の曖昧な記憶の中に、自分が盆踊を好きだったことを知る。



2018年8月 4日 (土)

『凱旋門』を観る

『凱旋門』
ーエリッヒ・マリア・レマルクによるー
『Gato Bonito !!』
ーガート・ボニート、美しい猫のような男ー

宝塚の雪組公演である。『凱旋門』は専科から轟悠が降臨した。2002年に雪組で初演しているため、再演となる。

1938年第二次世界対戦前夜のパリで、
ラヴィックがジョアンを助けるところから始まる一年間のメロドラマである。
1939年ナチスドイツがチェコに侵攻し、チェコを併合(1939年3月15日)、国外追放されたラヴィックが戻ってきて、復讐を果たし、ジョアンが三角関係の末に撃たれて死んでしまう。

イギリスに続きフランスがドイツへ宣戦布告(1939年9月4日)し、灯火管制の敷かれたパリでラヴィック達が強制収容所へ向かうところで終わる。

時代背景もあり、舞台は暗い夜の場面が多い。昼にパスタの大盛りを食べた知人は眠くなるかもしれないと言っていたが、上海焼きそばで済ませた私もいつとはなくこっくりしてしまう。スターにスターを重ねたのでは、皆んなの出番がなくなる。

後半の『Gato Bonito!!』は、スター望海風斗の歌と踊りが楽しめて、少し盛り返した。

猫の種類が豊富であることを気づかせてくれた。犬には興味があったが、猫にはそこまでの知識はない。

第二次世界大戦への過程がミュージカルでは少し正確に語られていないというのが、知人の感想だった。私もオランダへの侵攻、いわゆる電撃戦は1940年5月であり、ミュージカルのなかで、ナチスドイツのオランダへの侵攻を伝えるニュースはおかしいと思っていた。

第二次世界対戦の歴史を通史として読みたくなった。読んだり映画等で見たりした個々のキャンペーンをつなげてみたくなった。戦史としての雑誌は既に処分されてしまったので、チャーチルのThe Second World War のペーババックしか残っていないのだが、何処にあるのやら。

2018年8月 3日 (金)

京都府立植物園

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の青山七恵氏の3回目は「京都府立植物園」でした。ここは広いし、観覧温室は日本最大級です。青山七恵氏は植物園がお好きなようですね。

プラス1は「京都府立京都学・歴彩館」でした。京都府立総合資料館がリニューアルしました。新しくなったから行っていません。

注)京都府立植物園は北山門から入って正門に出ていたので、北大路通に出てから不便でした。逆のルートで北大路駅から賀茂川を渡り正面から北山門に抜ければ、すぐ北山駅なので、次へのアクセスが楽になります。北山通でお茶するのが楽しみです。

植物園の中にある半木(なからぎ)神社は知る人ぞ知るところです。

2018年8月 2日 (木)

燃え尽きたか?

花火が終わって、燃え尽きたような自分がいる。一番いけないのは、片付けが終わらなかったことで自分を責めることだろう。この辺りの精神的ケアについては仕組みを理解したつもりだった。

本来の自分ならこのくらいはできるはずという無意識的基準で作った計画に対し、まてまて、今までのペースで考えてみろ、その時間を確保できるのか? ということで現実的な計画に補正をしたつもりだった。反省する点があるとすれば、予定外にお誘いが多く、予備日も使い果たしてしまったということである。

勉強会というのはカレンダーに入れるのは容易だが、その後の飲み会はそもそも予定していない。作業時間がなくなるわけである。予備日を設定するのは計画作成では必要である。しかし、現実は作業予定日がお誘いで消え、本の選別にも時間がかかったし(ある程度処分したなかから振り分けるのが難しくなっていた。「読んだ本を捨てるのは研究者じゃない」vs 「要らんもんは要らん」 )、パンフレット、チケットや記念品などの紙屑の箱を若者に処分するように言われたが、整理しながらでないと難しいのだ(気持ちの整理が)。おまけにCDをBGMとして聴くだけにすればよいのに、ブログにメモしている始末である。これでは、時間がいくらあっても足りなくなる。

このブログが原因の一つとして、片付けが終わらなかったという認識が正しいとすれば、目的優先ならばブログをやめればよい。または、作業可能な時間の見積もりを現実に合わせて減らせばよい。その時間でできる片付けをすればよいのだから。1日1時間として300時間は稼げるはずである。まあ、どうせなら本を読んでしまうけど。転換可能な資源として早い段階なら利用可能かもしれない。流石に、押し迫ったら、30時間では何もできないが。

バックの中の読みかけの本以外は段ボール箱の中に隠れてしまった。CDは聴いている郡上おどり以外の入っていた箱はあいにく、奥の下の方になった。ということで、しばらくは片付けを忘れて広くなった部屋を味わうことにして、腕や脚腰の疲れを癒そう。

2018年8月 1日 (水)

『ピーター・ティール』(2018)

トーマス・ラッポルト、赤坂桃子訳『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』飛鳥新社、2018年第4刷

イーベイ、パランティアを起業したPeter Thielをドイツ生まれの起業家、投資家、ジャーナリストのThomas Rappoldが描き出した本だ。

逆張り思考と言っても、Warren Buffettとは異なる。

スタンフォード大学でRené Girardに学んだという。模倣(memesis)は競争を生み、競争はさらなる模倣を生む。Peter Thielは競争を嫌い、独占を目指す。

起業についてもう一度考えるために本を読んでいる。本書は私の立場で学びたいこととは違うようだが、Peter Thielという投資家の考え方は面白い。

2018年7月31日 (火)

2018年07月購入図書

2018年07月購入図書
7月はもはや盛夏である。そして8月は晩夏である。

(購入後記)
存在意義を知るために、始まりに遡る。森本公誠長老が東大寺の現代的意義を考える。我々はそこから何を学ぶのか。

起業についてもう一度考えてみたい。

翻訳による日本語論のため、カテゴリは【知】にした。

武士と侍は違うというところから、武士は(弓馬の)芸人であることを学ぶ。

若松英輔氏の推薦する詩集を買う。

米市場(こめいちば)が分からねば江戸時代は語れない。

【歴史】

高橋昌明『武士の日本史』岩波新書、2018年

森本公誠『東大寺のなりたち』岩波新書、2018年

【知】

牧野成一『日本語を翻訳するということ 失われるもの、残るもの』中公新書、2018年

【経済】

高槻泰郎『大坂堂島米市場』講談社現代新書、2018年

【経営】

進藤晶弘『起業で本当に成功するために大切なこと』日本経済新聞出版社、2015年

【文学】

原子朗編『大手拓次詩集』岩波文庫、1991年、2018年第4刷

2018年7月30日 (月)

2018年07月購入古書

2018年07月購入古書

花火があるので本はご法度。しかし、課題図書はokなのだが、歌仙はバレたら怒られるだけ。

日本思想大系も荻生徂徠とかは、なかなか安いのを手に入れられない。

和辻哲郎の『続日本精神史研究』は課題図書で購入した。しかし、新仮名遣いだとなんか味気ない。kindle版は『日本精神史研究』しかないが、電車の中で読む。全集版は重いので電車の中で立ったまま読むのは辛い。続編は研究所で読む。

石川淳選集を見ていたら、歌仙が読みたっなってポチした。酒に俳諧で決まり。

そういう意味では、占領期の話は必要不可欠。

何度も買ってしまう本は生き方の本だった。

【思想】
吉川幸次郎、丸山真男、西田太一郎『日本思想大系36 荻生徂徠』岩波書店、1973年

和辻哲郎『和辻哲郎全集第4巻 日本精神史研究・続日本精神史研究』岩波書店、1962年

【歴史】
袖井林二郎編『世界史の中の日本占領』日本評論社、1985年

【知】
板坂元『考える技術・書く技術』講談社現代新書、1973年、1992年第47刷

【文学】
石川淳、丸谷才一、杉本秀太郎、大岡信『浅酌歌仙』集英社、1988年第2刷

2018年7月29日 (日)

2018年07月書籍往来

2018年07月書籍往来

梅雨が早く明けたので、外に出るのが少なくなった。本はその意味で屋内に適したものだ。

明治維新から150年の今年は、近代日本を考える節目の年といえる。すでに数年前から近代日本の問題を考えてきた。大学生の時の本を引っ張り出してきて、未消化だった当時はすでに自分の中にもない。また、新たな気持ちで読むことになる。明治維新による断絶と継続の問題については、やはり具体的に江戸思想史から入って失われたもの(可能性)を見ていかないと、抽象的な、あるいは借り物の見方になりかねない。維新前後を渋沢栄一の行動と思想からみる山本七平はユニークだった。もう少し範囲を広げてみたいと思っている。

藤田省三『維新の精神』みすず書房、1967年第1版第1刷、1975年第3版第1刷

藤田省三は維新の原理を「横議」・「横行」・「横結」が発展し維新は発生したと見る。

藤田省三『天皇制国家の支配原理』未來社、1966年第1版第1刷、1977年第2版第8刷

丸山眞男の弟子だった藤田省三に習うことはなかったが、当時は影響力があって、本を手にしたのだった。

2018年7月28日 (土)

現代音楽の夕べ

東京文化会館小ホールでのヴォクス マーナ第40回定期演奏会へ行く。指揮者の西川竜太氏が作曲家に初演について話を伺うことから始まる。会場にいる作曲家が演奏ごとに最初と最後に登場する仕組みだ。流石に巻いていたけど時間がかかる。ヴォクス マーナは男女6名づつの声楽アンサンブルである。

Vague Objects
まるで美しい制約を課しているかのように、池田拓実氏は声帯にこだわって曲を作ってくれた。ほっぺを叩いても音になる。

elastic exercise
瓶を吹く音や百均の発泡スチロールの擦った音を福井とも子氏は要求した(安い!)。テキストも使ったし、声帯以外の身体を使った音、つまり足を踏みならすこともしていた。

“改造コメディ”への追加の1ページ&/月のマドリガル op.64 25分
南聡氏はテキストが聞き取れなくても良いという。しかし、何も声楽家にお面被せてコメディをさせる理由が分からない(笑)。ピアノの篠田昌伸氏にもお面被せてワンシーン。リハーサルとか大変だっただろう。ティッシュの箱も楽器なり。

休憩20分で、私たちはいつものようにシャンパン1,400円、白ワイン700円×2を頼む。スーツの人は私くらいであったことが分かる。

後半は、舞台側で待機して呼び出しに応えて巻きに協力的な作曲家もいたが、たいがい作曲家は後ろの席にいた。

In The Distance
平石博一氏の古典文学から発音を拾って行く試みは、リズムの心地よさがあった。

Constellation 2
松平頼暁氏の不協和音を聴くと、現代音楽であることの特色が一番出ていたと思う。

アンコールは、プログラムに書いてないので、Webで確認した。伊佐治直氏の二つの日記(アンコールピース第16作目)7分だった。母親の日記に曲を付けた「プール」と「花火」を聴くと、5人兄弟の末っ子の様子が微笑ましく感じられた。1951年の日記であった。

21時半終了と宝塚並の時刻には恐れ入る。ラストオーダーに間に合うように、車で東日本橋へ移動し、cillic(チリック)でTボーンステーキと、その脂身でガーリックライスをいただく。泡と白を飲みながら、ムラ談義に花が咲く。次は雪組公演だ。



2018年7月27日 (金)

下鴨神社

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の青山七恵氏の2回目は「下鴨神社」でした。ここに来ると暑さも少し和らぐのでしょうか。みたらし祭は御手洗池に向かって輪橋の下へ降りて行きます。膝下まで冷たい水がきます。そして、ロウソクを献灯し、池から上がってご神水を鴨のくぼてで飲みます。ああ、夏という感じです。

プラス1は「旬菜ダイニング葵匠」でした。老舗「田辺宗」の直営の和食店でした。

注)
今年のみたらし祭の足しつけ神事は2018年7月20日(金)〜29日(日)。

御手洗の足しつけ歩む土用の日

2018年7月26日 (木)

『大和秦曲抄Ⅱ 五体風姿』(2010)

総合制作 大倉源次郎『大和秦曲抄Ⅱ 五体風姿』檜書店、2010年、DVD103分

装束と面を付けない「舞囃子」と「一調」からなる。『大和秦曲抄』の続編である。囃子方中心の映像となっている。

観世流観世清和、喜多流粟谷明生、宝生流近藤乾之助、金剛流金剛永謹他のシテ方に対し、一噌流一噌仙幸、大倉流大倉源次郎、葛野流亀井忠雄、金春流金春國和他の囃子方の組合せが壮観で嬉しくなる。

金剛永謹の謡と山本孝の大鼓の一調で演じる「天鼓」など普通は見ることができない。稽古は一対一。観世清和の大鼓の師匠は亀井忠雄。一調は「女郎花」なり。

高砂
八島
羽衣
天鼓
乱(みだれ)
恋之音取
夜討蘇我
女郎花(おみなえし)
葛城(かずらき)

今回も稲畑廣太郎の俳句がついている。
葛城では、「言霊を招き山開となりぬ」と祝歌を詠む。

注)煩雑に映るため敬称は省略した。




2018年7月25日 (水)

106「書かぬが一番」千宗室

ひととき 2018年8月号の千宗室さんの京都(みやこ)の路地(こみち)まわり道は「書かぬが一番」というタイトルであった。路地ともまわり道とも何ら関係のない話をするのは珍しい。(新幹線の中で)『ひととき』を読んだ知人や初対面の人から名刺の肩書に「随筆家」とか「エッセイスト」と入れないのかという質問に答える形で、自分は趣味として書いている。一文で未来を切り開く気概はないので肩書など恥ずかしいと書いている。

家元とは流儀の中のことである。表は名前のみ、裏側に連絡先が書かれた名刺を使っているという。

ここで終わっていればタイトルとはならなかった。

以前に、書くことに関して、老師の下問に答えた折、お前は「書かぬが一番」と言われたという。己の慢心が覗いたのだろうと書いて、要らぬことを書いたと照れている。

私も何故こんな要らぬことをしているのか、始めたきっかけを思い出そうとしたけれども、Twitterを遡るのは限界がある。『ひととき』2018年8月号の表紙は常照皇寺の山門であった。雲ヶ畑のまたその先の山国である。

注)賀詞交換会でもらう大臣の名刺も名前だけだが、連絡先がない。

「衣笠山の裾野の池の畔に佇むD院」とはどこのことだろう。禅寺の老師が隠棲する場所である。本来、私の興味は家元のいうMだとかSだとかのぼかしを探ることにあった。

金閣寺に鏡湖池があり、Dのつく院は大書院である。
龍安寺に鏡容池があるが、Dのつく院はない。

2018年7月24日 (火)

『大和秦曲抄』(2009)

総合制作 大倉源次郎『大和秦曲抄』檜書店、2009年、DVD91分

謡と囃子の世界がここにある。

第一部 大和の神々
「翁」は地頭が梅若玄祥、笛が藤田六郎兵衛、小鼓(頭取)が大倉源次郎、大鼓が亀井広忠と聴きごたえがある。14分13秒

「三番叟」11分52秒
「神舞」 3分53秒
「三輪」 14分01秒
「羯鼓」 5分43秒
「野守」 7分42秒
「獅子」 6分42秒

第二部 謡と鼓の世界
一調である。「一調とは、鼓や太鼓などの打楽器との二人で演奏する能の略式演奏の一つ」(解説)。
「歌占」 4分02秒
「松虫」 4分14秒
「勧進帳」7分05秒
「三井寺」7分46秒

曲の解説に稲畑廣太郎の俳句が配されていて、「松虫」では「虫時雨闇を深めてをりにけり」とある。

注)煩雑に映るため敬称は省略した。



2018年7月23日 (月)

『考える技術・書く技術』(1973)その3

板坂元『考える技術・書く技術』講談社現代新書、1973年、1992年第47刷

6.仕上げ
本における漢字の比率に言及したなかで、当用漢字を評価している箇所が懐かしい。

「60年代後半の日本文学に難解な文章があらわれたこともたしかだが、その一方では読みやすい名文もこの時期にあらわれている。清岡卓行・辻邦生・吉井由吉など、かぞえあげてゆくと、60年代後半は当用漢字で書く名文が成立した時期でもあるのだ。こういう作家たちは、当用漢字しか使えない不自由さなど感じていないはずである。そして、昔の本が漢字の割合が多いために、開いたときにページ全体が、灰色に見えたのに対し、60年代の本のページが白っぽく明るくなってきた」(P194)。

著者も意識的に漢字を平がなにしている。漢字の含有率35%が標準となっていた時代である。かといって平がなを増やせばいいという問題でもない。著者は林芙美子の文章は疲れるという。

「どういうわけか林の文は、前にもどって読みかえさなければならない個所が多すぎる。平がなの部分が前後の語とくっついて、文意が通じにくくなるのだ。文は全体としてやさしい方なのだが、読み通す時間は普通の小説より長くなりがちになる。林は、読む人のことをあまり考えないで書いた人ではなかろうか」(P195)。

文学談義が出たところで、まとめとなる。本の最初に書かれた頭のはたらきというものに差がないとしたら、最後は、誠実さと情熱とが勝負を分ける。この本は生き方の技術の本でもあった。どうりで読み継がれるはずである。

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2018年7月22日 (日)

『考える技術・書く技術』(1973)その2


板坂元『考える技術・書く技術』講談社現代新書、1973年、1992年第47刷

3.実践し易さ
著者が国文学の先生であることをすっかり忘れていた。記憶は嘘をつく。しかし、もっと驚いたのは著者が夥しい一般書を書いたにも関わらず、この後の本を私は読んでいないことだった。渡部昇一の『知的生活の方法』シリーズは読んできたが、板坂元の技術は続編が出ても手を出していないのは、この本の容易性にあった。分かった気になると、これ以上教えてもらう必要はなくなるというものだ。かなかな実践できない本は、しつこく買い続けることになる。

4.本書の読み方
私の構成も酷いもので、今頃こんなことを書いている。まあ、ブログとはいい加減なものだ。

この本は順番に読む必要があると私が考えている理由は何か?

本の全体構造について著者は言及していないが、親切な著者であれば、どの章から読んでもよい場合にはそう書くものである。本書にはその記述は見当たらない。目次を見る限りインプットからアウトプットへのパターンが見える。著者のいうパターン認識を生かしている。

目次
Ⅰ 頭のウォームアップ
Ⅱ 視点
Ⅲ 読書
Ⅳ 整理
Ⅴ 発想
Ⅵ 説得
Ⅶ 仕上げ
Ⅷ まとめ

5.考える技術と書く技術とは同じことか
著者は考える技術と書く技術をどのように考えているのだろうか?

若松英輔氏は「読むと書く」といっている。著者は「読書」に1章分を割いただけである。「読書」は情報収集方法であり、思考訓練でもある。情報は整理し、考え、説得力をつけなければいけない。当たり前のことである。

『考える技術・書く技術』(1973年)が書かれた背景をあとがきから読みとるとすれば、『知的生産の方法』(1967年)や『発想法』(1967年)は「凡人の手の届かないところにありがちなこと」(P209)といっているように思える。大学では論文を書くための本の位置付けだった。今月のはじめに大学での集まりがあったとき生協を覗いたら書籍のコーナーにあったのでまだ役割を終えていないことを確認できた。この分野では清水幾太郎の『論文の書き方』(岩波新書、1959年)も凡人の手の届かないところのものであろう。

私が仕事をしている頃はバーバラ・ミントの『考える技術・書く技術ー問題解決力を伸ばすピラミッド原則』(ダイヤモンド社、1995年)などマッキンゼー流の仕事術が流行っていた。しかし、頭の使い方から遡って考えた板坂元の本がいつまでも現役なのは嬉しい限りだ。

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2018年7月21日 (土)

『考える技術・書く技術』(1973)

何度も買ってしまう本がある。板坂元『考える技術・書く技術』(講談社現代新書、1973年)だ。2014年10月購入図書に最近の記録がある。そして、2018年07月購入古書に載る予定だ。それ以前は記録していない。

1.何度も買ってしまう理由
著者のアイデアを現代に当てはめるとどうなるか。梅棹忠夫や川喜田二郎の時代は白色のカードとエンピツの時代だとすると、板坂元は四色カードの頃であり、今は電子ペーパーの時代だ。2016年5月13日に倉下忠憲氏の『知的生産とその技術 Classic10選』(kindle版)で久しぶりに確認したけど、また、2年経ってこのテーマを再考するに当たって指針が欲しくなって、箱を探すのは不可能に近いので、買おうと思って本屋に向かったら、古本屋の店先にあった。おかげで、袖井林二郎編の本までついで買いしてしまった。本屋では、予定外の『武士の日本史』を買ったりして、この暑さのせいにしておく。

2.変わること変わらないこと
黄色いエンピツであるダーマトグラフを何故私が持っているかというと、著者が精読するときに感銘した文章を塗りつぶすというので買ったわけである。その後、ラインマーカーが出て使われなくなった。しかし。裏写りする本ではやはり色鉛筆が良い。著者は赤色で傍線を引くのは赤色が刺激が強いため目が疲れるという。黄色は疲れ方が違うともいう。米国の教科書が大事な箇所を黄色でハイライトされていて、学生はマジックインキで塗りつぶしていたのはそのせいだと推測している。ダーマトグラフの色移りが気になるので、著者は5種類くらい買って試したという。この辺りは片岡義男氏なら、メーカーまで書いてくれるのだが、私は丸善で見つけたのを使った。5種類も試すことなどは考えもしなかった。読み返して注意がどこに向かうかもその時によって変わるのである。ツールは変わっていくけれど、大事な文章を塗りつぶすやり方は、kindleでもハイライトはできるようになっている。Adobe AcrobatなどのPDFのリーダーも基本的に備えている機能である。教科書も紙から電子ペーパーへ移行されていく。カセットテープも今ではスマホに変わったが、録音することに変わりはない。

著者は色でカードの情報を分ける工夫をしていた。専門の資料は白カード、緑は専門外、黄色は1月から4月で仕上げる仕事用、プロジェクトが重なれば色を分けるという。赤は緊急用である。ちなみにGoogle Keepも電子カードに12色をつけて区分できるようにしている。

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2018年7月20日 (金)

瓢正

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の青山七恵氏の1回目は「瓢正」でした。笹巻ずしで有名な瓢正(ひょうまさ)は「南禅寺瓢亭」の暖簾わけです。何度か食べに行きましたが、また食べに行きたい味です。川端康成と縁があった割烹です。

プラス1は「SAKE壱」でした。西木屋町の立ち呑みです。100種類以上の日本酒を楽しめるお店です。

注)
写真では分かりませんが、瓢正のカウンターの西側の壁には戸板康二さんの絵が掛かっていました。

知り合いに連れられて、飛鳥、壱、デゼール、ひさごと梯子して、麦酒と炒飯で〆たのが懐かしい。

2018年7月19日 (木)

『小林秀雄講演【第六巻】音楽について』その2

『小林秀雄講演【第六巻】音楽について』新潮社、2004年、CD2 72分19秒(談話23分40秒/音楽48分39秒)

CD2は小林秀雄の談話から始まり、その後に曲が入ります。小林秀雄の談話要旨を活字にしていますから、耳より目で追ってしまいます。音源を1927年、1928年、1933年、1940年、1947年、1950年から採取していますが、これは必ずしも小林秀雄が聴いた時期から取られてはいません。小林秀雄は講演の速記からの活字化について厳しい態度であったことは、小林秀雄の『旧友交歓 小林秀雄対談集』(1980年)の編集氏も書いていました。したがって、著者の推敲の入らない談話要旨と著者が選んでいない録音を組み合わせたものは何なのでしょうか。リミックスとCD1で書いた通りです。

2018年7月18日 (水)

『小林秀雄講演【第六巻】音楽について』(2004)

『小林秀雄講演【第六巻】音楽について』新潮社、2004年、CD1 72分31秒(談話11分15秒/音楽60分9秒)

これはリミックスです。小林秀雄が昭和42年(1967)に五味康祐氏と行った音楽談義を編集し、「小林秀雄が賞賛した名曲や名手の演奏、氏が聴いた同じ時代のレコード(SP・LP)から採取し、氏自身が語った声を組み合わせたものです」。演奏毎に小林秀雄の談話として再構成されています。この講演シリーズでは異色な作り方です。音楽を聴くことの主観性を小林秀雄がいっています。この主観性は体調が悪いと音が違って聴こえるといったレベルのことではありません。音楽を聴くことはいつだって精神が創作しているのです。蓄音機は二度と同じ音は出せないといいます。ただ一回の事件を耳は聞き分けられないのです。

注)SP盤を蓄音機にかけたとき、鉄針は1回毎に替えていました。SP盤も原盤のプレスした時期や再生した回数で音が違うと考えられます。我々の耳の構造では聴き分けるだけの差があるのか分かりません。一回の鑑賞会で同じSP盤を2回もすり減らすことは普通しませんから、試したことはありません。LPでは、針が飛んで雑音が入る経験をしましたので、何度も聴けば音質は落ちることは経験的に分かっているだけです。

2018年7月17日 (火)

『浅酌歌仙』(1988)

石川淳、丸谷才一、杉本秀太郎、大岡信『浅酌歌仙』集英社、1988年第2刷

「北京独吟」の入っている石川淳選集を読んでいて、座談会の記述から思い出してポチした。そうなのだ歌仙を読みたくなる時がある。それも丸谷才一とか大岡信とこなければダメだ。安東次男も好きなので、その意味で4人揃った『歌仙』(青土社、1981年)も読みたいが、ネット市場では安くない。ネットはハズレた場合に始末に困る。書物の解体学のようになってしまう。その意味で古書店で手にとって読むに耐えることが分かれば、高くても買ってしまうだろう。

「日永の巻」は石川淳の発句を置いて丸谷才一と大岡信の両吟となっていた。三吟の予定が石川淳が亡くなってしまったので、新たに発句を作ってもらうわけにもいかない。大岡信の手元にあった夷齋先生の発句五句が書かれた一枚の紙の中から「橋わたればまた橋のある日永かな」を選んだのであった。

「初霞の巻」石川淳、丸谷才一、大岡信
「紅葉の巻」石川淳、丸谷才一、杉本秀太郎、大岡信
「夕紅葉の巻」石川淳、丸谷才一、大岡信




2018年7月16日 (月)

RIP Go Kato

加藤剛さんが2018年6月18日に亡くなっていたことが7月9日に報じられた。
加藤剛さんは大岡越前のイメージが強い(当たり前だが)。私の中では三匹の侍の橘一之進の逆手斬りであり、剣客商売の秋山大治郎だった。ご冥福をお祈りする。

2018年7月15日 (日)

荻生椿

『日本思想史大系第36 荻生徂徠』(1973年)の月報31に石川淳が「荻生椿」を書いていた。石川淳が月報に書いていたことは覚えていたが、本体と関係なさそうなので読み飛ばしていた。

「江戸青山に種樹を業とする繁亭金太といふものあり、「草木奇品家雅見」天地人三冊を編む」と始まり、本の中の「御府内近郷の好人」に荻生加慶字子彦に目が止まる。この人物が荻生氏の末なるか、人名辞書に見えず。著者は三田に浄土宗長松寺を訪ね過去帳を調べた。先の座談会で加藤周一が「(石川淳が)原文で読まないことはひとつもいっていないです。」というのを思い出す。

石川淳は過去帳を調べたが、傍証を得ることができず振出に戻って文政の植木屋の本を読んでいる。「荻生むるいつばき」という斑入りの椿の名前を見つける。しかし、荻生家との関連は見当たらない。染井の種樹家花屋伊兵衛について、植木屋を花屋と呼んだのは染井に限ってのことと蘊蓄を披露した後、「加慶字子彦の傳については、不明にはじまつて今のところまだ不明のままである」と終わる。我々は江戸の種樹家の文化を垣間見るのだった。

注)「荻生椿」は『石川淳選集』第14巻、『石川淳全集』第16巻に収録されている。

2018年7月14日 (土)

『石川淳選集 第17巻』(1981)

石川淳『石川淳選集 第17巻(全17巻)』岩波書店、1981年

石川淳選集は新書版で2段組とくれば、老眼には決して優しくない。巻末の座談会を読み始めると、何やら記憶に訴えかけてくるものがある。佐々木基一が半年以上外国へ行っていて準備ができていない言い訳をしていた。石川淳に若い人が興味を待つ理由を解しかねていた。

1981年だから、私も「若い読者」と言ってよい年齢だった。座談会は中村慎一郎と加藤周一を加えた3人で行われた。2人なら対談だから座談会と言えば3人以上ということになる。

ちょうど『狂風記』(1980年)の上下2巻が出た後の座談会(1981年2月2日)だから、『狂風記』を枕に振るのは挨拶というものである。

改めて読み返してみて、石川淳の選集の全体が見えてきた。小説と評論からなるこの選集が、17巻あり、中古で5千円しない。目の調子をみて考えることになる。

2018年7月13日 (金)

ほうせき箱

週刊新潮の「とっておき私の奈良」シンクタンク・ソフィアバンク代表の藤沢久美氏の4回目は「ほうせき箱」でした。奈良の餅飯殿にあるかき氷屋さんです。2015年オープンなので、当然前は通っているけど何故気がつかなかったのかな。72時間かけて緩やかに凍らせた純氷を使うかき氷とか聞くと味わいたくなりますね。

プラス1は「おちゃのこ」でした。中国茶専門店ですがかき氷も通年出してます。

注)夏の奈良は果てしなく暑い記憶しかございませんが、いつぞやホテルで聞いた蝉時雨や三輪のお酒のアイスも思い出します。氷室神社のある奈良でかき氷を食べるのもなんとも乙なものです。かき氷も進化していたのですね。

奈良かき氷ガイド

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