2018年6月19日 (火)

『藤原彰子 天下第一の母』(2018)

朧谷寿『藤原彰子 天下第一の母』ミネルヴァ日本評伝選、2018年

1.凡例情報
本書に凡例はないので、情報を取りまとめておく、選書の参考にされたい。
本書は「ミネルヴァ日本評伝選」のシリーズの一般書である。
「漢文史料は読み下し文とし、現代仮名遣いを旨とした」(P11)。
引用文献、あとがき、略年譜、事項索引、人名索引と揃っていて何も言うことはない。

図版一覧の46ある図のうち朧谷先生の撮った写真11枚を見ても、現地は過去と違っているとはいっても見に行きたくなる。

しかし、文字が9ポイント以下であるので、今の私には辛い。ルビが読めない。購買方針としても10ポイント以上又は電子書籍にしたいと考えているので、しばらく買う本は絞られる。手元の本をめくることになる。

2.本文
本文は7章316頁からなる。
藤原道長の嫡女の藤原彰子に興味を抱いて調べたとあとがきに書いてあった。いったい何に興味を持たれたのだろうか。藤原彰子とはどのような人物なのだろうか。本書を読む動機はその辺りにある。それにしても火事が多い平安京であることが目次を読んだだけでも分かる。

藤原彰子の名前をどう読むのか。この時代の常として女性の名前の読み方は確立していない。したがって、朧谷先生はルビを振られていない。有識読みに従えば「しょうし」と音読みすることになる。人名索引に藤原彰子の立項がないことに気がついた。そうだったのかと納得する。この本は藤原彰子の評伝であった。このあたりはwordで作るとものすごく変な索引になりそうである。まあ、人物伝を書くこともないので気にするところではないのであるが。




2018年6月18日 (月)

『日本の美 いろとかたち』(1978)

岩宮武二『日本の美 京 いろとかたち」集英社、1978年

現代日本写真全集4として編集され、本文があり、岩宮武二の世界が解説されています。

写真も『亰 kyoto in KYOTO』(1965年)と同じものが多いのは当然ですが、紙質、色そして割付が異なるので、印象も違ってきます。そうなると好みということになって、「御幣」は解説にある通り、岩宮武二が撮影のために新調してもらったものです。これを白枠の中に入れてしまうとただの景色になってしまい、『亰 kyoto in KYOTO』の巻頭の迫力が失せているように思います。岩宮武二が書いているのは巻頭見開きの「京都三十年」と作品解説だけです。その作品解説も『亰 kyoto in KYOTO』と違い簡略なものでした。あとは重森弘淹(注)の責任編集ということで、写真集の編集の難しさということを考えさせられました。


(注)重森三玲の二男



2018年6月17日 (日)

『亰 kyoto in KYOTO』(1965)

大佛次郎、岩宮武二『亰 kyoto in KYOTO』淡交新社、1965年、限定2,000部

大佛次郎 が岩宮武二の写真集に「人間がいる風景 アルバムの伴奏として」を書いていました。「京の南の郊外の古い道を、人家の聚落のある中に入ったら、町角に「鳥羽の恋塚」と標示してあるのを見た」と始まります。鳥羽の恋塚とあったので、六地蔵巡りで鳥羽の浄禅寺に行ったことを思い出しました。

思いがけなく見つけたと大佛次郎は書いています。千本通をここまで歩いて下がってきたのでした。私も桂地蔵を見て、車でここまできましたが、この後はどうやって帰ったのか忘れてしまいました。今、行くとしても難しいですね。

岩宮武二は「暮らしの色」を八坂神社の御幣を撮したものから始めました。大写しにしています。私なら引くところを、岩宮武二は近づいてシャッターを切りました。解説を読むと神主さんに頼んで榊と幣紙を新調してもらったといいます。あるがままを撮したというより、神々しさと瑞々しさ引き出しという感じがします。

重い写真集で古書でもあるので、私の扱い方も丁寧さを欠いて角をぶつけてしまいました。箱も壊れていたことに気がつきました。安いのは訳があったのでした。足の上に落としたらえらい事になりそうなのでソファーで座って見ています。

「春夏秋冬」をめくっていったら、高山寺の石水院が出てきました。最近書いたことを写真で確かめることができました。新緑と紅葉の写真を見ていると、蔀戸は見たなという感じがしました。

「祈りのかたち」は大沢池畔の石仏で終わります。その景色はもうないのかもしれません。この写真集に閉じ込められた記憶を私が、自分の記憶でもないのに呼び起こしているような気がします。何故か既視感があるのでした。

注)本のタイトルをよく見たら、「京」でなくて「亰」という漢字を使っていました。


2018年6月16日 (土)

『後醍醐天皇』(2018)

兵藤裕己『後醍醐天皇』岩波新書、2018年

1.歴史と文学
例によってあとがきから読む。兵藤裕己氏が日本文学を専門とすることが書かれている。我が国の文学は古来より歴史を包括する概念であったが、明治20年代に歴史を分離・独立させたという。

歴史と文学の境が曖昧であるという点は、『太平記』が例としてあげられよう。かつて久米邦武が「太平記は史学に益なし」といった。そんな『太平記』を兵藤裕己氏は校注した。今回の岩波新書のあとがきは含むところがある。

2.通説批判
このところ南北朝時代を扱った本をいくつか読んできた。後醍醐天皇についての見方も少し変わってきたという認識があった。その周りも含めて見方が変わってきていることをこの本ははっきり言っている。

「文観弘真は、むしろ碩学の真言僧としての実像があきらかにされつつあり、いわゆる「怪僧」「妖僧」の文観イメージや、真言立川流の中興の祖云々は、俗説に過ぎないとして否定されている」(P7)。

3.『異形の王権』批判
後醍醐天皇の異形ぶりを指摘した網野善彦氏の説(『異形の王権』(1986年))を兵藤裕己氏は批判する。後醍醐天皇の密教への傾倒は父の後宇多天皇譲りであり、天皇位にありながら灌頂を受けたのは、後宇多天皇が先である(『御遺告』)。俗体のまま修法を行うことが当時の金沢貞顕書状でも不審に扱われてはいないという。貴族社会周辺で行われていた聖天供の修法をもって、後醍醐天皇の修法の特異性を示すことはできないという。

4.聖徳太子信仰
後宇多法王は灌頂を後醍醐天皇に授けたが、後醍醐天皇は灌頂を授けることはしていない。生涯出家せずに天皇位にあった後醍醐天皇は在俗のまま至高の仏教者であった聖徳太子を理想としていた。清浄光寺(遊行寺)の後醍醐天皇像は通常の冠の上に冕冠を載せている。物理的には不可能だが、聖徳太子像というモデルがあった。また、四天王寺にある聖徳太子自筆とされる『四天王寺御手印縁起』を召しよせて、自ら書写し、奥書に手印を押している。これらは後醍醐天皇所縁のものであり、展覧会でも目にしたことがある。俗説を排してみれば後醍醐天皇の信仰の深さが伝わってくるだけである。

5.無礼講
太平記で書かれた「無礼講」が後鳥羽天皇の周辺で行われていたことを、小島裕己氏は、『花園院宸記』の記事から確認したあとで、以下のようにまとめた。
「こうした無礼講の場を設定して、後醍醐天皇とその側近たちは倒幕の謀議を重ねてゆく。もちろんそれは、たんに人材をもとめる手段というにとどまらない。天皇が「武臣」北条氏を介さずに直接「民」に君臨する政治原理が、臣下のヒエラルキーが無化される芸能的寄合の原理に(象徴的に)求められたということだ」(P132)。

「天皇が直接「民」に君臨する統治形態を企てた後醍醐天皇の念頭にあったのは、宋学とともに受容された中国宋代の中央集権(=皇帝専制)的な官僚国家である」(P134)。

ここまで読むと後醍醐天皇の新政が中国の宋代の皇帝専制がモデルと言いたいことが分かる。

小島裕己氏は第7章 バサラと無礼講の時代でこの時代の文化について言及し、佐々木道誉がバサラを政治的に利用した点をあげている。

6.後醍醐天皇の呪縛
第8章 建武の「中興」と王政復古では、小島裕己氏が後醍醐天皇の評価を歴史を追って明らかにしてゆく。その転換点として後期水戸学の藤田幽谷の『大日本史』の論賛削除の建議をあげている点が読み応えあった。国体論というイデオロギーが出てくるあたりは、後期水戸学を読んでみたいと思う。

「後醍醐天皇の企てた「新政」は、五百年の時を隔てて、日本の近代を呪縛したのである」(P232)。臣下のヒエラルキーを否定するその専制的な政治手法が「王政復古」で実現したというわけではない。それでは明治天皇=後醍醐天皇になるので、明治天皇が専制的な天皇であるという主張になってしまう。

武力で政権を奪取した倒幕勢力が明治天皇の権威を利用して専制的に振る舞ったのが、明治維新というクーデターである。都合の良いスローガンとして「王政復古」は利用されたに過ぎない。

2018年6月15日 (金)

伏見駿河屋

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の磯崎憲一郎氏の4回目は「伏見駿河屋」でした。練羊羹で有名な和菓子屋さんの分家でした。なぜ取り上げたのかは写真に答えがありました。電気鉄道事業発祥之碑が建っていたのでした。明治28年(1895年)に京都と伏見の間に路面電車が開通したのでした。

プラス1はもう一つの「電気鉄道事業発祥の碑」でした。京都駅北口の塩小路通に立派な石碑が建っています。

2018年6月14日 (木)

2018年6月書籍往来 その2

小林秀雄『旧友交歓 小林秀雄対談集』求龍堂、1980年

このBGMシリーズで小林秀雄の講演のCDを何枚か聴いた。やはり、講演と対談、それもお酒の入る対談は少しくだけてくる感じがします。それでも活字になったものは、本人のフィルターがかかって統一されたものになっています。

私も、議事録や発言録を録音したものから作成してみて、言い回しが自分のパターンになっていることに気がついたことがあります。発言者には確認を求めていますが、趣旨が通っていれば、敢えて修正を要求してこない人もいるし、一字一句を直してくる人もいます。

この「白鳥の精神」は『文藝』 昭和38年1月号で河上徹太郎と小林秀雄が対談したものですけど、「今度あらためて削除訂正が、施されたことを、お断りしておく」(編集部)とあるので、20年近く経って小林秀雄の直しが入ったのでした。

政宗白鳥(1879年-1962年)には自然主義文学者という符丁が付いています。文学史に詳しくないので「自然主義文学」というものを的確に説明できませんが、小林秀雄の見方は少し違うように思います。かつて、小林秀雄は政宗白鳥と論争をしたこともあります。この対談を読む限りは親密な間柄が伺えます。政宗白鳥とキリスト教の関係を小林秀雄がいうとき、河上徹太郎が含むところがあったのは、自身がカトリックであったからということもありました。

講演と違い対談は、話している本人たちにとって自明なことの説明がないことで、彼らのコンテキストが辿れない点があることです。彼らの本もすっかり内容を忘れてしまっているので、どこかで読み直しをしたくなりました。読んでブログにメモしておけばよかったなと思いますが、そんなことを始めたのはつい最近のことなので、大抵は間違って覚えているか、すっかり忘れているかです。本のタイトルすら思い出せません。もっとも、確か書いたはすだと、ブログを検索しても、実際には書いていないこともあり、ほんと記憶はあてになりません。

2018年6月13日 (水)

四都手帖2018年07月【編集中】

2018年7月の私的な愉しみと記憶

また、祇園祭の季節になった。イノダコーヒのハムトーストも控えなければならない。

【古都】
祇園祭 2018年7月1日(日)〜31(火)

風まつり 千本ゑんま堂 2018年7月1(日)〜15日(日)

京の夏の旅 文化財特別公開
2018年7月7日(土)〜9月30日(日)
輪違屋(2018年7月8日(日)10時〜12時は見学休止)
角屋 2018年7月19日(木)〜9月14日(金)
旧邸御室 (2018年8月14日(火)〜16日(木)は見学休止)

観蓮会 法金剛院 2018年7月7日(土)〜8月5日(日)7時開門

虫送り 久多 2018年7月15日(日)20時〜

御手洗祭 下鴨神社 2018年7月20日(金)〜29日(日詣り)

鹿ヶ谷かぼちゃ供養 安楽寺 2018年7月25日(水)

真如堂宝物虫払会 真如堂 2018年7月25日(水)

火渡り祭 狸谷不動院 2018年7月28日(土)
千日詣り、 愛宕神社 2018年7月31日(火)

【湖都】
赤と青のひ・み・つ 聖なる色のミステリー MIHO MUSIUM 2018年6月30日(土)〜8月26日(日)

滋賀県立近代美術館
2017年4月1日より改修・増築工事のため休館中。2019年3月31まで展示予定はありません。


【旧都】
糸のみひとけ 国宝 綴織当麻曼荼羅と繍仏 国立奈良博物館 2018年7月14日(土)〜8月26日(日)

【水都】
プーシキン美術館展 国立国際美術館 2018年7月21日(土)〜10月14日(日)

2018年6月12日 (火)

東都手帖2018年07月【編集中】

2018年7月東都散歩のための私的な愉しみと記憶

7月は隅田川花火大会である。以上。

宝塚星組公演 『ANOTHER WORLD、Killer Rouge』東京宝塚劇場 2018年6月22日(金)〜7月22日(日)

隅田川花火大会 2018年7月28日(土)19時〜20時半

2018年6月11日 (月)

みちのくの人形たち

Le Petite Parisienで「深澤七郎」の会があり、参加者全員が「みちのくの人形たち」私家版をいただく。折帖仕立でお経のようだという感想があった。この私家版は1979年に作られたもので住所と氏名の記入欄があったりして面白い。



2018年6月10日 (日)

2018年06月書籍往来

小林秀雄『旧友交歓 小林秀雄対談集』求龍堂、1980年

小林秀雄は対談をいくつもしています。付録の戦後主要対談一覧(昭和21年ー昭和54年)の最後が83番で、河上徹太郎との「歴史について」(文學界 昭和54年11月号)という対談でした。「この夏、河上徹太郎氏との対談を機に、これまで小林秀雄氏がなしてきた対談のかずかずのうちから、身近かに親しんできた人々と行なわれたものだけを集めて、この一巻を成した」(編集部)と説明があります。まずは河上徹太郎との対談を読むことから始めます。17、8才の頃に知り合って60年、「出会い還暦」とは恐れ入ります。もっと驚いたのは、小林が「葬式も出ないかもしれない」というと、河上が「お互いに告別式には出まい。どうせ、出てももう相手はいないのだから」という冗談とも本気ともとれる発言でした。確かに通夜に行っても相手は死んでいて会えません。小林が「要するに思想上で交わっていれば、充分」と返しました。二人の交わりは面白い。河上徹太郎の『自然と純粋』(1932年)から二人は自然な水魚の交わりではなく、純粋な思想上の交わりを選んでいたのでした。

私の場合、京都で知り合った人たちも年齢を重ねて会うことも少なくなりました。今は若い人からの刺激を受けることが楽しみになっています。知り合った人の出される本を読むという一方的な付き合いで、どちらかと言えば一緒に酒を飲むという水魚の交わりの方を好みますが、このまま、「ひとり」の世界に帰って行くのでしょうか。


注)河上徹太郎は1980年(昭和55年)に亡くなり、小林秀雄は1983年(昭和58年)に亡くなりました。例の話はどうなったかというと、小林秀雄が河上徹太郎の葬儀委員長を務めたのでした。



2018年6月 9日 (土)

『第8回 ビクター伝統文化振興財団賞「奨励賞」亀井広忠(能楽囃子)』(2004)

『第8回 ビクター伝統文化振興財団賞「奨励賞」亀井広忠(能楽囃子)』ビクター伝統文化振興財団、2004年、CD 60分6秒

独吟は聴き入ってしまうということで、亀井広忠師の大鼓を中心とした囃子を聴くことにしました。2004年4月5日宝生能楽堂での収録です。例によって封を切りましたが、簡単に取り出せました。ラッピングがよいのはいいことです。

三番叟の揉之段の鼓の音と掛け声から入ります。シテもワキも地謡もありません。囃子方の掛け声と楽器の音だけです。普段の能楽堂では味わえません。謡を謡い、仕舞をするのは能の基本ですが、囃子方だけというのも、一曲の中の見せ場はあるにせよそこだけを切り出すことはほとんどありません。

三番叟 揉之段、鈴之段
猩々乱
宝生流 延年之舞
道成寺組曲
獅子

終わってから、解説を取り出しました。
土屋恵一郎氏が「亀井広忠の芸術」、山中玲子氏が「楽曲解説」を書いていました。

土屋恵一郎氏は当時30歳の亀井広忠師を評して、「ほとんど驚異といっていい姿である。なにより技量においてそこに不足がない。完成されたテクニックがある」と書いていました。葛野流家元になる能楽師ですから迂闊なことは書けません。

山中玲子氏の道成寺組曲の解説を読むと、道成寺の「世界を囃子だけで表現できないかと、今から約20年前に藤田六郎兵衛と大倉源次郎が構成した」ものだそうです。するとこれは独立した作品ということになります。その藤田六郎兵衛師(笛)と大倉源次郎師(小鼓)に金春國和師(太鼓)が加わっての熱演13分9秒。堪能しました。

BGMシリーズはこれでなくっちゃね。
そういえば、千本の鰻屋ではいつも能楽囃子をかけていたので、能楽囃子を聴くと鰻が食べたくなる。









2018年6月 8日 (金)

鴨川の「飛び石」

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の磯崎憲一郎氏の3回目は「鴨川の「飛び石」」でした。荒神橋の北にある飛び石の亀石に座ってご機嫌そうです。鴨川の河川敷も磯崎憲一郎氏の小説で出てくるそうです。しかし、右岸の方は滅多に歩かないなあ。川端通りの方は何もないからね。

プラス1は「京都大学東南アジア地域研究研究所 図書室」でした。その何もない川端通りにある旧京都織物本館です。まあ、隣の京都大学稲盛財団記念館には鎌田東二先生関係で行ったことはありますが、ここは利用したことはありません。誰でも利用できる図書室です。

注)擬宝珠の下で写真を撮られているのを見ると、擬宝珠のあるのは三条大橋か五条大橋だけなので、これは三条大橋でしょう。三条大橋から京都大学東南アジア地域研究研究所が見えるかしらん。

2018年6月 7日 (木)

『宮中雅楽』(2012)

『宮中雅楽』OLDSEA、2012年
2012年2月5日浅草公会堂での宮内庁式部職楽部の「宮中雅楽の夕べ」公演を収録したDVD81分

管弦は4曲ある。青海波と松根は聴いたことがなかった。越殿楽は越天楽とも書く。

盤涉調音取(2分)
青海波(12分)
朗詠松根(9分)
越殿楽(5分)

舞楽は3曲あるが、CDで聴くよりも、DVDで舞を見る方がかったるい感じがした。

春庭花(20分)
貴徳旧(11分)
八仙(22分)

雅楽シリーズはCDが残っているが、箱の中の未開封のCDを優先させて行こう。このテンポだと体のリズムと合わないのでやや辛い。



2018年6月 6日 (水)

『りゅうの目のなみだ』(2007)

『りゅうの目のなみだ』2007年

あらん!
壤先生、20分16秒は短いんですけど。

朗読 壤晴彦
演奏 松本好永
原作 浜田廣介
収録 博品館劇場
販売 演劇倶楽部『座』

久しぶりに『座』の公演を聴いた気になりました。でも何度か行ったライブではこんな熱演はなかったかなあ。




2018年6月 5日 (火)

『石元泰博写真集「両界曼荼羅—東寺蔵 国宝『伝真言院両界曼荼羅』の世界」』(2011)

石本泰博『石元泰博写真集「両界曼荼羅—東寺蔵 国宝『伝真言院両界曼荼羅』の世界」』平凡社、2011年

石本泰博の写真集『伝真言院両界曼荼羅ー教王護国寺蔵』(1977年)を見てみたいところですが、この愛蔵版でよしとしましょう。これ以上本が増えると置き場所に困りますから。NHK心の時代で東寺に伝えられた国宝の西院本曼荼羅(伝真言院曼荼羅)をもとに正木晃氏が解説する番組を見ていて、見たことあるなあと思って記憶を辿っていくと、研究所のダイニングの本棚の『桂離宮』(2010年)の隣に挿さっていました。大型本です。しかし、白洲正子『湖国の十一面観音』(1982年)が隣にあるので目立ちません。石本泰博氏の写真集が3冊並んでいたのでした。

辻井喬が序文を寄せ、真鍋俊照氏が解説を書いています。Amazonを見ると発送重量2.8kgとあるので、膝に上に置いてページをめくります。写真だけ見ていたらわかりませんでした。その意味で、頼富本宏『曼荼羅の世界』や正木晃氏の『マンダラと生きる』で入門的な知識を得たのは良かったと思います。

胎蔵界曼荼羅
一体一体の仏様が大写しになっています。歳月で色が剥落しているところなど写真ならではです。肉眼で両界曼荼羅(江戸時代、重文)を東寺灌頂院で見たことがありますが、ここまで引き伸ばして見ることはできません。部屋も暗くてよく見えなかったという印象でした。大きさが分かったことが実物を見た甲斐があったということでしょうか。

金剛界曼荼羅
成身会 賢却千仏 北東(右下)部分の仏様のお顔の並びを見ていると気が遠くなります。

それにしても、両界曼荼羅のそれぞれの仏の名前を書いた図は圧巻です。

2018年6月 4日 (月)

『観世流謡入門 高砂』を聴く

『観世流謡入門 高砂』
独吟 観世喜正

CD36分12秒
観世喜正師の独吟を聴く、この謡入門シリーズは矢来能楽堂で円満井会定例能に通っていた時の土産でした。BGMにはちょっと重いかもしれません。聴きいってしまいます。

「真之脇能と称される祝言第一の曲」とあります。

それにしても観世喜正師が吹き込んだこのシリーズや、DVDのスピカ能は能の普及第一の精神を感じます。

やはり、「四海波」は地謡で聴きたいなあ。

心を磨く風となれ!



2018年6月 3日 (日)

『観世流謡入門 鞍馬天狗』を聴く

『観世流謡入門 鞍馬天狗』
独吟 観世喜正

CD34分49秒
観世喜正師の独吟を聴く、この謡入門シリーズは矢来能楽堂で円満井会定例能に通っていた時の土産でした。BGMにはちょっと重いかもしれません。聴きいってしまいます。




2018年6月 2日 (土)

『武満徹:ノヴェンバー・ステップスほか』(2012)

小澤征爾指揮『武満徹:ノヴェンバー・ステップスほか』ソニーミュージック、2012年、CD55分28秒

ケースを踏んでしまいヒビが入っていたため慎重に封を切ります。ノヴェンバー・ステップスは武満徹の管弦楽曲です。このCDはBSCD2版です。

雅楽を聴いてきた耳には、尺八が入った点で、広いココロで受け止めることにしました。ピアノと琵琶とくれば、洋楽でもありません。まして、小澤征爾氏が指揮をするっていうのも面白いとしかいいようもないことです。雅楽は菅楽器がリズムをとります。洋楽は弦楽器かリズムをとるものです。洋楽の古典指揮者は、洋楽のロジックで指揮したのでしょうか。BGMにはなりませんでした。現代音楽は心地よい音ではありません。



2018年6月 1日 (金)

高山寺

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の磯崎憲一郎氏の2回目は「高山寺」でした。高山寺と聞くと「女ひとり」の2番の歌詞を思い出します。山号は栂尾山です。石水院からの眺めくらいで、あとは広い境内に入れるところはありません。国宝の「鳥獣人物戯画」も東京と京都の国立博物館に寄託されているので、高山寺で普段見られるのは模本です。磯崎氏が茶畑で写っていました。

プラス1は「西明寺」でした。清滝川に掛かる橋を渡り、槇尾山西明寺へと石段を上がります。真言宗大覚寺派の寺院に運慶作の釈迦如来立像を観に一度訪れました。

注)小島裕己氏の『後醍醐天皇』(岩波新書、2018年)でも、南北朝時代のバサラ大名佐々木道誉の話で、宇治と並んで栂尾が茶の本場とされていたことが書いてありました。

注)高山寺や西明寺は一度しか行ってません。高雄山神護寺は400段近い石段がきついにも関わらず、何度も行きました。まあ、境内も広いし見るものが多いせいでもあります。

2018年5月31日 (木)

2018年05月購入図書

2018年05月購入図書
4月は夏日が多かった。5月も暑かった。

(購入後記)
森田真生氏の数学を巡るエッセイは小林秀雄賞を獲得した本の文庫版でした。

兵藤裕己氏が校注した『太平記』(岩波文庫)は少し読んだことがあります。ちょうど、『後醍醐天皇』(岩波新書)でも書いてありましたが、位置づけが平家物語のような文学かどうか迷いました。文学性では平家物語が方が高いと思います。

朧谷寿先生の近著を入手しました。藤原彰子は藤原道長の娘で、一条天皇の后となり、後一条天皇と後朱雀天皇を産んだ方くらいしか知りませんでした。

【歴史】
朧谷寿『藤原彰子』ミネルヴァ日本評伝選、2018年

兵藤裕己『後醍醐天皇』岩波新書、2018年

【知】
森田真生『数学する身体』新潮文庫、2018年

2018年5月30日 (水)

2018年05月購入古書

2018年05月購入古書
5月は緑の世界、光に木の葉が透けて見える時、想念が歩を進めさせ、川音に耳を傾ける。

(購入後記)
甘夏さんのところで、佐野繁次郎の装丁の本を買うのは久しぶりのことです。ペーパバックのカバーが楽しい。1971年の本で取り上げたビストロに妙に懐かしさを感じるのは、この後、バリの街を歩いた時期に近いからでしょうか。辻邦生の『バリの手記』を読んでいた時期までが、私の青春時代でした。

【知】
辻静雄『バリの居酒屋(びすとろ)』柴田書院、1971年

2018年5月29日 (火)

104 「花の家」千宗室

ひととき 2018年6月号の千宗室さんの京都(みやこ)の路地(こみち)まわり道は「花の家」というタイトルでした。ドンツキと思われた小道にあった山吹の花の色を愛でる家元が、枝を鉄柵の間に伸ばす姿を好ましく思って、覗こうとした家は、しかし、山法師に遮られて全体が見通せません。折から雨も降り出し、雨脚が地面から立ち上ってきます。振り返ると驟雨の中に入口を閉ざす路地があったのでした。

家元はちまちま剪定された植木が苦手なようです。見ていると息が詰まるといいます。出会いの瞬間の記憶がこのような物語を書かせたのでしょうか。

そういえば、今年は小泉淳作の「山法師」の版画を飾るのを忘れていました。山吹も終わり、ビョウヤナギの黄色い花が咲き乱れ、色づき始めた紫陽花が目立つようになりました。

2018年5月28日 (月)

『上村松園の世界』(2010)

上村淳之監修『上村松園の世界』日本経済新聞、2010年、上村松園展 記念公式DVD62分

DVDは上村松園の生い立ちから始まります。上村松園は下京区四条通御幸町の葉茶屋に生まれました。

四条通りも昔の舗道の形が写っています。

BGMシリーズとして見ていますので、葉茶屋は一保堂をイメージとして撮影していることに注意が向いてしまいます。茶壺の並んだ景色は一保堂以外では見たことがありません。柳桜園は、抹茶を頼むと、その場で茶壺から缶に詰めてもらった記憶があります。11月頃のことでした。

鴨川の川床もどこか懐かしい風情です。

何か映画の監督が作品を語る口調になっていますね(笑)

馴染みの舞妓さんとご飯だべに行く前に国立近代美術館へ「上村松園展」を観に行った時、彼女は「鴛鴦髷」をじっと見ていました。

あとでその時のお礼を言われました。お化けの時の髪型の参考にしたそうです。「序の舞」を見て思い出しました。

DVDは上村松園の言葉で終わります。

その絵を見ていると
邪念の起こらない
またよこしまな心を
持っている人でも
その絵に感化されて
邪念が清められる……
といった絵こそ
私の願うところのものである




2018年5月27日 (日)

The Trio Live in Japan in 2009

段ボール箱は魔法の箱のようです。いずれ種は尽きるとしてもここ暫くは楽しめそうです。

The Trio Live in Japan in 2009
山口武、Ron Carter、Lewis Nashが出てきました。封を切って聴くと、寺や蔵でのライブでした。このDVDは銀座サンボアでライブがあった時に買い求めたものです。CDの方はサインをもらった記憶があるのですがどこに行ったのか。

青海にある仙桃山宗健寺でのライブ
2009/11/16
I’m On Your Side
Summertime
Blue Moon
No Exit

川越 大蔵の茶陶苑でのライブ
2009/11/14
Mr. Bow Tie
24-7
En Aranjuez Con Tu Amor
Jingles



2018年5月26日 (土)

『坂東玉三郎舞踊集2 鷺娘』(2003)

『坂東玉三郎舞踊集2 鷺娘』松竹、2003年、DVD82分

ここに収められた25年前の舞踊のカプセルを取り出したことになります。

1.地唄 鐘ヶ岬 1993年6月
娘道成寺ですね。鐘を振り返り観るシーンが印象的です。正月の番組でも玉三郎さんが解説していたのを思い出します。

2.地唄 黒髪 1993年1月
傾城の衣装で舞う黒髪です、
今なら4K、8kなのでしょうが、当時のビデオはやっとハイビジョンです。

3.萩江 稲舟 1993年6月
抱きしめたくなるほど色っぽい!

4.常磐津 山姥 1993年6月
金屏風を背景に華麗な舞です。

5.長唄 鷺娘 1993年10月
早替りがなんとも素敵です。
三味線と鼓の音に、正月の舞踊公演を思い出して、重ね合わせていました。

全然古臭く感じません。私は長唄が好きだったのかしら? これは、Butoh?

三味線と鼓を楽しんだこのBGMシリーズは、さてどこへ行くのでしょうか。段ボール箱だけが知っているようです。

注)英語の解説は音声ガイドのようだ。これを聞くとよく分かります。





2018年5月25日 (金)

瑠璃光院

週刊新潮の「とっておき私の京都」芥川賞作家の磯崎憲一郎氏の1回目は「瑠璃光院」でした。青もみじをJR東海が宣伝しています。私も何度か訪れましたが、秋でした。5月12日の御陰祭が近くの御陰神社で行われた際、瑠璃光院の前を通ったことがありました。当時は青もみじの時期の公開はしてませんでした。

プラス1は「八瀬天満宮社」でした。菅原道真が比叡山に登る際、休んだ「菅公腰掛け石」のことを書いてありました。磯崎憲一郎氏が行ったというか確証はありません。

注)八瀬天満宮社と言えば、秋元神社の例祭「赦免地踊り」に触れないわけにはいきません。比叡山との境界論争で時の老中秋元但馬守喬知の裁定に感謝した八瀬村が毎年10月10日に「赦免地踊り」を奉納しています。

2015.10.11 八瀬赦免地踊りを見る

2018年5月24日 (木)

『能「邯鄲」傘之出』(2010)

『能「邯鄲」傘之出』満次郎の会、2010年

能そのもの記録ではない。これを買うときに注意されたことを思い出した。

しかし、佐藤晶子氏のスチール写真を上田益氏の音楽に載せてみるBGMとして見るとはなしに聴いてみた。最初に邯鄲男の面が映し出される。そして、辰巳満次郎氏の「邯鄲 傘之出」が蝋燭能の舞台として浮かびあがってくる。

テロップに「盤渉楽」が出る。以前なら気にも止めなかっただろうが、BGMシリーズを経た私にはニヤリとするのだった。

橋掛りから、影向の松のある本舞台を撮したのを見るとぞくっとする。ずっと止めて見入っていたい気がする。見るとはそういうものだ。そもそも春日大社の参道の一之鳥居を潜ってすぐ右手にあるのが影向の松であった。若宮おん祭ではこの影向の松の前で松の下式を行ってお旅所へ渡るのである。そんな景色が幻視される。

写真はいつのまにか舞台を飛び出して外の世界に出ていた、盧生の衣装を着た、能面を付けた辰巳満次郎氏を自然や人工物を背景に撮したものとなり、邯鄲男の面に戻って終わる。

付録が能M-2予告編「海人」と
第1回「満次郎の会」メモリーだった。

注)舞台は水道橋の宝生能楽堂である。
MOA美術館のエスカレーターや竹林を使っての撮影もある。香里能楽堂は芦屋にあるが残念ながらまだ伺ったことがない。

注)春日大社の影向の松は1995年に枯れてしまい、切株が往時を偲ばせるだけである。

注)辰巳満次郎氏のブログではアートディレクションの金子二三夫氏を入れて、能、写真、音楽、アートの習合とある。



2018年5月23日 (水)

『雅楽「越天楽」三調』(2006)

『雅楽「越天楽」三調』コロンビアミュージックエンタテインメント、2006年、CD44分13秒、英文解説付き

宮内庁式部職楽部の演奏である。

米田淳氏の解説を読んでいくと、「越天楽は、平安中期に唐から伝わった俗楽といわれているが、また日本で作られたという説もある」と紹介されていた。そんなこともすっかり忘れていた。「この越天楽には律の三調である平調(ひょうぢょう)、盤渉調(ばんしきちょう)、黄鐘調(おうしきちょう)の3楽曲がある。これは平調を基として五度上の盤渉、五度下の黄鐘に渡された(移調)したものである。渡物(わたしもの)ができたのは、中国の陰陽五行説の影響を受け、春は双調(そうじょう)、夏は黄鐘調、秋は平調の、冬は盤渉調と、時の調子というものがあったためであるといわれている」。

平調音取(ねとり)
平調越天楽残楽三辺(のこりがくさんべん)
盤渉調音取
盤渉調越天楽
黄鐘調音取
黄鐘調越天楽

移調といっても、篳篥と横笛は旋律が変わるだけなのは、楽器の性質を考えれば分かる。笙や琵琶は移調に近く、琴は五音しか用いないが調弦によって同じ楽譜で移調できると書いてあった。

さて、聴き分けできるのであろうか。すでにBGMではなくなっている(笑)。




2018年5月22日 (火)

『つづれおり』(2004)

Carole King 『つづれおり Tapestry』ソニーミュージックエンターテイメント、2004年

Carole King 『The Carngie Hall Concert June 18, 1971』ソニーミュージックエンターテイメント、1997年

Carole KingのTapestryは好きなアルバムで、レコード(1971年)を持っていたけど、なぜかあげてしまった。今回CDが箱から出てきたので聴いてみた。なんか物足りない。そこでCDラックにあったThe Carngie Hall Concert版(1971年の音源)を聴く。James Taylorがサプライズゲストで出てきてYou've Got A Friendを合唱したのが聴けて満足!

スタジオ録音よりもホールのほうが音質は悪いのにご機嫌なのは何故だろう。ライブというのはやはり生き生きしているからなのだと思う。でも、ほとんどの曲は共通だけれどそもそもTapestryが入っていないので、やはりこのCDも残しておきたい。

2018年5月21日 (月)

『天は赤い河のほとり』を観る

宝塚宙組東京公演 『天(そら)は赤い河のほとり』『シトラスの風-Sunrise-~Special Version for 20th Anniversary~』東京宝塚劇場 2018年5月11日(金)〜6月17日(日)

寒気が入って涼しい午後に宝塚へ行く。今日は宙組の東京公演がある。原作は篠原千絵氏の漫画「天は赤い河のほとり」で、古代ヒッタイトが舞台になってる。そこへ異界を通じて呼びよせらせた日本人の少女が活躍する物語です。漫画だからね。といっても漫画はハーレム状態だけど、宝塚なのでそのモテモテぶりは少し薄まっています。

リビューは『シトラスの風』。岡田敬二氏の演出はちょっと古いなあ。

終わって、馴染みのイタリアンで食事をしていたら、4周年になるとかで、来月の予約を入れて別れた。その前に、ワイン会やお茶会もあるし、何かと楽しい東都ライフなのでした。






2018年5月20日 (日)

『曼荼羅の世界』(2009)

頼富本宏『曼荼羅の世界』方丈堂出版、2009年、DVD3枚

頼富本宏氏が種智院大学学長・実相寺住職を務められていた時の講義である。頼富本宏氏(2015年没)がゆっくりした口調で絵解きをするように話された曼荼羅の入門講座である。

第一巻胎蔵界曼荼羅の世界
第二巻金剛界曼荼羅の世界
第三巻別尊曼荼羅の世界

収録内容の1枚の紙とビデオの内容は必ずしも一致していない。ビデオと講義資料の違いがあるせいかもしれない。

NHKこころの時代のテキスト、正木晃氏の『マンダラと生きる』(NHK出版、2018年)を読んだ後だったので少し物足りなかった。

このDVDはwikiに載っていない。こうしたメディアの扱いは難しいのだろう。Amazonにも載ってない。



2018年5月19日 (土)

茶華

週刊新潮の「とっておき私の奈良」評論家の宮崎哲弥氏の4回目は「茶華」でした。元は旅舎「日吉館」という旅館がありました。登大路に古い建物が並んでいた記憶があります。跡地にできた茶華(ちゃか)で茶箱を背に本を持って座る宮崎哲弥氏がカッコいい。この日本茶カフェは、隣の下下味亭 吉茶ともども寄ったことがありません。奈良国立博物館に用があっても道路の北側には渡る用はなかったのでした。氷室神社前のバス亭で降りたとき、こんどは、少し戻ることも選択肢に入れておきます。

プラス1は「下下味亭 吉茶(かがみてい きっさ)」でした。昔のかやく飯の下下味亭は経営が変わり改装した建物の2階が喫茶店になっていて、宮崎哲弥氏が外を眺めています。プラス1も、ちゃんと行っているという証拠ですね。まあ、隣ということもあるし。

2018年5月18日 (金)

RIP Saijo Hideki

西城秀樹氏が2018年5月16日に亡くなられた。63歳であった。

傷だらけのローラやYOUNG MANなどが印象に残っています。脳梗塞でリハビリ中とは聞いていましたが残念です。

ご冥福をお祈りしたします。

2018年5月17日 (木)

『日本伝統音楽 「能・琵琶・尺八 1941年」』(2009)

『日本伝統音楽「能・琵琶・尺八 1941年」』アオラ・コーポレーション、2009年、CD76分42秒

「高砂」素謡から始まる。1941年から1942年に国際文化振興会(現 国際交流基金)が海外に日本の音楽を紹介するために作った非売品の10インチSPレコードから起こしたCDのため、デジタルリマスタリングしていないので音質が良くないが、古くささというものを感じない。

能とはなにげに伝統芸術とか言っているが、75年以上も前に録音したものが、現在のものと変わらない。映像であったら、流行を見出して古くささを感じたかもしれない。人間が発する声が数百年をかけて繋いできた不易なものを感じる。

謡のCDも売るほどあるので、BGMシリーズに加えても良いかもしれない。

琵琶と尺八には古くささを感じるものもあったのは何故だろう? 単なる私の偏見なのだろうか?



2018年5月16日 (水)

『日本の伝統音楽「雅楽・声明 1941年」』(2008)

日本伝統音楽「雅楽・声明 1941年」』アオラ・コーポレーション、2008年、CD72分7秒

芝祐靖氏のモダンな雅楽を、聴いた後に、75年も前の演奏を聴いて思ったのは、雅楽のモダン性という言葉を使ったが、モダンとは何かということだった。アレンジであれば流行である。そういうモダンとはいつでもあったことである。しかし。200年前の音源はないし、耳で聴き分けるわけにはいかない。

越天楽は少し調子が変わっていると思ったが、解説の寺内直子氏によると「左方・唐楽、平調の管弦曲。もっとも頻繁に演奏される曲。三つのフレーズからなり、それぞれをa.b.c.とすると、一般的な演奏方法は、aabbcc aabbであるが、この演奏ではaabbのみの、短いが正規の演奏法によっている」とある。ただし、バリエーションがあるとすば、「龍笛のソロに鞨鼓が加わり、所定の位置から、笙、篳篥、太鼓、鉦鼓の合奏となる。琵琶と琴は少し遅れて加わる」ことからきているのだろう。

さて、声明である。Buddist Chantと訳されていた。
四智讃(しちさん)
錫杖
教化(きょうけ)
対揚(たいよう)
云可唄(うんがばい)
合刹(かっさつ)
論義
六道講式
和讃(釈迦如来御和讃)
御詠歌(霊場那智山)西国第一番

論義も声明だったし、最後に御詠歌となってこのBGMも振り出しに戻った感がある。



2018年5月15日 (火)

『祝賀の雅楽』(2001)

怜楽舎『祝賀の雅楽 萬歳楽/越天楽』日本コロンビア、2001年、CD68分58秒

ここでは、芝祐靖氏の経験した祝いの雅楽の演奏会が回想される。昭和27年(1952年)12月10日、日比谷公会堂て行われた「宮廷雅楽大演奏会」の横笛がデビューだったとある。皇太子殿下(今上天皇)の立太子礼奉祝の催しが戦後初めての「祝い」の雅楽だという。

宮中の奉祝音楽は雅楽と西洋音楽を取り混ぜていると書いている。雅楽だけではないとのことである。




2018年5月14日 (月)

2018年05月書籍往来

2018年05月書籍往来
G.M.ワインバーグ、木村泉訳『システムづくりの人間学』共立出版、1986年、1990年第10刷

ひところワインバーグの本をよく読んだ。システムに関わる仕事をしているとぶつかる名前である。今はどうだか知らない。事務所に何冊かあったので、これを研究所に持ってきて読んでいる。システムは人がまだ作っているので、人間的な側面の観察が必要になる。

例えば、観察について、そのシステムを「理解するために検討し、批判のために検討するな」というフレーズが出てくるとワインバーグ物らしくなる。僕らはこれを標語にためて摩擦を減らそうとした。仕事のルールは共有されて良い。

インタビュー技術では、「すべての技術的質問を、答えが自己確認的であるように組み立てよ」といのがでてきた。何を言ってるか分かりにくいが、要は、答え=情報+確認情報+雑音、という式からも分かるように、単に数字だけだったり、イエス・ノーという回答では程度や前提条件などの確認情報がないため判断を誤るケースが出てくる。答えには雑音も含まれるが判断するに足るだけの根拠を得なければならない。自己確認的という表現は分かりにくいので、「質問は情報の根拠を含めて確認せよ」という標語にする。

知見は意識して使わなければ身につかないが、まず、プロジェクトをまわすには予め知っておかなければならないこともある。そんなことを思い出させてくれる本だった。

2018年5月13日 (日)

東都手帖2018年06月【編集中】

2018年6月東都散歩のための私的な愉しみと記憶

6月は梅雨を楽しむことにしたい。雨を厭うていたら何処へも行けない。


旧朝香宮邸物語 東京都庭園美術館 2018年3月21日(水)〜6月12日(火)鹿島茂コレクション フランス絵本の世界も同時に公開している。これは館林でやった内容であるが、ここで観ておきたい。

林芙美子 貧乏コンチクショウーあなたのための人生処方箋ー 世田谷文学館 2018年4月28日(土)〜7月1日(日)

宝塚宙組東京公演 『天(そら)は赤い河のほとり』『シトラスの風-Sunrise-~Special Version for 20th Anniversary~』東京宝塚劇場 2018年5月11日(金)〜6月17日(日)

宝塚月組公演 『雨に唄えば』TBS赤坂ACTシアター 2018年6月16日(土)〜7月4日(水)

宝塚星組東京公演 『ANOTHER WORLD、Killer Rouge』東京宝塚劇場 2018年6月22日(金)〜7月22日(日)


2018/05/20 宝塚宙組東京公演を追加
2018/05/24 宝塚月組公演を追加

2018年5月12日 (土)

四都手帖2018年06月【編集中】

2018年6月の私的な愉しみと記憶

また、梅雨の季節がやってくる。6月といえば水無月が食べたくなる。茶席ででた和菓子がどこのものかは詮索好きにはたまらないテーマである。
西山の善峯寺へ行く途中に在原業平所縁の十輪寺がある。夏安居の時期に三弦を聴きに行ったことがあった。

【古都】
京都薪能 平安神宮 2018年6月1日(金)〜2日(土)

紫陽花まつり 藤森神社 2018年6月上旬〜7月上旬

半夏生の庭園特別公開 両足院 2018年6月2日(土)〜7月8日(日)

沙羅の花を愛でる会 東林院 2018年6月15日(金)〜30日(土)

〜都の賑わい〜 京都五花街合同伝統芸能公演 ロームシアター 2018年6月16日(土)〜17日(日)

声明と三弦を聞く会 十輪寺 2018年6月17日(日)

【湖都】
猿楽と面 MIHO MUSEUM "2018年3月10日(土)〜6月3日(日)

近江八幡の水郷めぐりや竹生島へのクルーズ

【旧都】
国宝春日大社のすべて 奈良国立博物館 2018年4月14日(土)〜6月10日(日)

【水都】
鈴木春信 あべのハルカス美術館 2018年4月24(火)〜6月24日(日)

2018/06/03 近江八幡の水郷めぐりを思い出したので、追加した。

2018年5月11日 (金)

『平田篤胤の世界』(2009)

子安宣邦『平田篤胤の世界』ぺりかん社、2001年、2009年新装版

本書は子安宣邦先生が『日本の名著24 平田篤胤』(1972年)の解説で「平田篤胤の世界』を書いたのが元になっている。平田篤胤を書くことで本居宣長を読み直して書いたのが第Ⅰ部「本居宣長の世界」である。第Ⅱ部に「平田篤胤の世界」を置き、第Ⅲ部「篤胤国学の展開」で本書を構成している。もっとも、構成となると編集の藤田啓介氏が子安先生の篤胤論を集める方針であったことはあとがきや収録(初出)一覧を見ても分かる。

子安先生の最初の書籍である『宣長と篤胤の世界』から篤胤だけを採ることをしなかったところに平田篤胤を論じる時に本居宣長を外せない理由がある。この辺りはゆっくり読み解いていこうと思う。

最後に「仙境異聞」の解説が載っていた。これは最近Twitterで話題になり『仙境異聞・勝五郎再生記聞』(岩波文庫、2000年)が極めて短期間のうちに増刷を繰り返した話を知ったときに読み返した。200年前のルポルタージュだと思うと本を手にした人々がどこまで読めるのか心配になる。岩波文庫の帯が煽っているなあ。

注)レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』(1977年)に挟まれていた中公叢書の宣伝に『宣長と篤胤の世界』も入っていた。「言葉によって人間の事象に直面する本居宣長と、霊魂の行方を追求して幽冥界を降る平田篤胤ー対照的な思想が交錯する近世国学の展開を精緻に論じた気鋭の力作」。うまくまとめたと感心する。

2018年5月10日 (木)

大安寺

週刊新潮の「とっておき私の奈良」評論家の宮崎哲弥氏の3回目は「大安寺」でした。大安寺は南都七大寺の一つでしたが、現在の敷地は往時の25分の1だそうです。癌封じの笹酒で有名ですが、わたしは秘仏馬頭観音菩薩立像特別開扉で訪れたことがあります。

プラス1は「八幡神社」でした。大安寺の鎮守として宇佐八幡を勧請したものです。

2018年5月 9日 (水)

『パリの居酒屋(びすとろ)』(1971)

辻静雄『バリの居酒屋(びすとろ)』柴田書院、1971年

辻静雄がパリのレストランガイドに載っているメニューを取りあげて、日本人が知っているフランス料理は氷山の一角のような気がしてくると書いています。

そして、ビストロについて、辞書的な定義をあげたあとで、言葉の起源に諸説あるとしながらも、「パリの安くておいしい店、いわゆる一ぜん飯屋というか大衆食堂、それも日本式の大きい店じゃなくて、みんな三十人もはいったらいっぱいになっちゃうという店が多いのですけれども、そういう店のことを、フランスではビストロと呼びます」(P20)と書いています。

う〜ん。だいぶイメージが異なる感じがします。レストランとの対比でビストロを理解するのは違うといっているようです。

31あるビストロ案内を見ても予約が必要な店が出てきます。日本の居酒屋ではありませんね。

最後に、口述筆記は少し悲しいトーンになります。

「もっとも、こうしたビストロも年とともに生れては消え、ただ私たちの記憶のうちにしか存在しない。そこで楽しまれた料理も思い出の中にしか残らない。時おり、なつかしく、回願する人の気持ちの中にしか浮かびあがってこない。すべては忘れ去られてしまう。むなしいものです」(P206)。

注)ここで私たちとは、パリのビストロを懐かしむ装丁の佐野繁次郎画伯やレンガ屋の稲川恵子氏。

それにしても、装丁がなんともパリの雰囲気が出ていて楽しい。太田和彦氏の『居酒屋百名山』(2010年)の連載に先斗町のますだが出ていたのを思い出した。居酒屋(びすとろ)「ますだの記憶」を読み返して、過ぎ去った京都の日々を懐かしんでいます。




2018年5月 8日 (火)

『芝祐靖の音楽 雅楽組曲 「呼韓邪單于ー王昭君悲話ー」』(2011)

伶楽舎『芝祐靖の音楽 雅楽組曲 「呼韓邪單于ー王昭君悲話ー」』日本伝統文化振興財団、2011年、CD57分45秒

呼韓邪單于(こかんやぜんう)と読めるのは王昭君の話を知ってるからである。しかし、「王昭君」はすでに雅楽曲にあるので、芝祐靖氏が新たに作曲して「呼韓邪單于」と王昭君の夫の名前を題名にしたという。

私の耳には古楽器の音が過去に聴いてきた古曲の音や節と変わらずに聴こえるので、懐かしい曲と受け止めた。

BGMシリーズも大分進んだと思うが、今年一杯はかかりそうだ、それも、私の気力が続けばの話である。単にBGMとして聴くだけなのに、心と身体は反応して一種の不感症状態になる。いかに日常生活が繰り返しにまみれて感覚が麻痺していることか。一期一会に緊張する。

この雅楽曲は名曲と言って良いほど心地よく疲れさせてくれた。



2018年5月 7日 (月)

『天平琵琶譜「番暇崇」(1999)

循環するシルクロード実行委員会編、伶楽舎『天平琵琶譜「番暇崇」』コジマ録音、1999年、CD24分45秒

番暇崇(ばんかそう)の弾き比べだった。短い。安いだけのことはある。
天平琵琶譜は芝葛盛が昭和10年(1935年)頃に正倉院文書のなかから発見した。「写経料紙納受帳」の紙背に記されていたと芝祐靖氏が書いている。訳譜が困難なのは「調子」と「調弦」の設定だという。

番暇崇 琵琶独奏は芝祐靖氏 1985年
番暇崇(雅楽ー唐楽スタイルの合奏)伶楽舎 1999年
番暇崇(正倉院復元楽器のための)伶楽舎、1987年

なにげに曲をメモしていて、正倉院復元楽器のためのとあることに気がついた。『復元正倉院楽器のための敦煌琵琶譜による音楽』(2011年)の解説と微妙に異なるのだ。復元正倉院楽器は敦煌琵琶譜が初演だと思っていた。ここでは伶楽舎が復元した正倉院復元楽器のことだった。敦煌琵琶譜は国立劇場が復元した復元正倉院楽器のための曲だった。






2018年5月 6日 (日)

『陰陽之占楽』(2002)

高橋圭也監修、怜楽舎『陰陽之占楽 安倍晴明式占術と雅楽』コロンビアミュージックエンタテインメント、2002年、73分43秒

岩崎陽子氏のイラストがジャケットになっている。なんか懐かしい。音楽監督は芝祐靖氏である。演奏は勿論、怜楽舎である。

今頃、封を切って驚いている。安倍晴明反閇(へんばい)占いにより、生まれた年月日による反閇星と当年の流運星の音楽を聴くことでヒーリング効果があるとあった。しかし、流運星編が平成14年から平成25年で終わっているので、今年の流運星が何か分からないのである。反閇星の曲を聴くだけでもよいのであるが、まあ、せっかくなので、一通り聴くことにする。何しろBGMシリーズなのである。わたし的には9曲はどれを聴いても癒される気がする。



2018年5月 5日 (土)

『芝祐靖の音楽 復元正倉院楽器のための敦煌琵琶譜による音楽』(2011)

伶楽舎『芝祐靖の音楽 復元正倉院楽器のための敦煌琵琶譜による音楽』日本伝統文化振興財団、2011年、CD65分49秒

取り敢えず封を切って聴いてみるしかない。解説を漫画家の岡野玲子氏が書いていた。20世紀の初頭に敦煌莫高窟から発見された唐時代の琵琶の譜面を芝祐靖氏が解読して復曲し、正倉院の復元楽器を使って伶楽舎が演奏したという。何とも素晴らしいことだ。

復元された楽器の合奏がひどく明るく聴こえるのは、敦煌という大陸世界の曲だからであろうか? 雅楽の演奏を聴き慣れた耳には失われた古代シルクロードの音楽が新鮮に感じられた。

芝祐靖氏の解説によると、「この古譜解読の作業は、国立劇場が十数年を費やして復元した正倉院楽器を合奏させるには、どのような楽曲がふさわしいかをさまざま討論した結果、発見以来、全く「音」にされていない「敦煌琵琶譜」を取り上げることに決まり、その作業を任された」という。拍節(リズム)については根本的な解明には至らなかったというが、そもそも旋律すら復元することは困難であって、完全な復元は望みようがない。

さて、いつの間にか雅楽になっている。声明はどうしたと言われそうである。他意はない。探すのが面倒なのである。それよりも未開封のCDをたくさん箱の中に発見したので、こちらを優先することにしたのである。このCDを買うような展示会があったのだろうが、すでに記憶は失われていて、ただ数枚の伶楽舎のCDがあるだけである。BGMシリーズは失われた過去と向き合う企画でもある。




2018年5月 4日 (金)

『お水取り 東大寺修二会』(2010)

日本伝統文化振興財団『お水取り 東大寺修二会』ビクターエンタテインメント、2010年、CD55分16秒

小沢昭一の語りが懐かしい。昭和を語らせたらこの人しかいない。1972年の東大寺修二会を収録したマスターテープが消失したため、LP版から起こした復刻版である。お水取りハンドブック【資料集ほか】は分かりやすい。局で聴聞したくなる。寒そうだけどね。

内容は以下の3つである。お水取りに完全版などないし、このCDもほんのさわりでしかない。

走り 18分49秒
達陀 8分43秒
後夜の悔過作法 27分42秒

声明としては、後夜(ごや)の悔過作法が入っていたのが嬉しい。南無観自在は圧巻だな。「南無観」を聴いていると、他にCDなどが研究所にあったことを思い出す。薬師寺の声明のCDは持っていないので、奈良に行く機会があれば、レコード店を覗いてみたいと思う。




2018年5月 3日 (木)

『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』(その3)

『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』(その3)

聲明懺法例時は平成12年(2000)5月30日のライブを収録している。

前半65分12秒
入堂
総礼
衆罪伽陀(しゅざいかだ)
三礼
七佛通戒偈
法則(ほっそく)
四奉請(しぶしょう)
甲念仏
経段

後半 44分26秒
合殺(かっさつ)
廻向
後唄(ごばい)
大懺悔
五念門
退堂

BGMシリーズは不思議な世界を垣間見ることがあるけれど、私には知識がないのでその先へは進めない。東大寺二月堂のお水取りも声明がある。薬師寺の花会式も声明だ。

『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』
『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』(その2)

2018年5月 2日 (水)

『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』(その2)

『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』(その2)

聲明懺法呂様は平成11年(1999)5月30日のライブを収録している。

前半61分22秒
入堂
総礼(そうらい)
総礼伽陀(そうらいかだ)
総礼三宝
供養文(くようもん)
法則(ほっそく)
呪願(しゅがん)
敬礼段

入堂は鐘を合図に始まる。笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)がそのパートを奏で、琴や太鼓も加わり合奏となる。

そして、総礼の掛け声の後、総礼伽陀の声明が唱えられる。気がつくと、総礼三宝、供養文が終わり法則となっていた。これは声明ではないので聴き取れる。天下泰平、万民豊楽を祈る。呪願は雅楽の伴奏を伴うが短い。そして17分50秒の敬礼段の声明で前半が終了した。

BGMとは名ばかりの一期一会の試聴なのであった。

後半70分は次第のみ記す。
六根段
四悔(しげ)
経段(きょうだん)
十方念仏(しほうねんぶつ)
後唄(ごばい)
三礼(さんらい)
七佛通戒偈(しつぶつつうかいげ)
回向伽陀
退堂

律様と呂様を聴いてきたが、分からないものは分からないなりにしておく。

『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』
『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』(その3)

2018年5月 1日 (火)

『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』

『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』

6枚のCD入った屏風仕立のケースと3冊ある声明のテキストがあり、CDラックに納まりきらない大きさなので段ボール箱に入れていたら、日の目を見ないで今日に至った。そういえば浅川マキの10枚組のCDも一緒に段ボール箱に入っていたので、このシリーズが終わったら、ブルースにしよう。

さて、御懺法講そのものの解説はないので、何故このセットになっているのか分からない。復興されて2003年が二十五周年となるので、この歳に作られたのだろう。今回はその内、平成10年度の御懺法講のライブを聴くことにする。奥村浩一氏が「声明の歴史」として、「「声明」は、仏教に於ける作法の一つで、広く仏教圏に於いてその初期の時代から行われてきたと」書いている。

三千院の御懺法講(おせんぼうこう)は保元二年(1157)に後白河天皇が宮中の仁寿殿で「宮中御懺法講」として行われたのが起源だと三千院のホームページにある。しかし、詳しいことは分からない。ニュースの映像で雰囲気を知ることができるので、検索してみることをお勧めする。

聲明懺法律様 平成10年(1998)5月30日ライブ

前半 73分57秒
入堂
総礼(そうらい)
総礼伽陀(そうらいかだ)
総礼三宝
供養文(くようもん)
法則(ほっそく)
呪願(しゅがん)
敬礼段
六根段

後半 65分52秒
六根段
四悔(しげ)
十方念仏(しほうねんぶつ)
経段
十方念仏
後唄(ごばい)
三礼
七佛通戒偈
回向伽陀
退堂


BGMとして聴くのもなかなか大変である。




『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』(その2)
『三千院門跡 二十五年記念 声明CD 「宮中御懺法講絵巻」屏風』(その3)


2018年4月30日 (月)

2018年04月購入書籍

2018年04月購入図書
4月は学生さんたちの新学期、私達は会社の年度が変わる時だ。読書スタイルも変更する。先月の終わりに読書術の本を買って、しばらく本が買えなくなるかもと言っておきながら、シャーシャーと本を買うのが読書人の業である。以前と違い少しでも必要性を感じた本を買うというスタイルではなくなった。その場で読むからである。日本中世史はどちらかというと知的消費の時間であると認識している。

(購入後記)
タイトルが際物っぼいので、買うのを躊躇ってきた。読めば納得の本である。さすが呉座勇一先生は違う。

以前にもご恵贈いただいた本を購入図書にちゃっかり入れていた。ということで先例に倣うこととする。しかし、博論は自費出版するので助成金があるとはいえ大変だな。

Enterprise Risk Managementは色々と本が出ているけど、COSOの改訂版はカラーでポイントも大きいので読みやすい。この手の本でカジュアルな印象を受けるのは初めてかもしれない。

【歴史】
呉座勇一『陰謀の日本中世史』角川新書、2018年

【経営】
中村元彦『IT会計帳簿論』白桃書房、2018年、献本

一般社団法人日本内部監査協会・八田進二・橋本尚・堀江正之・神林比洋雄監訳『COSO全社的リスクマネジメントー戦略およびパフォーマンスとの統合ー』同文舘出版、2018年


2018年4月29日 (日)

2018年04月購入古書

2018年04月購入古書

桜も終わる時期に散歩のついでに本を買う。また楽しからずや。

(購入後記)
「日本語とは何か」を扱う本は選択が難しい。フィーリングが合わないのだ。三上章は有名だが、正面から取り組んだことはなかった。古書肆右左堂の誘いで買ったものの、読み方(目的)をどうするか考えているところだ。

池田彌三郎は食通で知られていた。老舗を書く安原眞琴氏と比較したくなった。

片岡義男のアメリカの本屋や本などの読み物は何故かこの世のものとは思えない、ゆったりした気分にさせてくれる。知的消費に最高だ。日曜日の午後に買って来てビールを飲みながら読むと身にしみてくる。少なくとも日曜日の午後はダラダラ過ごしてしまいたい。月曜日からのことは金曜日の午後に決めているのだし、土曜日は知的生産のために使うのだから。

子安宣邦先生が最初に関わった本は平田篤胤だったけれど、ここには佐藤信淵や鈴木雅之が入っていた。鈴木雅之の撞賢木が昭和思想史研究会の来月の課題図書である。解説の「平田篤胤の世界」は『平田篤胤の世界』(ぺりかん社、2001年)に収録されている。

【思想】
相良享編『日本の名著24 平田篤胤』中央公論社、1972年

【知】
池田彌三郎編『東京の志にせ』アドファイブ出版局、1978年

三上章『象は鼻が長い』くろしお出版、1960年、1980年第11刷

【エッセイ】
片岡義男『ブックストアで待ち合わせ』新潮文庫、1987年

2018年4月28日 (土)

『日本の名著24 平田篤胤』(1972)

相良享編『日本の名著24 平田篤胤』中央公論社、1972年

付録は「平田篤胤の思想の正面」と題した梅原猛と相良享の対談であった。宣長と篤胤の師弟関係は否定されたが、篤胤一門は師弟関係をうまく利用したようだ。むしろ、宣長と篤胤の断絶が指摘された。相良享が言うように篤胤からは宣長の「もののあわれ」は引き出せない。訳者紹介で子安宣邦先生の若かりし頃の写真が載っていた。時にドイツ留学中とあった。

解説「平田篤胤の世界』は2段組で目に優しくないので『平田篤胤の世界』(ぺりかん社、2001年)の方で読む。ここでは相良享の解説「日本の思想史における平田篤胤」を読む。「日本の名著」で平田篤胤を取り上げることに批判が予想された時代背景があった。梅原猛との対談でも折口信夫の篤胤観から話は始まっていた。皇国史観というスローガンだけではすまされないものが篤胤にはあると相良享は考えていた。柳田國男に始まるとされる民俗学の側面を篤胤に見ることになる。

この解説で面白かったのは篤胤における顕明界と幽冥界を結びつける産霊神の性格を論じたところであった。キリスト教の超越者として創造神を篤胤の産霊神の理解に見ることはできないという。日本思想史は明治のキリスト教解禁以降に絶対者としての神と個人が対峙する構造を考えられるようになったのである。



2018年4月27日 (金)

唐招提寺

週刊新潮の「とっておき私の奈良」評論家の宮崎哲弥氏の2回目は「唐招提寺」でした。宮崎哲弥氏が目指したのは授戒のための戒壇でした。私もよく見てこなかったのですが、宝塔は1978年にベンガル地方から石を取り寄せて造られたそうです。戒壇そのものは遺物となっていて中に入ることはできません。

プラス1は「東大寺戒壇堂」でした。東大寺の戒壇院にはよく行きました。戒壇堂では国宝の四天王立像を巡ってみた記憶があります。高校の留学旅行が最初でした。

2018年4月26日 (木)

『おかげさま運動 仏教聖歌「花園のひびき」』(1997)

『おかげさま運動 仏教聖歌「花園のひびき」』ビクター・エンターテイメント、1997年、CD51分50秒

とりあえず封を切る。購入時の記憶がないので定かなことは言えない。琴入りの「花園のひびき」から始まる。歌謡の世界にいきなり入ってしまう感がある。そして「花園音頭」とくれば何をかいわんや。妙心寺もおちゃめなことするなあ。どちらかというと昭和の調べを聴いているようだ。しかし、読経よりはよっぽど現代人に寄り添っていると思った。臨済宗妙心寺派宗務本所発行である。先入観はいけないとこころの声がする。

BGMシリーズは何が出てくるか分からないところがいいのだろう。



2018年4月25日 (水)

『醍醐寺の声明』(2001)

真言宗醍醐寺派総本山醍醐寺醐山青年連合会『醍醐寺の声明』ビクター伝統文化財団、2001年、CD72分23秒

2000年11月に国立劇場で「醍醐寺の声明ー修験道と密教ー」と題して行われた声明公演に際し、公演終了後にスタジオで録音されたものであると企画の茂木仁史氏が「収録にあたって」で書いている。CD化にあたり半分近くカットされているようだ。

仁王会ー前行法要ー[密教咒立て]
恵印法要[修験密立て]

恵印法要は醍醐寺三宝院が修験道当山派の本山であることから企画されたが、中心的な部分を抜粋して録音したとある。私が書籍で言うところの凡例にこだわって書いているのは、録音音源の価値を明らかにするためである。

2月23日の仁王会とは五大力尊仁王会のことである。CDはその前行法要である。咒立ての佛眼・般若菩薩・一字金輪は迫力がある。仁王会はまだ機会に恵まれていなかったが、このCDを聴けば行きたくなる。餅あげ力奉納が有名だが15日から21日の前行法要は一般も参加可能とある。

恵印法要は法螺貝が随所に入る。修験道の雰囲気が出ている。詳しい説明はwebにあるのでURLを載せておく。なお、醍醐寺のホームページの年中行事を見ると桜会中日恵印法要は4月15日である。

http://www.evam.ne.jp/honsenji/data/ein01.html



2018年4月24日 (火)

『天台声明ベスト』(2009)

片岡義道『天台声明ベスト』キングレコード、2009年、CD62分

片岡義道師が1987年に講談社スタジオで録音したもの。四箇法要(しかほうよう)は四種類の声明を唱える法要であるが、このCDでは唄(ばい)と散華を納めただけで、梵音(ぼんのん)と錫杖は割愛されている。ベスト版とはやな予感がするネーミングだったが案の定だった。買った時には声明の知識が乏しかったのでしかたがない。片岡義道師の伸びのある声が良いので完全版で聴きたかった。このCDを聴いていて以前、西山の十輪寺で「三弦と声明を聴く会」があったのを思い出した。天台声明であった。夏安居の時季だったが、あれから随分経った。あの三弦を爪弾くご住職は今でもご健在だろうか。

BGMシリーズで声明を取り上げてきた。基本的にソロなのであった。例外は大原魚山声明研究会と平安雅楽会のコラボだけだった。この組み合わせのCDはさすがに長いのでBGMとしてもタイミングを考えざるを得ないところである。ネットで調べたけど、大概は平成12年の録音くらいしかなく、3年分を持っていて書き込んでいる人は見当たらないようだ。確かに、三千院のショップで1万円近くする御懺法講のCDを買う人の気が知れない(笑)。身構えて聴きたらBGMシリーズにならないので、逆に聴くのが難しくなった。本末転倒ですな。



2018年4月23日 (月)

103「柳の折れた春」千宗室

ひととき 2018年5月号の千宗室さんの京都(みやこ)の路地(こみち)まわり道は「柳の折れた春」というタイトルでした。昨秋の台風で家元の家の柳が根っこから倒されたそうです。撤去した柳の空間を埋めるものはなく、今年の桜も心なしか花の数が少なく見えたといいます。柳あっての桜だったのでしょうか。

注)桜の白い花は柳の緑の葉があって映えたでしょうね。桜の相棒は柳だったわけです。

2018年4月22日 (日)

『CDブック 声明 マンダラのきらめき〜舞楽法要庭儀曼荼羅供』(1999)

天納傳中『CDブック 声明 マンダラのきらめき〜舞楽法要庭儀曼荼羅供』春秋社、1999年、2007年新装版第2刷、CD69分49秒

Ⅰ CD天台声明「舞楽法要庭儀曼荼羅供」概説
Ⅱ 天台声明概説

寺門聲明の密教立の曼荼羅供を聴いたばかりで、また曼荼羅供を聴くことになった。今回は、大原魚山声明研究会と平安雅楽会の共演による「舞楽法要庭儀曼荼羅供」100分を約70分に短縮したCD(1995年の実況録音)を聴いてみた。これは三千院の御懺法講を京都コンサート・ホールで集約して行っているようなものだ。

三千院の御懺法講はCDがあるので、いつか聴こうと思って今日に至っている。何しろ2時間のが3年分あって長いのだ。雨の三千院の庭に立って、宸殿から聴こえてくる音に耳を澄ませていた時間が蘇ってくるような気がした。声明だけでなく雅楽の万歳楽や蘭陵王もあり仏教音楽祭のように思える。

しかし、小林秀雄の講演をBGMにするという話を知って始めたこのBGMシリーズは荘厳なCDブックの発見につながった。





2018年4月21日 (土)

『寺流聲明(三井流声明集)』(1996)

第百六十二代長吏・長声職 福家俊明 大僧正『寺流聲明(三井流声明集)』総本山園城寺、1996年

胎蔵界曼荼羅供 69分
金剛界曼荼羅供 60分
講演法要(四箇法要)61分

34頁の解説の初めに「このCDには、天台寺門宗総本山園城寺(三井寺)で現行されている寺流(三井流)声明の内、大阿弥陀経などの浄土系声明や天台大師画讃を含む諸講式などを除いた密教、及び顕教関係の声明(短声)の全曲が収録されてい」るとあった。

第1章 天台声明の概説
第2章 寺流声明の歴史と特色
第3章 声明曲の解説

BGMシリーズ声明編はまさにBGMとなって研究所の空間を満たした。柳月堂の鑑賞室を思い出しながらラブチェアに腰掛けていると気が遠くなってくる。

正木晃氏のEテレこころの時代2018年4月〜9月のテキスト『マンダラと生きる』(NHK出版、2018年)読むと今村九十九師のマンダラ画があって、大仏師の別の側面に気がついた。お会いする機会があったら聞いてみたい。曼荼羅の画を描くことが修行とすれば、仏像を彫ることは仏像のなかに曼荼羅を見出すためではないかと。



2018年4月20日 (金)

円成寺

週刊新潮の「とっておき私の奈良」評論家の宮崎哲弥氏の1回目は「円成寺」でした。運慶作の大日如来座像を前に神妙な表情で写真に収まっています。昨年12月に多宝塔から相應殿に遷座されたそうです。これを観るためだけに奈良からタクシーで行った記憶があります。

プラス1は「南明寺」でした。円成寺に行ったついでに、柳生街道をさらに北東に進み南明寺へ行ったことがありました。鎌倉時代に建てられた小さな本堂が残っているだけのお寺で、本尊・薬師如来座像を観たのでした。特別公開の時期だったと記憶しています。普段は要予約です。

2018年4月19日 (木)

『西国三十三所御詠歌』(1996)

読誦 正木義完『西国三十三所御詠歌』市原栄光堂、 1996年、CD50分

京都の市原栄光堂のCDをどこで入手したか記憶がない。西国三十三所巡礼を始めてからだと思う。御詠歌を聞き比べても仕方がないのだが、観音正寺の岡村瑞應住職の御詠歌の方がのんびりしていた。正木義完は臨済宗南禅寺独秀流 流祖であった。2014年没。

BGMシリーズを御詠歌でスタートしてので、次は声明になる。



2018年4月18日 (水)

『西国三十三所観音霊場 御詠歌』(2008)

読誦 西国第三十二番札所観音正寺『西国三十三所観音霊場 御詠歌』ビデオ,ファーム、2008年、CD58分

繖山(きぬがささん)観音正寺に林道が通る前は1,200段の石段を登らなければたどり着けなかった。西国三十三所の中でも最難所だったから、巡礼者のために山上からスピーカーで御詠歌を流して励ましていたという。白洲正子も石段を登ったことを『西国巡礼』(講談社文芸文庫、1999年)で書いていた。私はタクシーを使ったので、タクシーを待たせて林道を歩いて楽にお参りできた。白檀でできた本尊の香りが強かったことを思い出した。1993年に火事で本堂が燃え本尊千手観音立像が焼失したのを、2004年に再建時にインドから白檀を入手して千手観音坐像を造立したという。

読誦とは暗唱していることを言う。このCDは岡村瑞應住職(2015年没)が覚えている御詠歌の節を録音して作られた。訪れた時に白檀の匂い袋とともに買い求めたものだ。

BGMシリーズを展開することになりそうな気がする。



2018年4月17日 (火)

『当麻曼荼羅入門絵解き』(2006)

塩竈義弘『当麻曼荼羅入門絵解き』融公庵、2006年、DVD 92分

当麻曼荼羅について絵画148枚を使い92分の絵解きがされる。絵解きとは仏教画の意味の説明である。

観るということ、聴くということが、証(あかし)そのものである。ここで当麻曼荼羅の細部にまで及ぶ絵と果てしなく続く説明がまるで説法を聴くようで、気が遠くなる。



2018年4月16日 (月)

『徒然草抜書』(1990)その3

小松英雄『徒然草抜書 表現解析の方法』講談社学術文庫、1990年

久々に徒然草に戻ってきた。季節は桜も終わって新緑が眩しい。さて、何故か小松英雄氏は小品に注目している。

第3章 土偏に候ふ
文学的研究の通説に対して語学的研究の指摘が受け入れられなかったことについて、再度文献学的指摘をしたことが導言に書かれている。

具体的には徒然草第136段について山田俊雄「しほといふ文字は何れの偏にか侍るらむ」(『国語と国文学』1966年9月)の指摘を踏まえ、小松英雄氏が第3章で展開した内容はやや冗長な感じがした。

現状はどうか。通説では篤成が「しほ」について正字である「鹽」でなくて俗字である「塩」の偏を答えたことが非難された理由とされてきた。これに対し、小川剛生訳注『徒然草』(2015年)では補注59で「山田俊雄(省略)が漢字の「鹽」「塩」には正俗の区別がなかったことを明らかにした。これを受け、小松英雄(省略)は、篤成が「本草に御覧じあはせ侍れかし」と大言を吐いたからこそ、有房は「塩」は本草書の、どの「編(篇)」にあるのか尋ねたとした。篤成が聞き違えて「土偏」と答えたのであり、それが「さきほどの大言をもう忘れたのか。そんなことはお前に聞かなくとも分かっている」という反応を導き出した。この解釈を採るべきてある」としている。

『徒然草抜書』(1990)
『徒然草抜書』(1990)その2

2018年4月15日 (日)

2018年04月書籍往来

2018年04月書籍往来

池田彌三郎(1914年-1982年)が国文学者で折口信夫の弟子だと知ったのはかなり後になってからで、テレビでよく見かける大学の先生くらいしか記憶にない。源氏物語を円地文子で読んでいたから、池田彌三郎による再構成であっても構わなかった。谷崎潤一郎や与謝野晶子では離れすぎている。

【文学】
池田彌三郎『光源氏の一生』講談社現代新書、1964年、1979年第28刷

人は一生を通じて成長し、大きな人物となることができる。光源氏の一生をそのように池田彌三郎は理解した。

池田彌三郎が文学的感動を与えるものとして、『万葉集』、『源氏物語』、西鶴・芭蕉・近松の作品をあげている。西鶴は読んだことがないけれど、いつか読む機会があると思っている。

紫の上に先立たれた光源氏の悲しみが分かるような気がする歳になった。本を整理したら、次は思い出を整理する番だ。光源氏が手紙を焼くところ読むと、人の世の過ごし方は千年を経て変わらぬものだという感慨が胸に迫ってくる。

2018年4月14日 (土)

『古代中世史の探求1』(2007)

大和を歩く会編『古代中世史の探求1』法藏館、2007年

古代中世の大和を扱った地域研究の16編の論文からなる本。

著者達は「大和を歩く会」なるものを作り毎月1回大和と周辺を踏査し、100回(1995年4月〜2003年12月)で解散した。シリーズ大和を歩くの1巻は論文編で、2巻は踏査記を予定していたが刊行されなかったのかAmazonの検索で出てこない。

もともと、論文集なので引用する漢文には書き下し文がないし、漢字もルビが振ってないため、読めない人名・神名が出てくる。『日本書紀』や『古事記』などの注釈書で確認しながら読んでいたので時間がかかり、どこかで読むのをやめてしまったようだ。御多分に洩れず外部倉庫行になっていたが、去年若者達が本棚に戻してくれた本である。だから今頃気がついたというわけである。

告井幸男氏の「王名と伝領」を読んでいてロジックの組立とは難しいものだと分かる。

「まずは確実なところから話を進めていこう。稲荷山鉄剣銘文や江田船山古墳出土太刀銘文に見える「ワカタケル大王」は雄略天皇のことであるというのが定説である。雄略は『古事記』に「大長谷若建」、『日本書紀』には「大泊瀬幼武」とあるが、鉄剣銘文の出土・解読により、「若建」「幼武」が「ワカタケル」と読むことが明らかになった」(P28)。

河内春人氏の『倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア』(中公新書、2018年)では『宋書』の倭の五王と記紀の王名を音韻で比定することに疑問を呈していた。告井幸男氏は記紀の王名を「大」は美称、「泊瀬」は地名、「幼武」はいわば諱であり、倭王の諱の一部を「音ではなく」意味的に訳したものであると考えている。「珍」も同様に考えている。しかし、「興」と「済」は分からないとしている。

そもそも日本に同時代史料がない以上確実なものはない。告井氏は「音韻説」では無理があることは分かっているので、「諱」の意味訳という説をとるが、「興」と「済」は「諱」の意味訳というロジックでは説明できない。仮説は統一的に説明できないときには無理があるものだ。学者はそれぞれの説を批判しながら、自説の依拠する根拠を説明する。定説、通説と用語を使い分けているが、我々一般読書人にはなぜ定説であるかの議論を知らないので、ロジックの前提が分からないことが、ロジックの組立を理解することを困難にさせている。法学では通説はあっても定説はない。

2018年4月13日 (金)

ストラーダ

週刊新潮の「とっておき私の京都」喜劇俳優の芦屋小雁氏の4回目はリストランテ「ストラーダ」でした。西部寛子夫人とご満悦の表情です。御池通柳馬場北東角にあります。「小雁認定の京都食遺産」だそうです。

プラス1は「粟餅所・澤屋」でした。北野天満宮前の粟餅屋さんには何度も伺いました。作っているところを目で見て楽しんで、柔らかな粟餅を口で味わう。口福です。

2018年4月12日 (木)

東都手帖2018年05月【編集中】

2018年5月東都散歩のための私的な愉しみと記憶

5月は新茶を飲みながら、懐かしい本をめくっていたい。暑い日はまだ行っていない庭園美術館まで散歩して、恵比寿でビールというのも楽しい。


旧朝香宮邸物語 東京都庭園美術館 2018年3月21日(水)〜6月12日(火)鹿島茂コレクション フランス絵本の世界も同時に公開している。これは館林でやった内容であるが、ここで観ておきたい。

林芙美子 貧乏コンチクショウーあなたのための人生処方箋ー 世田谷文学館 2018年4月28日(土)〜7月1日(日)

2018/04/30 林芙美子展のチラシを甘夏書店でもらう。

宝塚宙組東京公演 『天(そら)は赤い河のほとり』『シトラスの風-Sunrise-~Special Version for 20th Anniversary~』東京宝塚劇場 2018年5月11日(金)〜6月17日(日)

2018/05/20 宝塚宙組東京公演を追加

2018年4月11日 (水)

四都手帖2018年05月【編集中】

2018年5月の私的な愉しみと記憶

また、新緑の季節がやってきた。連休明けの落ち着いた古都もよい。

【古都】
非公開文化財特別公開 2018年4月27(金)〜5月6日(日)今回は戊辰戦争の遺品が公開されるところを上げてみた。法傳寺と妙教寺は初公開です。
仁和寺金堂・本坊(右京区)
相国寺養源院(上京区)
城南宮(伏見区)
大黒寺(伏見区)
法傳寺(伏見区)
妙教寺 (伏見区)

壬生狂言 壬生寺 2018年4月29日(日)〜5月5日(土)

鴨川をどり 先斗町歌舞練場 2018年5月1日(火)〜5月24(木)

特別展 池大雅 京都国立博物館 2018年4月7日(土)〜5月20日(日)

葵祭 京都御苑・下鴨神社,上賀茂神社2018年5月15日(火)10時30分

御懺法講 三千院 2015年5月30日(水)11時期、庭のみ拝観、外から声明と雅楽の法要を聴いたことがあった。

【湖都】
猿楽と面 MIHO MUSEUM "2018年3月10日(土)〜6月3日(日)

【旧都】
国宝春日大社のすべて 奈良国立博物館 2018年4月14日(土)〜6月10日(日)

【水都】
鈴木春信 あべのハルカス美術館 2018年4月24(火)〜6月24日(日)

2018年4月10日 (火)

京おどり2018

宮川町歌舞練場が華やぐ春のおどり、京おどりを観に行くことになった。相方がとってくれたのである。お茶席はちょうど正客の順番になり菊つるさんのお点前だった。恋白鳥は白鳥の湖とヤマトタケルの融合したストーリーだった。月組のカンパニーも白鳥の湖を題材に使っていたのを思い出す。鉄道唱歌なども趣向を凝らした振付で楽しめた。去年観るのを忘れたのは残念だった。

天翔恋白鳥
一景 恋白鳥(一)
二景 恋白鳥(二)
三景 恋白鳥(三)
四景 恋白鳥(四)
五景 ご維新百五十年
六景 鉄道唱歌
七景 いろはにほへと
八景 宮川音頭(フィナーレ)

どうも宮川音頭になると涙腺が自然と緩む。京の思い出とともに土産話をここに書くことにしょう。



2018年4月 9日 (月)

都をどり in 春秋座2018

今年は7日にしたので、ソメイヨシノは終わっていた。初日なら良かったかもしれないが、別に花に合わせる必要はない。年中行事が経っていくだけである。
去年のテーマは「洛北名所逍遥」だった。今年は「続洛北名跡巡」となった。なにやら似たようなテーマである。植木朝子先生も大変だよね。3回目にしたので15時からお茶席となり、本日は二杯目なり。16時10分から開演で置歌となる。去年、紗貴子さんが引いてしまったので、番組が減るかと思ったけど、しっかり者の女将は相変わらずだった。お部屋見舞いをお願いしておいた。

続洛北名跡巡
第一景 置歌
第二景 源光庵窓青葉
第三景 盂蘭盆会五山送り火
第四景 詩仙堂紅葉折枝
第五景 雪女王一途恋
第六景 哲学の道桜便

雪女王はまめ鶴さんが恐かった。
春秋座は終わってからが、めんどくさい。市バスに乗ったけど、途中で雨になり、三条京阪前で降りた。京阪で祇園四条まで一駅乗り、上がった時は雨が止んでいた。割烹で温まる。都をどりは今年も一度でよいと思った。



2018年4月 8日 (日)

『小林秀雄講演第1巻 文学の雑感』(2004)

小林秀雄『小林秀雄講演第1巻 文学の雑感』新潮社、2004年、CDは75分と57分。

1970年8月7日に雲仙ファミリーホールで大学生相手の合宿講義を企画したのは国民文化研究会理事長の小田村寅二郎であった。講演の題では分からないが、本居宣長の話であった。宣長の好きな山桜の話から、大和魂の話になった。才と大和魂の違いなどに話が及び、日本は学問が外から押し寄せてくる国で、これに応接する宿命にあるという。古事記が漢文に対する戦いと初めて言ったのが宣長だという。宣長が国粋主義者とは考えていないということだった。

2枚めのCDは1枚目に続き質疑応答だった。小林秀雄が皇居を拝観した経験の話は面白かった。皇居を造った人が小林秀雄に鴨が好きなら新嘗祭に招待するという。天皇が賢所に入るのを見守れば、鴨の雑炊を食べられるという。我々の入れないところの話に聴き入ってしまった。自分がどこに興味を持つかを知ることは自己を知ることである。

すでに3巻と5巻を聴いたが、第1巻も宣長とはすっかり忘れていた。



2018年4月 7日 (土)

『アール・デコの建築』(2005)

吉田鋼市『アール・デコの建築 合理性と官能性の造形』中公新書、2005年

アール・デコは最も新しい造形様式の名前で、1960年代の後半に命名されたという。世界のアール・デコ建築は著者の売りだそうだ。

日本は東京都庭園美術館(1933年、旧朝香宮邸)がまず紹介される。設計は宮内省内匠寮工務課で担当は権藤要吉、室内にアンリ・ラバンの設計・制作になるものが使われている。このあたりは『アール・デコの館 旧朝香宮邸』(1993年)が詳しく書いていた。次にルネ,ブルーが内装設計に携わった日本橋三越だ。そしてマルク・シモンが設計した氷川丸の船内意匠である。

その他
フランク・ロイド・ライトの自由学園明日館(1922年)、淀川製鋼所迎賓館(1924年、旧山邑亭)、旧帝国ホテル(1923年)、電通八星苑(1917年、旧林邸)
遠藤新の武庫川女子大学甲子園会館(1930年、旧甲子園ホテル)
岡見健彦の日本基督教団高輪教会(1932年)
田上義也の北海道銀行円山クラブ(1927年、旧小熊邸)
大蔵省営繕管財局の設計の首相官邸旧館(1928年)
菅原栄蔵のライオン銀座ビル(1933年、旧大日本麦酒銀座本社)
渡辺仁の銀座和光ビル(1932年、旧服部時計店)、東京国立博物館本館(1937年)、DNタワー21(1938年、旧第一生命館)、原美術館(1938年、旧原邦造亭)、ホテルニューグランド本館(1927時)
国枝博のみずほ銀行大分支店(1932年、旧大分県農工銀行)

レリーフ
中村順平のJR東京駅(障壁で隠されている)、馬車道駅、山口銀行本店

アール・デコ建築は身近なところにあった。

2018年4月 6日 (金)

千本ゑんま堂

週刊新潮の「とっておき私の京都」喜劇俳優の芦屋小雁氏の3回目は「千本ゑんま堂」でした。正式には引接寺(いんじょうじ)といいます。いつだったか公開されて、狂言舞台とか見たことがあります。屋外にベンチを並べただけの素朴な観覧席です。

プラス1は「岩神さん」でした。上立売通浄福寺東入ルにある巨石で西陣の守り神です。

注)千本閻魔堂大念仏狂言は5月1日(火)から4日(金)開催されます。ここのは無言でなく有言なので分かりやすい。

2018年4月 5日 (木)

『陰謀の日本中世史』(2018)

呉座勇一『陰謀の日本中世史』角川新書、2018年

本書を平積から取り上げたとき、意外に厚い新書だという感じがした。343ページある。気鋭の日本中世史研究者が、いわゆる「陰謀」を史学的手続を使って分析する。ちょっと刺激的な切り込みの一般書である。

本書は保元・平治の乱から始まり、そして、関ヶ原で終わる。日本中世史の守備範囲は結構長い。参考文献に出ている本の中からこれから読む本を選ぶことになるだろうと思っている。『理科系の読書術』でいうところのレファレンス本として本書は書籍案内の役割もある。

通史を読もうと思っていても、過去に読んだ通俗的な小説の記憶が、その時代は面白くないと告げたこともあり、一般書・専門書は古代と戦国期のものばかり読んできた。江戸時代などは剣客ものか捕物帳を除いてほとんど読んでいない。その点、本書は中世史に少し光を当ててくれた本だと思う。中世史は古文書に関する本を読んだくらいだったが、ここにきて、気鋭の学者の本をいくつか読んだことで興味が出てきたのである。

さて、陰謀研究は「加害者(攻撃側)と被害者(防御側)の立場が実際には逆である可能性を探る」という手法が基本であるという(P22)。

「最終的な勝者が全てを予測して状況をコントロールしていたと考えるのは陰謀論の特徴である」(P32)。

「事件によって最大の利益を得たものが真犯人である」という推理テクニックも使う(P55)。

これらの法則を当てはめながら、楽しく謎を確認する形式の本書は格好の大人のための日本中世史入門である。陰謀論については本書の手法が使えるので、現在の状況を見るのにも当然に利用されて良い。

注)剣客ものとは、吉川英治の『宮本武蔵』柴田錬三郎の『眠狂四郎』シリーズとか池波正太郎の『剣客商売』などであり、捕物帳は池波正太郎の『鬼平犯科帳』、久生十蘭の『顎十郎捕物帳』などである。幕末ものは司馬遼太郎の『燃えよ剣』。

2018年4月 4日 (水)

TRIAL BY FIRE(1996)

JOURNEY TRIAL BY FIRE 1996 Sony Music Entertainment

というわけで、聴きている。解説は和田誠氏と矢口清治氏が書いている。DLや聴き放題で音楽を聴くのはお手軽で良いのだが、CDに入っている解説を読むのは、同士を得た心地がする。和田誠氏はRAISED ON RADIOからの10年間のメンバーの活動を総括し、矢口清治氏が16曲を順に解説する。ここにJOURNEYがある。

2018年4月 3日 (火)

ARRIVAL(2000)

JOURNEY ARRIVAL Sony Music Entertainment 2000

JOURNEYはよく聴いた。しかし、RAISED ON RADIOからは聴いていない。このCDはいまやっと封を切って聴くことになった。新生JOURNEYをここまで封も切らずに持っていたのは何故だろう。1994年の夏山を最後に山に行けない体になってJOURNEYを車で聴くことがなくなったためだろうか。山行はもう復活することはないけれどTRIAL BY FIRE(1996年)が聴きたくなった。

2018年4月 2日 (月)

RAISED ON RADIO(1986)

JOURNEY RAISED ON RADIO 1986, 1996 Sony Music Entertainment

JOURNEYはよく聴いた。このCDは新たに買ったので封を切って聴くことになった。といっても2004年以降のいつかだけど、外部倉庫にあったのだから最近という訳ではない。この透明感はJOURNEYだ。山への行き帰りの車の中でかける音楽はテンポが良くないと眠くなってしまう。もう30年も経つのだと思う。

2018年3月31日 (土)

四都手帖

四都手帖の前はTStudyのブログと言っていた。好きなところがそれぞれ昔は宮が置かれていたところだったので、あるとき類似名称がないか調べてから、四都手帖にタイトルを変えた。四都手帖に東都手帖を加えて本当は五都手帖なのだけれども、宝塚がQuatre Rêvesとしているのに倣っている。Le Cinqとして別の冊子を出しても良いけれども(笑)、好きなところが4つは変わらない。やはり長い歴史がないとつまらないのは言説の中に住んでいるからだろうか。東京は好きな都市の扱いをしていない。実はまだよく分かっていないのだ。

明治になり江戸城が東京城になり天皇が住むことで皇城となったが、後に宮城と呼ぶようになり、戦後に皇居となった。都は神戸にも短期間あったし(福原京)、嫌いでもないけど、四都に比べて出現率が少ない。伊勢もカテゴリーに入っているので神都と呼ぶこともあるけど、天皇が住む宮ではない。滋賀や大阪はカテゴリーはないけど特に困らない。やはり四都手帖のままでこのブログは終わることにしたい。

2018年3月30日 (金)

毘沙門堂

週刊新潮の「とっておき私の京都」喜劇俳優の芦屋小雁氏の2回目は「毘沙門堂」でした。秋の紅葉も良いですが、春の桜もよいです。芦屋小雁氏が「動く襖絵」の前で写真に収まっています。次の間にある襖絵も有名です。

プラス1は「双林院」でした。山科聖天が通り名です。

注)梅の間の狩野益信の梅花禽鳥図の襖絵の取り合わせが洒落てます。

2018年3月29日 (木)

2018年03月購入図書

2018年03月購入図書

3月の桜の開花が早く、24日には満開となった東京である。錦糸公園で花見をして知り合いと酒を飲んだ。人生はそれで良い。もう何も望むものはないのだから。

(購入後記)

カテゴリは自分でつけたものだが、【知】の一貫性に欠けるため迷いが生じて過去のを調べたりして時間の無駄かと思った。しかし、カテゴリは絶えず現実にチャレンジされることで検証され知の再構成を行っていく。本を読んで行きたくなるような店が何軒書けているのか。山口瞳の『行きつけの店』(1993年)は明らかに人間関係が面白い店であるが、もうないと言ってもよい店ばかりなので行きたくても行けない。

新書は編集が重要であり、帯を見て腰が引けたが、興味本位で手にすることもある。

放送大学はテレビを見ないため知らなかったが、情報分野で結構本を出していてoazoの棚で手が届くところにあった。

井筒俊彦の「東洋」の解明というエサに釣られて手にした。著者は現象学者だし、井筒俊彦の弟子でもない。

政治過程を考えるのに、今回のルボタージュは面白いと思った。

今月の課題図書は「自信」。

来月の課題図書は「リーダーシップ」。

最後に読書術の本を買って打ちのめされる。しばらく、本が買えなくなるかもしれない。

【思想】
飯山陽『イスラム教の論理』新潮選書、2018年

斎藤慶典『「東洋」哲学の根本問題』講談社選書メチエ、2018年

【知】
江弘毅『いっとかなあかん店 大阪』140B、2017年第2刷

加藤浩、土屋俊『記号論理学』放送大学教育振興会、2014年、2015年第2刷

鎌田浩毅『理科系の読書術 インプットからアウトプットまでの28のヒント』中公新書、2018年

軽部謙介『官僚たちのアベノミクス 異形の経済政策はいかに作られたか』岩波新書、2018年

【経営】
アメリカ海軍協会、武田文男・野中郁次郎共訳『リーダーシップ 新装版[アメリカ海軍士官候補生読本]』日本生産性本部、1981年、2015年新装版第10刷

下園壮太『自衛隊のメンタル教官が教えてきた自身がある人に変わるたった1つの方法』朝日新聞出版、2016年

2018年3月28日 (水)

2018年03月購入古書

2018年03月購入古書
本の整理中につき課題図書だけにする。

(購入後記)
CMMIについて、3月には2.0版がリリースされるというので、昔の本は文字通り古くなる。この本は1.2版だけど、実際の適用を解説してくれる本なので品質管理を考える上で手元に置いておきたい本である。

【経営】
アクセンチュア『CMMI 基本と実践』ソフトバンク クリエイティブ株式会社、2007年、2009年第3刷

2018年3月27日 (火)

『理科系の読書術』(2018)

鎌田浩毅『理科系の読書術 インプットからアウトプットまでの28のヒント』中公新書、2018年

著者について
203頁の普通の新書サイズであるが、様々なヒントが「ラベル解読法」(P54)「割り算法」(P108)「バッファー法」(P147)などの著者独自の用語として展開されている。著者は京都大学大学院人間・環境学研究科の教授である。読者術が好きな人である。著者は火山学、地球科学が専門である。一般書の数も多い。著者は学生時代に竹内均氏に私淑したと書いていたから、15分単位の時間管理も見習って明らかに生産性が高いのである。京都の本屋にも当然に詳しい。寺町通の三月書房や一乗寺の恵文社の話が出てくると思わずニヤリとしたくなる。


本書のテーマ
本書は「読書が苦手な人のために、読む技術の「基礎の基礎の基礎」を伝授する入門書である」(Pii)という。それだけにとどまらず、次に理科系の読者にアウトプット優先の読み方が紹介される。私は本を読むとはどういうことかというテーマを考えているが、著者は「一体、自分に必要な本は何だろうか」(Pviii)という根本的な問題を考えているのである。理科系の読書術というタイトルに内容が収まりきれないのは、読書技術に理科系も文科系なく、対象の種類と目的によって効率的に読む仕方が異なるということに過ぎないからである。例えば、理科系の小説の読み方というものがないことを考えれば足りる。

読者術の本質とは何か
第6章まで楽しく確認する作業をしてきて、本質的な問題となる。補章の「読まずに済ませる読者術」は読書術の本質を問うものである。自分が欲しいと思った本を買い続け、しかも明らかに自分が読める以上の本を入手している状況について、著者ははっきりと書いている。「この問題はすべての読者人が経験していながら、見て見ぬふりをしていると言っても過言ではない」(P183)と。こんな正しいことを書いた人はいないかもしれない。そして、本の大量所有にメスを入れ、過去の知識への依存に変革を迫るのだ。ストックからフローへ。フロー型の読書人生の勧めである。

フロー型の読書人生とは何か
著者はトランクルームに保管していた本にカビが生えてしまったことで、本の死蔵を思い知った。フロー型の読書人生のために本を捨てなさいという。自分が今ハンドリングできない以上のものを持つなという。フロー型の読書人生は人生観である。我々は過去の遺産とも言われる情報を処理して自分のシステムを造ってきた。情報は未来に向けてインプットする必要がある。しかも何をインプットすべきかを選択する必要がある。愛着というのも現在の感情である。愛着がある本や稀覯本を除いてほとんどは読み返すことが想定されない本であれば、捨てることで見通しを良くする。必要ならまた買えば良いし、聴き放題とか読み放題のサービスに入っていれば物理的な保管場所は要らない。所有ということに価値を見いだせなくなったことは、ネットで古本を買うことで薄々気がついていたはずだ。BPRを読書に当てはめれば、今、必要な本があれば良いという発想になる。過去はレガシーだ。

「諦める最大の対象は、実は過ぎ去った「過去」なのである」(P200)。
「読書についても、自分の感性で本を選んで、「今、ここで」読みはじめる」(P200)。
「「今、ここで」のふるいに残ったものだけを自分の未来へつなげる。これが本当の意味での読者術の「カスタマイズ」なのである」(P200)と書いて終わる。

自分のスタイルを確立する
このところ、箱を開けて中身を出して箱に戻すという作業を繰り返している。これは著者の指摘であるハンドリングの範囲内で本と向き合うための儀式と考えることにしよう。自分が今、ここで読みたい本を探すことで、自分のライブラリーを整える必要性を感じたのである。今の自分に見合ったライブラリーを作ることが自分の幸福感を増すことになるのだ。ただ、ビジネスの世界に生きているので、まだ、知的生産の道具は捨てられないのである。


2018年3月26日 (月)

伊那谷の人形浄瑠璃

ひととき2018年04月号は伊那谷の人形浄瑠璃の特集です。松井今朝子氏が飯田市美術博物館を訪ね、黒田や今田の人形舞台を廻ります。ルーツは淡路人形らしい。巡業できて住み着いたといいます。ここに28座も人形浄瑠璃がひしめいていたとは、江戸時代のイメージにも影響してきます。

春の講演は下黒田諏訪神社禮祭奉納定期公演が飯田市上郷公民館で2018年4月7日(土)は18時、8日(日)は13時に開演されます。

2018年3月25日 (日)

102「お春さん」千宗室

ひととき 2018年4月号の千宗室さんの京都(みやこ)の路地(こみち)まわり道は「お春さん」というタイトルでした。大宮通が今出川通と交わる角に木彫りの蜻蛉が飾られていた町家が、お春さんの家で、家元のところで鰹節を削る仕事をしていたといいます。それだけのはずはないけど、いつもの家元の回想シーンです。蜻蛉の飾りのある町家を通って北野さんへお詣りしていたといいます。子供の頃の話で、もう、お春さんも、町家もなくなりました。

注)大宮通が上立売通を過ぎるとスポイトのように萎んで狭くなるという話から始めていたので、寺之内通から大宮通を下り今出川通を西に向かうルートで北野天満宮へお詣りに行っていたと推定しましたが、「横切る」という言い方からすれば、堀川通を下り今出川通を直進して町家を横の方向に通り過ぎたと読み取るべきでしょう。

2018年3月24日 (土)

「ポーの一族」を観る

花組の東京公演 ポーの一族を観た。
萩尾望都の原作はオンタイムで読んでいたからもう40年経った。40年も待っているのか! ベルサイユのばらなぞとっくの昔に宝塚になったのに(≧∇≦)

2部構成でフィナーレで終わる。やっばりショウがないと寂しい。まいこつさんがポーの一族役と執筆役でした。
終わって、カジュアル化したオザミで反省会する。

2018年3月23日 (金)

大映通り商店街

週刊新潮の「とっておき私の京都」喜劇俳優の芦屋小雁氏の1回目は「大映通り商店街」でした。芦屋小雁氏が「キネマ・キッチン」でご機嫌です。勝新や雷蔵はいないけど、「かつライス」は健在なり。

プラス1は「蛇塚古墳」でした。住宅地の真ん中にある古墳です。タクシーで行って迷ったことがあります。

2018年3月22日 (木)

『小林秀雄講演第5巻 随想二題』(2004)

小林秀雄『小林秀雄講演第5巻 随想二題ー本居宣長をめぐって』新潮社、2004年
CDは53分と45分。1972年9月25日名古屋中日ホールで「宣長の『源氏』観」と1977年11月14日大坂毎日ホールで「感想」と題した講演を収録した。安岡章太郎が「口伝の魅力」を書いている。

「宣長の『源氏』観」
すでに小林秀雄が本居宣長を論じた講演を聞いているが、学生相手の用意した講演と違い、話が脱線している。小林秀雄が学者を評論で扱ったのは初めてだと話し始めた。本居宣長を読み始めて源氏物語を読むことになったという。

論語の「君子欺くべし」 を引いて本居宣長が源氏物語を読む態度であるという。素直な心を持って読むことを楽しんだと小林秀雄はいう。本居宣長は源氏物語を信じ、楽しみ、愛したという。

小林秀雄はこの世のマコトと歌のマコトは違うという。源氏物語を読んで人生の感慨を催すときに物の哀れを感じるのは歌のマコトだという。物の哀れは人間の道といって講演は終わった。

「感想」
75歳の小林秀雄の講演である。昔、文芸銃後運動で行った講演は辛かったという。マイクがなかった。今回は新潮社の本の広告だという(笑)。

内容は『紫文要領』から物の哀れを論じたものだ。『紫文要領』は箱の中に戻したけれども、この講演を聴いて、また、箱の中から引っ張り出す気になった。言葉の力を感じた。標準語というより東京弁といった話し方だった。



2018年3月21日 (水)

『語りかける花』(1992)その2

志村ふくみ『語りかける花』人文書院、1992年、2010年第19刷

『語りかける花』(1992年)を読んでから3年が経過した。嵯峨天皇の嵯峨山上陵はまだ行けてない。後宇多天皇の蓮華峯寺陵にも行けていない。こういうネガテイブな書き方をすると自分の自信を傷つけてしまうので注意する(笑)。龍安寺の裏山の一条天皇陵と堀川天皇陵から京都の街を眺めたことがある。絶景だったな。こういうポジティブな言い方が似合わないと思っているだけに始末が悪い。

2007年から筑摩文庫になっていたが、単行本で買ったのは何故だったのか、記憶がない。本はエッセイの束である。季節ごとに印象に残るものがある。そのイメージが沈潜していく感じがする。文字を読んで色彩をイメージするのだ。

2018年3月20日 (火)

『小林秀雄講演第3巻 本居宣長』(2004)

小林秀雄『小林秀雄講演第3巻 本居宣長<講義・質疑応答>』新潮社、2004年
60分CD2枚、解説付き

小林秀雄が1978年8月6日に国民文化研究会主催の夏季学生合宿教室で行った講演をCD化したもの。

国民文化研究会理事長の小田村寅二郎が「講演ではなく講義」という解説を書いている。

小林秀雄は『本居宣長』(新潮社、1977年)に言いたいことは全て書いたという話から始めた。読んでもらえればよいと。

そして、哲学者の話になる。プラトンの『パイドロス』を取り上げて、若いパイドロスがソクラテスに神話を信じるかと問うたことに対しソクラテスの回答を提示する。ソクラテスは逆にパイドロスに対し自分を知ることができるかと問う。汝自身を知れという話だ。神話といえども思想であるという。小林秀雄はこの考え方は本居宣長と同じだという。本居宣長は論理的であるが、狂信的でもあるという世間の評判に対して小林秀雄はその見方を否定する。本居宣長の書いたものを読み込むことで、一体としての本居宣長を理解したという。本居宣長はソクラテスが言うように『古事記』の神話を信じたという。

プラトンは哲学の形式として対話を発明した。対話を純粋化すると自問自答になる。中江藤樹は問答と言った。「問答体」で『都鄙問答』は書かれた。小林秀雄は問うことが大事と強調するのは、大学生相手の講義だからだろうか。

本居宣長が「問答体」で書いたのは『排蘆小船』であるというのを聴いて、対話について私の考えが浅かったことを反省した。

なお、質疑応答は聞き辛いので、Disc1だけでよいと思う。




2018年3月19日 (月)

the 70's(2005)

the 70's Lovely Days 3
2005年UNIVERSAL MUSIC

以前にもいくつかこの手のものを買ったけど、処分されてしまった。正しく言えば、処分することに抵抗しなかった。同意したのである。素直に書けないのは気持ちの整理がつかないからである。後悔はしても仕方がないので、ここに書くのだけれども、どうにも書けないのである。

音楽や映像は記憶に残る。音楽は繰り返し聴かされたので特にそう思う。ミュージックチャートのTop 10入りするような曲は毎日のようにラジオで流れてきた。それが私の70年代。まだCDが出回らない時代であった。音楽はラジオか有線放送で聴くか、レコードを買って家で聴く。カセットテープにエアチェックした曲をポータブルカセットプレイヤーで持ち歩くことをしていた時代だ。

abbaだとかT.REXを聴くと過ぎ去った時間が再構成される。Tom JonesのShe's A Ladyはスケート場でかかっていた。最後にBuffy Saint-MarieのThe Circle Gamesを聴いて涙が溢れてきた。回転木馬に乗っているような人生もあと何周回るのだろう。

2018年3月18日 (日)

『自衛隊のメンタル教官が教えてきた自身がある人に変わるたった1つの方法』(2016)

下園壮太『自衛隊のメンタル教官が教えてきた自身がある人に変わるたった1つの方法』朝日新聞出版、2016年

課題図書だったので、さわりだけメモしておきます。

自信は記憶に基づいたイメージだと著者はいいます(P24)。体験や課題に対するイメージとの相対的な関係で「自信」が決まってきます。

「自信が「ある」とは、自己イメージが、課題イメージより大きい状態です。(省略)。自己イメージが小さい場合は、3段階に分かれます。小さくてもそれほど差がない場合は、課題に取り組もう、がんばろうという意欲がわきます。差が大きくなるに従い「いまのままでは、大変なことになる」という不安が大きくなります。そしてその差があるレベルを超えて大きくなると、その課題を避けよう、逃れようとする心が働きます」(P24)。

自信がある→自信がないがなんとかなる→不安だ→避けようといった自信が失われていく段階と心理は自分の行動に照らして分かるような気がします。

自信には3種類あると著者はいいます。
第1の自信はあることへの「できる・できない」という認識からくる自信です。
第2の自信は「身体,生き方」に関わる自信で、将来全般への「生きていける自信」のことで「自己イメージ」の強さに左右されます。第2の自信の最大の特徴は「自信が低下するときの影響が第1の自信よりはるかに大きいということです。
第3の自信は「人に愛されるか、人とうまくやっていけるか、集団の中に自分の居場所を確保できているか」という人間関係の自信です。

人は第1の自信が課題に対して揺らいた場合でも、第2第3の自信があれば耐えられますが。第2第3の自信は第1の自信と関係なく低下することがあり、生きるのが辛くなるといいます。

自信を失いやすい現代人はどの種類の自信の前提条件が崩壊して揺らいでいるのか見極めることから対応する必要があるというのは説得力があります。

それにしても明治の初めの頃の写真の日本人の顔は屈託のない笑いがありました。貧しくても自信のある日本人はどこへ行ってしまったのでしょう。

なお、タイトルにあるたった一つの方法は本を読んでもらうことでお願いします。

2018年3月17日 (土)

『京都を包む紙』(2007)

井上由美子、村松美賀子『京都を包む紙』アノニマ・スタジオ、2007年

グラフィックデザイナーの井上由美子氏が8年間かけて集めた包装紙と村松美賀子氏が訪ねたお店の話からなる本です。

話は大極殿本舗の栖園で琥珀流しを食べるところから始まります。葡萄なので9月です。そして4月の桜の琥珀流しで終わります。

私は亀屋良永の「大原路」をよく買いました。9種類が季節により出てきます。本の写真は「夏の雲」でした。お菓子により季節を意識するのでした。1年の12分の1とか4分の1とかでないのが季節の遷移の仕方です。包み紙の美しさでは亀末廣が一番好きでした。亀末廣は買うつもりがなくても引き戸を開けて入ることをしました。「京のよすが」も季節ごとに中身が異なるので毎月のように買いました。季節柄置いてあるものは頭に入っているので、まだ早いと思っても、店に行き、「竹裡」がいつから(祝日明けに決まっていますが)と尋ねていました。「はあ、秋分の祝日の後から作らせてもろうとります。栗の出来によって10月いっぱいはあるか分かりません」。

本には「竹裡(ちくり)」という栗蒸し羊羹のパッケージが写真に収められていました。松村美賀子氏は新春を過ぎた頃に店に伺って「竹裡」を求めて店の人にあきれられたようです。京都で育ったわけではないので仕方がないことです。今年は「幼な木」はつくるのですかとご主人に聴けば、「丹波の白豆の良いのが入らなくて」とか答えが返ってくる季節です。滅多に出ませんが、引き出す力が欲しいところです。もっとも、ご贔屓さんしか分からないことでもあります。パッケージの話には余計な話でした。

私のような紙屑マニアとしては、箱の裏の所判などを見せられると、たまらなくなります。お菓子屋ばかりでなく、錦のまるやたの包み紙など見せられたりすると、穴子寿司で一杯やりたくなります。包み紙は食の記憶と結びついているので、これらを集めた井上由美子氏はどのような人なのか想像して楽しんでいます。



2018年3月16日 (金)

平城宮跡

週刊新潮の「とっておき私の奈良」画文家のモリナガ・ヨウ氏の4回目は「平城宮跡」でした。近鉄で大和西大寺駅から新大宮駅に向かうと、左手奥に大極殿、直ぐ右に朱雀門が立つ広い空間が広がる。平城宮跡だ。

プラス1は「平城京左京三条二坊宮跡庭園」」でした。なんて長い名前なんだろう。遺構展示館や平城京跡資料館には行きましたが、ここにはまだ行ってません。

2018年3月15日 (木)

『平安京遷都』(2011)

川尻秋生『シリーズ日本古代史⑤平安京遷都』岩波新書、2011年

そういえば、『日本後記 上』(2006年)を読んでいて、平安京遷都が知りたくなったと書いた。川尻秋生氏の新書を読んで平安京の成立あたりの参考文献に手を出してみたくなる。となると名前を知っている山中章氏の『長岡京研究序説』(塙書房、2001年)を探してみるか。

目次をざっとみると各章は3〜4節に分かれており、投げやりではない。
第1章 桓武天皇とその時代
第2章 唐風化への道
第3章 「幼帝」の誕生と摂政・関白の出現
第4章 成熟する平安王朝
第5章 唐の滅亡と内乱の時代
第6章 都鄙の人々

川尻秋生氏は「長岡京や長岡宮については、現在も発掘調査が継続中で、かつ異なった復元案がある」(P14)としている。私も長岡宮跡を見に行ったが、住宅地に囲まれた公園だった。何かを発掘している風景は見当たらなかったと思う。

川尻秋生氏によると長岡宮は後期難波宮を解体して移築したという。問題は第一次内裏の「西宮(にしのみや)」の扱いだ。大極殿の北に内裏が縦に繋がっていれば、天皇が政務のために大極殿へ出御することになるが、大極殿・朝堂院が儀式の場となり、実質的な審議が内裏で行われることになった理由が、長岡宮で大極殿・朝堂院と内裏が離れたことに求められる可能性がでてくるというのだ。

長岡宮の評価はまだまだ定まりそうもない。

さて、平安京遷都について、川尻秋生氏によると上限は延暦十年九月に平城宮の門を解体して長岡に運ぶことを命じた時(続日本紀)、下限は延暦十二年正月に遷都のため大納言藤原小黒麻呂と左大弁紀古佐美を山背国葛野郡宇太村の土地の様子を視察させた時(日本後記逸文)という。結局、私が『日本後記 上』から遷都関係を抜き出したことを超える情報は得られなかった。そもそも『日本後記』を『日本紀略』で補っているので同じわけだ。『日本後記』で散逸した部分が見つからない限り平安京遷都を論じるのは限界がある。

2018年3月14日 (水)

『京都のいちねん』(2011)

小林由枝『京都のいちねん わたしの春夏秋冬』角川書店、2011年

私に京都の歩き方を教えてくれた著者が京都の二十四節気を絵と文で綴った本です。

「3月15日、嵯峨釈迦堂の名で知られる清凉寺で「涅槃会」が厳修されます」という書き出しと、お松明の絵を見ると、いつだったか、見に行った夜のことを思い出します。夜店で賑わう境内に設置された3基の7mもある大松明に火が灯されるお松明式は圧巻でした。奈良のお水取りと同じく、夜はストンと冷え込みました。春はこれが終わるとやって来ると言います。

「賀茂川の源流、雲ヶ畑の奥に岩屋山志明院という古刹があります」と読んでいくと思い出すことがあります。それは楼門前の石楠花の花の時期は混むという話でした。住職の奥様から聞きたのはいつだったか。著者は時々思い立って足を運ぶと言いいます。4月29日は志明院大祭なので、護摩焚きの後で火渡りをしたそうです。京都に住んでる人を羨ましく思ったりもしますが、ほとんどの京都人が行くことがないところを著者が愛していることが分かっただけで、私としてはもう何も言うことがありません。

師走の事始めの福玉や大福梅などを見るにつけ歳月という言葉が浮かんで来ます。

ああ、人生の旅人よ。
昨日見たレンギョウの花の如く、今日は土にかえる。
花が幻なら、人も幻。



2018年3月13日 (火)

四都手帖2018年04月【編集中】

2018年4月の私的な愉しみと記憶

また、踊りの季節がやってきた。

【古都】
北野をどり 上七軒歌舞練場 2018年3月25日(日)〜4月7日(土)

都をどり 春秋座 2018年4月1日(日)〜24日(火)

京おどり 宮川町歌舞練場 2018年4月1日(日)〜16日(月)

特別展 池大雅 京都国立博物館 2018年4月7日(土)〜5月20日(日)

【湖都】
猿楽と面 MIHO MUSEUM 2018年3月10日(土)〜6月3日(日)

【旧都】
国宝春日大社のすべて 奈良国立博物館 2018年4月14日(土)〜6月10日(日)

【水都】
鈴木春信 あべのハルカス美術館 2018年4月24(火)〜6月24日(日)

2018年3月12日 (月)

ラ・カージュ オ・フォールを観る

「ラ・カージュ オ・フォール ~籠の中の道化たち~」日生劇場 2018年3月9日(金)〜31日(土)

La Cage aux Follesはミュージカルの題名になったナイトクラブの名前だが、「狂女の檻」というくらいの意味である。知人宅の新年会に来られていたAさんが出演するというので連れ立って新年会のメンバーで観に行くことになった。

ジャン・ポワレ原作の『La Cage aux Folles』(1973年)は映画化され『Mr.レディMr.マダム』(1978年)として、日本では1980年に上映された。そういうわけで原作は知らないけど映画からしてたっぷり笑えると思って舞台に望んだ。良い席を取ってもらったのでオペラグラスは不要だった。

日生劇場は村野藤吾の設計で1963年に竣工した日本生命日比谷ビルにある。京都工芸繊維大学の美術工芸館で開催された村野藤吾の建築設計図展に毎年のようになって通ったことを思い出す。去年でそれも終わったのだった。非売品の図録を入手したことを思い出す。第1回目の図録がないのが残念だが、仕方がない。

椅子は最近の劇場に比べて少し狭い感じがした。写真でしか見たことのない空間に、もっと早く来るべきだったと思った。観客の8割近くが女性に見えた。やはり男性は入りにくい。市村さんのシュワルツェネッガーのターミネーターのギャグはあまり受けなかったようだが、ちょっとネタが古かったか。

しかし。コメディをたっぷり楽しんで、スタンディングオベーションで終わった。

終わってから楽屋へ行き、Aさんに挨拶して記念写真した。歌舞伎の楽屋と違ってまた勉強になった。村野藤吾の図面を見たくなった。

そのあとは、ブラッスリー・オザミでいつものように、シャンパンでアラカルトする。ホワイトアスパラも美味しかったけれど、イタリア産のキアナ牛の赤身はサシが入ってなくても柔らかく美味かった。シェフ自ら焼いてくれた貴重な牛肉である。

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